最終回 旅立ち
「もう、行くのか?」
ブラストが静かに口を開くと、茶色のコートをはためかせティルは「ああ」と、小さく呟いた。
あの戦いから数日。皆、暫く失ったモノの大きさに立ち直れずに居た。そんな中で、一番に立ち直りを見せたのは、ティルだった。一番辛いはずなのに、誰よりも先に旅路の準備を済ませ、フォースト国の首都ブルドライを後にしようとしていた。
不安そうな表情を見せるブラストだったが、そんなブラストにティルは「ふふっ」と静かに笑う。
「人の心配してる場合じゃないはずだろ?」
「そう……だな」
ティルの言葉にブラストは歯切れが悪そうに答え、それと同時に翼のはためく音が聞こえ、怒声が響く。
「ブラスト! 私と勝負しろ!」
漆黒の翼をはばたかせ、空を舞う魔獣人ディクシーだった。そんな彼女の姿を見据え、ブラストは小さく吐息を漏らし、苦笑しながらティルの方に視線を戻す。
「あれから、ほぼ毎日あの調子なんだ……どうにかならんか?」
「知らん。生かしたのはお前だろ? それに、いつでも受けて立つって言ったんだろ?」
「いや、アレは……あの場の流れでな……。これでも、王様だぞ? 色々やる事があるんだぞ」
ブラストが肩を落とす。そう。これでも、ブラストはこのフォースト国を治める王様。今回起こった戦いで、被害にあった街や土地の修復など、色々とやるべき事が残っていた。それに、あの最後の戦いがあったあの場所の調査もしなければならず、ブラスト直属の兵団は他国に派遣され対応に追われている。もちろん、ブラストもこの後城に戻り、報告書に目を通し、会議をしたりと忙しい身なのだ。
幾分、老け込んだ様に見えるブラストの姿に、ティルは苦笑し、不意にその背後に見えたフレイストの姿に声を上げる。
「フレイスト!」
「ティルさん? えっ? こんな所でどうしたんですか?」
ティルの声に驚き、慌てた様子でフレイストは駆け寄る。オレンジブラウンの髪を揺らし。
額に包帯を巻くフレイストは、ブラストの横へと並ぶ様に立ち、旅路の準備を済ませたティルの姿に表情を曇らせた。
「もしかして、もう行くのですか?」
「ああ。お前も、そろそろ、国に戻らないとまずいんじゃないか?」
「えぇ……。私も、今から転送装置でレイストビルへと送ってもらう予定になっています」
静かに笑みを浮かべそう答えたフレイストに、ティルは眉間にシワを寄せる。
「色々、大変だろうな」
「そう……ですね。父が居ない今、国の事は私が全てやらなきゃいけないので……今までみたいには会う事が難しくなりますね……」
フレイストの瞳が陰る。やはり、父・カーブンを失った事をまだ引き摺っているのだろう。国王になってからも、こうして戦いへと身を投じて来た為、自分が今国民に国王として受け入れてもらえるか、不安だったのだ。
そんなフレイストの肩へと右手を下ろしたブラストは、穏やかに笑う。
「安心しろ。お前の国の皆、お前の悲しみを知ってるし、お前の頑張りを知ってる。だから、胸を張れ」
「そうだぞ。ブラストみたいな奴がこうして国の民に信頼されてるんだ。お前だったらもっと信頼されてるはずだ」
と、ティルが笑うと、フレイストも少し安堵した様な表情を浮かべ、ニコッと笑う。
「おい! ちょっと、待て! 俺みたいな奴って言うのはどう言う意味だ!」
「一番、信用できない奴がって事だ」
先程言ったティルの言葉に文句を言うブラストに対し、ジト目を向けるティル。ブラストの発明品で色々危険な目に合わされているだけあって、ティルのブラストに対する信頼はほぼ皆無だった。
「おいおい……俺は、お前にそんなに信頼されて無いのか?」
「どの口が信頼って言葉を吐くんだ? えっ? 大体、エリスはどうしたんだ! 居なくなったらしいじゃないか!」
ティルが怒涛の様にブラストへと詰め寄ると、ブラストは視線を逸らし苦笑する。ティルの妹であるエリスは、ブラストの所有する小島でメイドとして働いていたのだが、この戦いが始まる数日前に急に姿を消したのだった。
ティルがそれを知ったのは昨日の事だ。妹エリスを探す為に旅をしていたティルは、もう一度エリスに会って、今度は世界をゆっくりと巡る旅に出ようとしていた。記憶を失っているエリスが、何かを思い出してるかも知れないと言う淡い期待を含ませながら。
だが、そんなティルにブラストは「あははは」と、マヌケに笑いながら「数日前から行方が分からないんだ」と、頭を掻きながら答えたのだ。
それゆえに、ティルは急遽今日、旅立つ事にしたのだ。また、妹エリスを探す為に。
怒りを滲ませ睨むティルに、ブラストは「あはは……」と笑いフレイストに助けを求める様に視線を向ける。仕方ないと、小さく吐息を漏らしたフレイストは、チラッと視線を城の門へと向けた。
「ほら、皆さん、見送りに来てますよ。ティルさん」
「あっ? 皆?」
首を傾げたティルが門の方へと顔を向けると、門が軋み開かれ、そこからミーファが飛び出す。
「あわわっ! ちょ、ちょっと、お、押さないでよ!」
慌てるミーファに続き、カイン・ウィンス・カシオと続き門から出てくると、その奥にワノールが奥さんであるウールに肩を借り立ち、その隣りに並ぶ様にノーリン・バルド・セフィーと立っていた。そこにルナの姿だけがなかった。
押しやられ前へと飛び出したミーファはよろよろと前のめりになりながらティルの胸に顔からぶつかる。
「はわっ!」
「何してるんだ? お前は……」
顔をぶつけたミーファが顔を上げると、ティルは呆れた目を向けていた。そんなティルの目に「あはは……」と笑う。小さくため息を吐いたティルは、右手で頭を抱えると、その目をカインとウィンスとカシオの三人に向けた。
妙にニヤニヤする三人を睨むティルは、ミーファの肩を掴み三人に向かって怒声を響かす。
「何のつもりだ!」
「いやいや。別に意味は無いですよぉ~」
「そうそう」
「ただ、ちょっとミーファと話があるんじゃないかなぁ~って、思ってさぁ」
カイン・ウィンス・カシオの順にニヤニヤと言葉を続ける。その三人の態度を数秒の間見据えたティルは、小さくため息を吐くと、カインに向けて哀れむ様な視線を送った。その視線に、カインの表情が僅かながら引きつる。
「な、なんですか? ティルさん? その目は……」
「いや……カイン。お前……コイツ等のバカが移ってきたんじゃないか?」
「なっ!」
驚愕するカイン。一方、激怒するのはウィンスとカシオ。
「誰がバカだ!」
「バカって言う奴がバカだって相場が決まってんだぞ!」
と、ティルに対し抗議の声を上げるが、その横で膝を落とし本気で落ち込むカインの姿に、ウィンスもカシオも言葉を失う。ただの一言で撃沈する三人に、ミーファは苦笑し、ティルの顔を見上げた。
「ごめん……何か……」
「いや。いいさ。それより、ミーファはこれからどうするんだ?」
「私? 一応、国に帰るつもり……今回の戦いで、城も街も大分壊されたみたいだから……」
「そうか……」
少しだけ沈んだティルの声に、ミーファも少しだけ残念そうな表情を浮かべる。
「お父さんやお母さんも心配してると思うし……一度、ちゃんと国に帰って現状を把握しないと……。私、こう見えても姫様なんだから!」
空色の髪を揺らし、胸を張るミーファが笑顔をティルへと向け、ティルもミーファへと笑みを返す。
「旅の途中、寄るかもしれないが、その時はよろしくな」
「うん。……待ってるからね」
と、ミーファはティルへと抱きついた。
…………同時刻。
あの最終決戦の行われた――今はもう激しい爆発により、広大な荒野と瓦礫のみの残された――場所に、数人の人影があった。
一人はタキシードを着込んだ男。一人は小柄で細身の若い男。そして、最後の一人――いや、一体は人間と言うには黒く、その体は不気味に光沢していた。ケタケタケタと笑う黒い化物は、獲物を探す様に鼻をひくつかせる。
一方、タキシードを着た男は右手に持ったステッキを回し、踊る様に歩きながらコンコンと地面を何度も先で叩く。そんな男の後ろに続く若い男は頭の後ろで手を組みつまらなそうな表情を見せる。
「本当に、生きてるんですかねぇ~。あの爆発で」
「生きてるよぉ~。生きてるぅ~。感じるよぉ~アイツの力を」
「クケケケッ!」
三人の声に、地面の一部が盛り上がり亀裂が生じる。やがて、低い声が地の底から聞こえ、一本の腕が地面から突き出された。
「げっ! マジですかっ!」
「ほらほらぁ~言った通りだろぉ?」
タキシードの男の声に、ゆっくりと地面が盛り上がり、腕が地面を確りを掴む。亀裂が生じ、地面は更に盛り上がり、声がハッキリと漏れ出す。
「ふっ……ふふっ……邪魔者は消えた……」
「後は、あの方が復活……ですね」
「ああ……ふふふっ……ふははははっ! 暫しの平和を噛み締めるがいい! すでに、時は動きだしている! ふははははっ! ふははははははっ!」
その男のおぞましい笑い声が、その荒野一帯に広がった。延々と誰も居ないその場所で――
新たなる闇が――ヒッソリと動き出す。
暫しの時を経て…………
――第二幕・完――
以上を持ちまして、クロスワールド~第二幕~終了です!
……え、えっと……ちょっと微妙な終わり方でしたか?
とりあえず、第三幕へと続くわけですが、ここでティル達の物語は終了となります。
第一幕から第二幕と、こんなに長くなって……読みづらい作品、分かりにくい文章だったと思いますが、最後までお付き合いくださりありがとうございました。
まだまだ勉強不足の未熟者ですが、以後も頑張りたいと思います。
とりあえず、この話をもって完結です。
また、第三幕を開始した時はよろしくお願いします。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
そして、お疲れ様でした。
感想、聞かせてもらえると、嬉しいです。