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第180回 フォン

 激しい戦いと、崩れ落ちる天井からの砕石で陥没し亀裂が深く走ったエントランス。

 そこにゼロは居た。ただ、静かにその場に立ち尽くし、崩れた天井から覗く空を見上げる。朝陽で明るくなり始めたその空から星々が消え、薄い雲が僅かにその空を流れる。

 その右腕には何かに噛まれた傷跡があり、その傷跡から血が溢れ、指先からシトシトと赤い雫が零れていた。降り注ぐ砕石は、まるでゼロを避ける様に床へと落ち、轟音を周囲へと広げ、砕けた破片を飛び散らせる。

 ひび割れた床から僅かに漏れる光。それは、地下にあるロイバーンが持ち込んだ古代兵器の輝き。どんな兵器なのかは不明だったが、その破壊力はこの城――いや、この街だけでなくその周辺全てを吹き飛ばす程の破壊力がある。その証拠に、その割れ目から噴出す蒸気が異常な程の熱を帯びていた。

 暫く、空を見上げていたゼロは静かに視線を落とし、


「遅かったね」


 と、静かに告げる。

 その言葉に、崩壊した階段から飛び降りたフォンが、ゼロの正面へと着地し、その長い茶色の髪を揺らし答える。


「ああ……まだ、傷が痛むから……」


 表情を引きつらせ笑みを見せたフォンが、胸を右手で擦る。その胸に風穴はなく、凝血した赤黒い血だけが付着していた。あの後、何があったのか分からないが、フォンの傷は完全に塞がっていた。

 落ち着いた様子で周囲を見回すフォンは、ゼロの右腕の傷に気付き、小さく肩を揺らし笑う。


「そうか……お前も、ようやく呪いを……」

「ああ。お互い、あの銀狼に救われたみたいだね」


 ゼロが肩を竦め口元に笑みを浮かべる。敵意の無いただ純粋な笑みを。そんなゼロに、フォンも笑みを浮かべ、


「全くだ……。呪いをかけた銀狼のクローンに救われるなんて……」


 と、呆れた様に表情を引きつらせる。

 そう。死の間をさまよっていたフォンを救ったのは、あの白銀の毛の狼だった。あの狼は銀狼のクローン。その体内に流れるのは銀狼と同じ細胞、同じ力。故に、銀狼と同じ癒天族の力を使う事が出来たのだ。

 その力により、フォンは生かされ、今こうしてゼロと対峙していた。

 同じくゼロも過去に銀狼から受けた不老の呪い。それを、同じ血を持つあの狼に自らを噛ませる事により、その呪いを中和した。もちろん、完全に呪いが解けたかどうかは分からない。それでも、ゼロはそう思うしかなかった。もう、この呪いから解放されたのだと。自分に言い聞かせるしか――。

 互いの顔を見据え、自然と笑みを零すフォンとゼロ。

 だが、直後に起きた地響きで、二人は互いに拳を握り、右足をゆっくりと一歩前に踏み出した。


「……一緒に行かなくてよかったのか?」


 右拳を僅かに顔の前へと出し、静かにゼロが問う。血の付着した黒髪を揺らし、真っ直ぐにフォンの顔を見据えて。

 その問いに、フォンも右拳を顔の前へと出し、左拳を脇の下に抱え込むように構え、鼻から息を吐き答えた。


「ああ……ここに居ちゃ行けない存在だからな。俺もお前も……」

「居ちゃ行けない存在……か。それでも、俺は――」

「それ以上言うな」


 その瞳を悲しげに揺らすゼロの言葉を、フォンは遮り僅かに俯く。ゼロが何を言いたいのか分かっていた。それは、フォンがゼロに対して思う事と同じ思い。だが、もうそれは叶わない。だから、ここで終わらせる。その覚悟を瞳に宿し、フォンはゼロを見据えた。


「終わらせよう。この戦いも、俺達と言うここに居てはいけない存在も……」

「分かった。お互い……目指したモノは同じはずだったのにな……」

「ああ。お前は、間違ったんだ。そして、俺も……」


 フォンは唇を噛み締め、思い返す。ティルや他の仲間と過ごした日々を。別れが辛くないわけがなかった。それでも、そうしなければならない理由があった。

 拳を力強く握ったフォン。そして、ゼロ。二人は同時に床を蹴る。全ての力を込めて、その拳を大きく振り被り。直後――眩い光が周囲を包み、全てを消し去る。音も――風も――空も――その場に存在する全てのモノを――……



 ――同時刻。

 転送装置により転送されたティルは、フォースト王国首都であるブルドライにある城に居た。転送装置が指定した座標は、ブラストが収めるこの場所だったのだ。転送装置は地下に存在し、転送された皆、その地下の一室で呆然と座り込んでいた。

 ミーファとルナはフォンの死を嘆き、ウールとセフィーはそんな二人を慰める様に抱きしめていた。拳を握りただ俯き床に座り込んだティルは、奥歯を噛み締める。フォンを助けられなかった事、ゼロをあの場においてきた事。全てに後悔していた。

 と、そこで、転送装置がジジジッと電流を迸らせ、眩い輝きが部屋を包み込む。激しい煙が吹きぬけ、転送装置の扉から空気が一気に吹き抜け物々しく開かれる。その場に居た皆が驚き、視線がその一点に集まる中で、煙の奥に一つの影が浮かぶ。


「ゲホッ……ゲホッ……」


 咳き込むその男はブラストだった。頭を抑え、複雑そうな表情を浮かべるブラストは、悲しみに沈むその面々の顔を見据え、穏やかに笑った。


「皆……無事みたいだな」

「ブラスト……主……」


 ブラストの登場に一番驚いたのはノーリンだった。思わず立ち上がり、その顔を真っ直ぐに見据えるノーリンに、ブラストは表情を曇らせ、やがてティルへと視線を向ける。だが、ティルがその視線に気付く事は無かった。それ程、ティルが受けたショックは大きかったのだろう。

 そんなティルの方へと静かに歩みを進めたブラストは、静かに口を開いた。


「ティル……すまない……」

「……何で、謝る」

「助けられなかった……」

「助けられなかった? それは、俺の――」

「違う! フォンは生きていた!」


 ブラストがティルの言葉を遮り、叫ぶ。その言葉に皆の視線がまたブラストへと集まる。


「えっ? ふぉ、フォンが……」

「生きて……」


 泣いていたミーファとルナが、ボソッと呟く。だが、すぐにそのブラストの言葉に違和感を覚える。そして、ノーリンだけがブラストがここに存在する理由を理解し、悲しげにその瞼を閉じ息を呑んだ。その様子に最初に気付いたのはウィンスだった。なぜ、ノーリンがそんな表情をしているのか分からず、首を傾げる。

 その空気の中で、ブラストは静かに告げる。自分におきた事を。そして、転送装置の事。フォンが最後に残した言葉を。静かに淡々と……。

 全てを告げた後、ティルはブラストへと掴みかかっていた。その目を血走らせて。


「どう言う事だ! それじゃあ、必ず誰かがあの場所に残らなきゃいけなかったって事じゃないか!」


 胸倉を掴まれ、壁へと押さえつけられたブラストは、「ああ。そうだ」と静かに答えた。

 あの転送装置。アレには重大な欠陥があった。それは、転送装置を起動するボタンが、操舵室にあり、誰かがあそこでボタンを押さなければ転送出来ないと言う事だった。だから、ブラストは最後まで操舵室に残っていたのだ。

 もちろん、ブラストは死ぬ覚悟だった。皆を転送した後、あの場であの飛行艇と一緒に――。


「ふざけるな! それじゃあ、お前は最初から誰かを犠牲に――」

「違う! 誰かを犠牲にするつもりはなかった。だから、俺が最後まで……」


 唇を噛み締めるブラスト。ティルだって分かっていた。ブラストが他人を犠牲にする様な奴じゃないと。それでも、自分の中にある怒りを何処に向けていいのか分からなかった。

 そんなティルをブラストは悲しげな瞳で見据え、静かに口を開く。


「それに、お前も薄々気付いてるんだろ? フォンの事」

「えっ?」


 ブラストの言葉に、ティルが顔を上げる。その場に居た皆がその言葉の意味が分からず、ただ静まり返る中で、ティルは「くっ」と声を漏らし僅かに頷く。


「あ、あぁ……ゼロと……話して……色々と……」


 ゼロと戦った時、聞いた話。その内容で薄らとティルも気付いていた。フォンがこの時代、今この世界に居るべき存在ではない事を。ゼロは何度も言った。五百年前と。そして、あの銀狼と言う生物。それがフォンの体に与えた呪い。ゼロに与えた呪い。その事から、戦ってる最中感じていた。フォンは五百年前に存在していたのだと。

 それでも、ティルは納得出来なかった。だから、その拳に力が篭る。そんなティルの肩にブラストは手を置く。


「フォンは、託したんだ。この先の未来を、俺達に。それに、最後までアイツは笑っていた。お前と過ごした日々、皆と過ごした日々は辛い事もあったが、楽しかったって……それに、またすぐ会える。そうティルに伝えてくれって……」

「くっ……何が……すぐ会えるだ……」

「でも……フォンらしい……。また、すぐヒョッコリここに現れそう……」


 ミーファが、涙を流しながらも笑う。そんなミーファの言葉に、その場に居た皆が笑みを浮かべた。確かに、フォンらしいと。ただ一人ルナを除いて。

 ミーファの隣りで俯いたままのルナは、小さく唇を動かす。


“フォンさんの……バカ……”


 と、誰にも聞こえない、小さくすぐに消えてしまう声で、そう呟き、一筋の涙を右目から零した。

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