第18回 己の剣は何のために
レイストビル南方入り口。
門の方に体を向けるカインとワノールは、腰の剣をいつでも抜ける様にする。門の傍には、オレンジブラウンの髪を微かに揺らす男が立っていた。他の兵士とは違い、威厳のある感じの雰囲気を感じさせ、今まで話していた兵士達も何故か整列している。男と向い合うカインとワノールは、息を呑み男のグリーンの瞳を真っ直ぐに見据える。少々気品のある面持ちで、目付きなどとても力強い。
カインとワノールの二人が剣の柄に手を添えている事に気付いた兵士達は、槍を二人の方に向けて怒声を響かせる。
「貴様等! 柄から手を放せ!」
「さもなくば!」
「おい。止めろ! 彼等は客人だ」
男の一声で兵士達は槍を退く。ワノールは少し顔を顰め、男を観察する様に見据える。そんなワノールに、男が軽く笑みを見せ、静かに言葉を継げる。
「私はフレイスト=レガイア。あなた方の事はミーファさんから聞いております」
「レガイア……。お前、王族か」
「エェ。一応、王族です。それが、どうかいたしましたか? ワノール殿」
笑みを見せながらそう言うフレイストに、ワノールは何処かイラッと来る。それは、アルバー王国の王族を思い出すからだ。力も無いのに、人を馬鹿にした様に命令し、自分を守れない奴ばかりだったから。この時、フレイストも所詮口だけの奴だと、ワノールは感じ微かに笑みを浮かべて左目で鋭く睨む。
殺気を帯びたワノールの視線に、フレイストが気付かない訳も無くニコヤカに笑みを浮かべる。だが、その笑みの裏では闘志を燃やしており、奥歯を噛み締めているのか、少しコメカミが震えていた。
この二人の睨み合いを止め様と、カインが笑顔で間に入り、
「ワノールさん。ミーファさんはフレイストさん達の所にいるようですし、早速会いに行きましょうよ!」
と、明るく言う。だが、ワノールはカインの言葉を訊かず、棘のある声でフレイストに言い放った。
「王族のお前と是非手合わせ願いたい」
その言葉に反応したのは回りに居た兵士達だった。すぐさま、フレイストの周りに集まり、「ダメです!」だの、「ここでの争いはいけません」など、様々な言葉が飛び交う。もちろん、そんな事分かっているフレイストは、「分かってるよ」と、笑顔で言って兵士達を安心させ下がらせると、目付きを替えて鋭い声で「軽く手合わせするだけだから」と、言う。愕然とする兵士達は、急に顔色を変え避難勧告を発令させた。何と無く危険な感じを察知したノーリンは、カインに向って叫ぶ。
「カイン! そっから離れとけ! 巻き込まれんぞ!」
「わ、わかりました。ルナも、コッチへ!」
「あっ、はい……」
ルナはカインに手を引かれノーリンとウィンスの居る方へと移動した。睨み合う二人の緊迫した中、吹き抜ける風が砂塵を舞い上げる。舞い上げられた砂塵は、都合よく二人の間を流れた。舞い上がる砂塵が消えたその時、ワノールは腰の黒苑を抜き走り出し、フレイストは背中に背負った大剣を片手で抜き走り出す。漆黒の刃を一閃させながら真横に振りぬくワノール。それに合わせる様に、フレイストは鋭く輝く鱗模様の刃を振りぬく。刃と刃が重々しくも澄んだ音を奏で、火花を散らせながら互いの刃を弾き返す。
土煙を舞い上がらせながら、足は地面を滑り、二人の距離が離れあう。黒苑を低く構えるワノールに対し、刃を高めに構えるフレイスト。足元から微かに漂う土煙は、すぐに消えた。
「何か、凄く緊迫してますね」
カインが心配そうにワノールの事を見ながらそう言う。つまらなそうに二人を見据えるノーリンは、欠伸をした。緊張感のないノーリンを、軽く睨んだウィンスはすぐにワノールとフレイストの方に目をやる。何故か、胸が高まるウィンスは、二人の剣の構え方を食い入るように見据える。そんなウィンスをチラッとみたノーリンは静かに口を開く。
「止めんでいいんか?」
「俺等にはどうせ止められない。それよりも、あの太刀の受け合いを見ていたい。俺、もっと強くなりたい」
「ふ〜ん。それで、お前歳は何ぼじゃ?」
「五月蝿いな。十四だよ。少し黙ってろよ」
「そうか……」
静かにそう言うと、急に立ち上がる。それに気付くカインは、ノーリンの顔を見上げた。静かに上空へと上がっていくノーリンの体を真っ直ぐ見ながら、カインは何か嫌な予感がしていた。
睨み合い続くノーリンとフレイストは勢いよく同時に地を蹴り、互いに真っ直ぐ突っ込む。そして、二人が刃を振り抜こうとしたその刹那、空から何かか二人の間に勢いよく落下した。轟音が響き爆風が吹き荒れる。至近距離でその爆風を受けたワノールとフレイストは、踏み止まる事が出来ず後方に吹き飛ばされた。舞い上がる土埃と円形に砕けた地面。そして、中心に浮ぶ黒い影は、大きくすぐにノーリンだとわかった。
「どういうつもりだ! 邪魔をするな!」
睨みを利かせながらそう叫ぶワノール。だが、そんなワノールに問い詰める様にノーリンが言い放つ。
「この争いに何の意味があろうか。ウヌ等は、何故に、十四と幼き者の前で剣を交える。その剣は人を殺めるモノなのか? 否、それは、人を守るモノ也。今のウヌ等は、魔獣と同類。己の愚かさを感じ、考えろ。その剣の正しき意味を」
ノーリンの言葉にワノールとフレイストは剣をおさめた。眉間にシワを寄せるワノールは、暫しノーリンを睨んでいたが、背を向けカイン達の方へ歩んでゆく。フレイストは俯き歯を食い縛る。自分が一番心得ている事を忘れてしまうなんてと、自分自身に怒りを覚えた。
カイン達のもとに戻ったワノールは、「すまん」と、小さな声で謝った。カインにもウィンスにもそれは微かにしか聞えず、少々首を傾げる。大人しくしていたルナは、立ち上がりフレイストの前に歩み出る。
「ミーファさんは無事ですか?」
「エェ……ぶ…じ……!」
ゆっくり顔を上げ、その問いに答え様としたフレイストは、ルナの顔を見た瞬間、顔を真っ赤にし、背を向けた。表情を変えぬままのルナは、真っ直ぐフレイストの方を見たまま少し首を傾げる。慌て戸惑うフレイストは、オドオドした口調で言う。
「い、いい今は、ししし城の方で、あな、あなたがたの、事をお待ちに」
急にオドオドした口調に変わったフレイストを見据えるカイン・ウィンスの二人は、顔を見合わせ首を傾げる。鋭い目付きのままのワノールは、腕組みをし眉間にシワを寄せ鋭い目付きでノーリンを見据える。いつもの細目に変わっているノーリンは、明るく笑みを浮かべながら言う。
「さぁて、ワシの案内はここまでじゃ。それじゃあ、ワシは一足先に入国させて貰おうかねぇ」
「えっ、ノーリンさん、一緒に着てくれるんじゃ!」
門をくぐろうとするノーリンに驚いた様に声を掛けるカイン。それに対し、ノーリンは呆れた様なため息を吐き振り返り言い放つ。
「ワシは、怪我をしとるお前を仲間の所に届ける。それだけの間柄じゃ。仲間に合えたんじゃ。ワシは、ワシの本業に戻るんじゃ」
「本業って、用心棒ですか?」
「当たり前じゃろ! それ以外にワシが何か仕事しとったか?」
「いえ……。それは……」
「んじゃま、ワシは暫くレイストビルに居つくとすっかな」
大笑いしながらノーリンは手を振り門をくぐって行った。暫し立ち尽くすカインの右肩にぽんと手を乗せるウィンスは、目を閉じ頷きながら言う。
「落ち込むなって」
「別に落ち込んでなんかないよ!」
ウィンスの手を払い、そう言うカインは頬を膨らす。少しムスッとした表情を見せるウィンスは、「何だよ。元気付けようと思ったのに」と、小さな声でぼやいた。カインだって、そんな事は分かっていた。でも、何故か強がってしまったのだ。なんだか、弱さを見せるのがいやだった。