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第179回 カウントダウン

「飛行艇に戻るぞ!」


 ティルが叫びその声に皆が頷く。そして、ひび割れた床に横たえたフォンへと、順々に別れを告げる様に黙祷もくとうする。

 比較的体力の残っているウィンスが先陣を切り、視力の良いバルドがそれに続いた。いち早く危険を察知できる様にとこの並びになった。その後に、カシオをを担いたノーリンとフレイストが続く。

 そして、その場には残ったのはティルとカイン、ゼロの三人だけ。カインは長く黙祷し、やがて静かに立ち上がり、ティルの方へと顔を向けた。


「行きましょう。ティルさん」

「ああ。だが、その前に……」


 と、ティルはゼロの方へと体を向けると、その手をゼロに差し伸べる。その行動に、カインもゼロも驚く。そして、声を上げる。


「な、何してるんですか! ティルさん!」

「お前も来い。一緒に」


 ティルの言葉にカインは拳を握りゼロを睨み、ゼロは呆れた様に鼻で笑う。


「俺は敵だぞ?」

「そうです! コイツは――」

「お前には生きてもらう」


 カインの言葉を遮る様にティルがそう告げる。その言葉に訝しげな表情を浮かべたのはゼロ。その一方でカインはその表情に怒りを滲ませる。納得が出来なかった。フォンが死にゼロが生きると言う事が。だから、その怒りをぶつける様にゼロを睨む。

 そのカインの怒りにゼロは肩を竦め、失笑する。


「俺はもう五百年以上生きてる。それに、ソイツはそんな風に思ってないだろ?」


 カインの方へと視線を向けるが、ティルはそんなゼロから視線を外す事無く差し出した手を引こうとはしない。それだけ、ティルの意思は固かった。

 視線を交える二人に、カインは拳を握り唇を噛み締めた。その間も崩れ行く建物。早くしなければ、通路が塞がってしまうが、ティルはそんな事すら気にせずゼロだけを見据えていた。


「お前は生きなきゃいけない。フォンの分も――この戦いで失われた人達の分も、生きて罪を償ってもらう」


 強い口調のティルに、ゼロは小さく息を吐き、呆れた様に笑う。


「……分かった。五百年も生きたんだ……この先、何年行きようと同じ事だ……」

「同じじゃないさ。それを、お前の目で確かめろ。何年……何百年先になるかは分からないが、きっと世界は変わる。人は、過ちを償えるんだからな」


 ティルが笑みを浮かべ、ゼロも僅かに俯き笑うと、その手を握った。カインは納得出来なかったが、ティルの決めた事だからと、自分の気持ちを抑える様に小さく深呼吸を繰り返した。そうしないと、ゼロに襲い掛かってしまいそうだったから。

 怒りを抑え、カインはティルだけを視界に入れ静かに口を開く。


「行きましょう! ティルさん!」

「ああ。……フォン。お前と会えてよかった……」


 ティルは横たえたフォンにそう囁いた後、走り出す。カインとゼロと三人で。崩れた階段を瓦礫を踏み台にして駆け上り、そのまま通路へと入っていった。

 崩れ行く天井。降り注ぐ砕石は床へ激突すると衝撃と重々しい音を響かせ砕け散る。残されたのはフォンと……白銀の毛を揺らす一頭の狼。その狼は降り注ぐ砕石をかわし、フォンの元へと歩み寄る。もの悲しげな表情を窺わせ、喉を静かに鳴らす。


“くぅぅぅぅん……。くぅぅぅぅぅん……”


 と。

 そして、顔を近づけると、フォンの頬を舐める。血の付着したその頬を。

 目覚める事の無いフォンの姿に、銀狼は静かに顔を上げると、遠吠えをあげた。フォンの死を悲しむ様に、大きな遠吠えを――。何度も、何度も。

 その声に、フォンの指先が僅かに反応した。



 通路を駆けるティル・カイン・ゼロの三人。飛行艇までの道筋はティルが覚えていた。だが、すでに塞がった通路もあり、三人は遠回りを余儀なくされていた。

 それでも、無事に飛行艇まで辿り着き、操舵室の破壊された扉を潜る。


「あれ?」


 操舵室に入って最初に声を上げたのはカインだった。ティルも声は上げなかったが、その光景に眉を潜める。

 原因はそこにブラストしか存在していなかったからだ。先に行ったウィンス、ノーリン、カシオ、フレイスト、バルドの五人はまだついていないのか、と思う。それともう一つ。ここに残っていたワノール、ミーファ、ルナ、セフィー、ウール、リリアの姿も無かった。

 入り口の前で困惑するティルとカインに、作業をしていたブラストは手を休めゆっくりと振り返る。


「遅かったな。ティル」

「ああ。それより、他の皆はどうしたんだ? まさか、まだ着いてないって事は無いだろ?」


 静かな口調のブラストに対し、平静を保ちながらも早口でそう述べたティルに、ブラストは穏やかに笑う。


「他の皆は、転送装置の方へ向かった。話はフレイストから聞いてる。フォンの事は……残念だったな」


 僅かに俯き表情を曇らせるブラスト。その姿にティルは無理に笑顔を作る。


「俺は平気だ。心配するな」

「そうか……」


 心配そうなブラストの視線。ブラストは危惧していた。ティルが昔の状態に戻るんじゃないかと。フォンと出会い、ティルは変わっていた。仲間を信じ、少しだけ表情も柔らかくなった。これも全てフォンのおかげだが、フォンを失った事によりまた心を閉ざしてしまうのではないかと思っていた。

 だが、それは自分の思い過ごしだとブラストはすぐに理解し、静かに笑う。


「おい。何がおかしい」

「ふふっ……それじゃあ、お前達もすぐに転送装置へと急げ」

「おい。人の話を――」

「急げ。ティル。時間が無いぞ」


 ティルの声を遮ったのはゼロだった。そのゼロの声で、ブラストは初めてそこにゼロが居る事に気付き、最初こそ驚いた表情を見せていたが、すぐにいつも通りの落ち着いた表情をゼロへと向け、


「……ティルが決めた事なら、俺は文句は言わない」


 と、静かに告げる。その言葉にゼロは小さく頭を下げ、すぐに頭を上げ声を上げた。


「転送装置のある部屋へ急ぐぞ」

「あ、ああ……」

「何でお前が仕切ってるんだ……」


 カインが小声で呟き、ティルは何か違和感を感じ首を傾げた。だが、その違和感が何か分からぬまま、ゼロに引き連れられる様に操舵室を後にした。残されたブラストは小さく息を吐くと、割れた窓から外の風景を見据える。空はもう明るくなり始め、日の光が僅かに山の合間から覗いていた。



 飛行艇の通路を走る三人。一番下まで降り、通路の奥を右へと曲がり、一つの部屋に辿り着く。物々しい扉が備え付けられた一室に。そこが、転送装置のある部屋で、すでに他の皆は転送した後なのだろう。もうその部屋には誰も存在していなかった。

 奇妙な機材と魔術の術式の様な陣が描かれたその部屋へとカインがまず足を踏み入れた。


「こ、ここで、転送されるんですか?」


 部屋の風貌に驚きマジマジと見回す。そんなカインの様子を入り口に立ち見据えるティル。ティルもこの部屋を見るのは初めてだった。まさか、こんな風になっているとは思っていなかった。

 呆然としていると、突如背中を押され、部屋へとティルは押し込められた。


「くっ……!」


 よろけ、カインの背中へと衝突すると、二人は床へと倒れ込んだ。


「い、痛いですよ! ティルさん!」

「くっ! ゼロ! どう言うつも――!」


 体を起こし振り返ったティルはそこで言葉を呑んだ。そこに、ゼロは居らず、部屋の扉が閉じられ鍵が掛かる音だけが響いた。


「なっ! あ、アイツ!」


 カインも状況に気付き声をあげ、立ち上がる。そして、拳を握ると晴天暁の柄を握った。


「やっぱり、信用しちゃいけなかったんですよ!」

「ゼロ! ここをあけろ!」


 扉の前へと駆けたティルが、扉に備え付けられた窓からそうゼロへと叫ぶ。だが、ゼロは何も答えず静かに笑みを浮かべ、首を振った。それだけで、ティルは理解した。ゼロは生きる事を拒否したのだと。拳を握ったティルは叫ぶ。その拳を頑丈な扉へとぶつけながら。


「どうして! どうして死のうとするんだ! お前には、罪を償わなきゃいけない! フォンの分も生きなきゃ! それに、まだ聞きたい事も――」


 と、ティルが叫ぶ中で、その部屋にブラストの声がこだまする。


『転送を開始する!』

「えっ? ブラストさんの声……?」


 驚き周囲を見回し気付く。四隅に備え付けられたスピーカーに。そこから聞こえるブラストの声に、ティルは叫んだ。


「待て! まだ、ゼロが――」

『悪いが、時間が無い……カウントダウンを始める!』


 ブラストの声にティルは叫び続けた。



 操舵室。一人壊れかけた椅子に座るブラストは、修理した機材の前でマイクに向かってカウントダウンを始める。


「五……四……」


 右手がその機材の赤いボタンの上へと置かれる。


「三……二……」


 静かに淡々としたブラストの声。

 その声に雑じり、壊れた扉が軋み、その部屋に現れる。生きているはずの無い血に塗れたフォンが。


「……一」


 静かにブラストのカウントが進み、ボタンの上に置かれた手に力が篭る。だが、そのブラストの背後へと音も無く歩み寄ったフォンは、握り締めた拳を振り上げ――一気にブラストの頭部へと振り下ろした。

 ブラストが、「零」と、カウントすると同時に。

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