第178回 決着
輝く渦浪尖がフォンの胸を貫く。
鈍い音が聞こえ、鮮血が舞う。
衝撃でフォンの体は後方に飛ぶ。背中から突き出す渦浪尖の刃。それでも、まだ勢いは止まらず、フォンの体をそのまま引っ張りながらゆっくりとその体を通過する。渦浪尖がフォンの背中から飛び出すと、フォンの体はそのままひび割れた床へと崩れ落ちる。
背中を二度、三度と床にバウンドさせ、その度に鮮血が胸から散った。銀狼に侵食されていたフォンの体は、徐々に元の姿へと戻っていく。だが、その代償としてずば抜けた再生力は失われ、フォンの体からは血があふれ出す。胸に空いた風穴から。
暫しの間静寂が周囲を包んだ。皆の荒い息遣いだけがその場に静かに響き、やがてフォンの体を抜けた渦浪尖がその高度を下げ地面へと突き刺さた衝撃音が周囲を轟かせ、皆は一斉に動き出す。
<<フォン!>>
と、声を上げて。
渦浪尖を放った衝撃で砕けた弓を投げ捨て、ティルが一番先にフォンの元へと辿り着く。その体に無数の切り傷を作り血を流しながら。
「フォン! おい! フォン!」
ティルが叫び、フォンの体を起こす。あふれ出す血がティルの手を真っ赤に染めるが、そんな事気にせず、ティルは叫び続けた。
それに遅れ、フレイストがフォンの元へと駆けつけた。銀狼に殴られた腹部の痛みはまだ引かず、その痛みに表情を歪めながら、フレイストは二人を見据える。
何も言えなかった。何と声を掛けていいのか分からなかった。だから、ただ黙って見据える事しか出来なかった。
更に遅れてその場に辿り着いた、ウィンス、カシオ、ノーリンの三人。ノーリンは二人の肩を借り歩くのがやっとの状態で、ウィンスとカシオもその身はあの弓を支えていた時に受けた風により切り傷だらけだった。
それでも、その場に立ち尽くし、二人を見据える。ウィンスは左拳を握り、カシオは唇を噛み締め、ノーリンはその目を細めながら。
「おい! フォン! 起きろよ!」
ティルの叫び声がその場に木霊する。徐々に肉体は元に戻り、鋼の様な髪も元の茶色の髪に、口元に突き出ていた牙も、指先から伸びていた爪も、いつものフォンの肉体へと戻っていく。それでも戻らない。胸の傷。戻る事の無いその傷口から溢れる血が一層ティルの手を、そのひび割れた床を赤く染めた。
そのティルの声に、瓦礫に埋もれていたカインが目を覚ます。
「フォン!」
勢いよく立ち上がり、瓦礫が崩れる。辺りを見回したカインは、すぐにフォンの姿を発見する。その血に塗れたフォンの姿を。
「フォン!」
叫び、駆け出す。銀狼に受けたダメージで、足がもつれ何度も転びそうになりながらも、今持てる全ての力を振り絞り、全力で駆ける。だが、あと少しの所で堪える事が出来ず派手に転倒し、顔から地面へと倒れこむ。
だが、すぐに顔を上げる。鼻血を出しながらも、膝が震え力が入らなくても、カインは腕の力だけで体を引き摺りながらフォンの元へと移動する。
「ふ、フォン……」
息を切らせながらフォンの元へと来たカインが体を起き上がらせその顔を見据える。顔に傷は無かった。銀狼の力により、胸に空いた傷以外は塞がり血は止まっていた。
血が流れ出し、フォンの体温が徐々に失われていく。そんなフォンの状態に、ティルも言葉を失い、唇を噛み締め、瞼を閉じた。薄らと滲む涙。それが、静かに頬を伝う。フォンの肩を掴むティルの手に力がこもり、噛み締めた唇が切れ血が涙と混ざりポトリと落ちた。
俯くカインは、震える膝に手を置くと奥歯を噛み締め、ゆっくりと立ち上がる。
「ゼロォォォォォッ!」
カインの怒声が轟き、周囲に衝撃が広がる。金色の髪が一瞬にして赤く染まり、白煙が昇る。その手に持っていた青天暁の刃は朱色に輝き、その目には怒りが滲み出ていた。
壁にもたれ天井を見上げるゼロは、そのカインの視線に小さく吐息をもらし、鋭い眼差しを向ける。
「言ったはずだ。助かるかもと。あくまで可能性の話だ。この世に絶対は無いんだよ」
「黙れ黙れ、黙れェ!」
震える膝を僅かに曲げ、カインがゼロへと突っ込もうとしたその時、その肩を強い力で掴まれる。
「うぐっ!」
「止めろ……お前だけが辛いわけじゃないだろ」
静かな口調でそう述べたのはバルドだった。額から血を流し、もうろうとするバルドの言葉に、カインは唇を噛み締め、フォンの血で塗れた拳を握り締める。
カインだって分かっている。一番辛いのは、矢を射たティルだと言う事を。それでも、カインの怒りは収まらず、ゼロをキッと睨み付けた。
だが、その時だった。突如として地響きが起き、ひび割れた床の亀裂が大きくなり、次々と柱が折れ、天井が激しく崩れ始めた。大きな揺れに、その場に居た皆が天井を見上げ、降り注ぐ砕石に眉をひそめた。
「ここは時期に吹き飛ぶ……ロイバーンの研究で、この城の地下には古代兵器が持ち込まれてたからね」
降り注ぐ瓦礫をかわしゼロがそう告げると、カインは怒声を響かせる。
「これも、お前の仕業か!」
「違う。この場を見ろ。この光景を。床が砕ける程の衝撃に地下室が無事でいると思うのか?」
「くっ……そうか。あやつ、こうなる事を予想して……」
ノーリンがロイバーンとの戦いを思い出し呟く。もし、自分が死んでも皆殺しに出来る様に地下に兵器を持ち込んだのだと。ロイバーンと戦ったノーリンだから分かる。あいつの性根が腐っていると言う事は。
フォンの体を起こすティル。その場に座り込み、動こうとしないティルに、誰も何もいえない。カインもどうして良いか分からず、ただ怒りだけをゼロへと向けていた。
そんなティルに対し、言葉を投げかけたのはゼロだった。
「ティル……」
静かな口調で――
「いいのかそれで」
穏やかな声で――
「お前はまだ……」
ゆっくりと――
「やらなきゃ行けない事があるはずだろ」
淡々と。まるで、フォンのセリフを代役しているかの様に。
その言葉にティルは瞼を堅く閉じ、握った拳を地面へと叩き付けた。地面が砕け、その破片で皮膚が裂ける。血が滲み床に流れたフォンの血と混ざり合う。そして、ティルは瞼を開き顔を上げた。その目に迷いは無く、ゆっくりとフォンの体をそこに寝かせると、静かに立ち上がる。
「……行くぞ」
静かなティルの口調に、カインが驚く。
「ちょ、ちょっと待ってください! ティルさん! ここに、フォンを置いていく気なんですか!」
「ああ……フォンとの約束だ……。俺はまだ、やる事がある……ミーファや、ルナを頼まれてる……」
「だからって……」
「カイン。お前も託されてるはずだ。フォンから……」
その言葉にカインは赤く染まった髪を金髪に戻すと、俯き拳を震わせた。
「でも……僕は……」
拳から血を流すカインの頭をノーリンは静かに撫でた。
「フォンの事を思うなら、フォンが託した想いを受け止めろ。悲しいのは皆同じ。それに、主に託したと言う事は、主なら安心だと言う事だろ。こんな所でフォンを不安にさせてどうする」
「分かてるけど……ルナになんて……」
「きっと、その傷は大きいかも知れません。でも、それを癒す事が出来るのも、多分あなただけ。だから、フォン君はあなたに託したんですよ」
フレイストが穏やかに笑う。痛みに少々表情を歪めながら。その二人の言葉に、カインは目じりに溜めた涙を拭くと、静かに頷いた。