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第177回 皆の想いを乗せて

 小さく鳴り響く歯車がかみ合う音。

 ゆっくりと、一つ一つ確実に刻まれていくその感覚がティルの震える指先へと伝わる。奥歯を噛み締め、表情を歪めながら、ウィンスとカシオに支えられ、ノーリンの力を借り少しずつ渦浪尖を引く。

 渦巻く風が弓を支えるウィンスとカシオを襲い、二人の髪を逆立て、衣服を激しくはためかせる。体力も殆ど残っていない二人だったが、その暴風に飛ばされぬ様、地に足を踏み締めていた。奥歯を噛み締めるカシオは、膝を震わせながらティルの方へと顔を向ける。


「おい……ま、まだか……」

「ま、だ……だ……」


 カシオの問いに、ティルも奥歯を噛み締めたまま返答する。その最中もカチッと、歯車が一つ動き、風が一層強さを増す。弓が軋み、瑠璃色に輝く双牙の刃が甲高い音を奏でる。その甲高い音に表情を歪めるカシオとウィンス。耳を塞ぎたいが、手を離す事は出来ない。だから、ただ我慢する。奥歯を噛み締めて。

 右目を閉じ奥歯を噛み締め力を込めるティルは、左目で確りと銀狼の姿を見据えていた。矛先は確りと銀狼の方へと向いていたが、槍を包む暴風によって狙いまではつけきれずにいた。


「ぐっ……」

「確りしろ……」

「分かってる……」


 ノーリンの言葉にティルは静かに答え、その手に力を込める。

 甲高い風の音が響く中で銀狼と睨み合うカインとフレイスト。三人の間に流れる静寂。僅かな呼吸音だけを互いに響かせながら、ゆっくりとゆっくりと、カインとフレイストの二人は足を動かす。銀狼との距離を保ち、いつでも動き出せる様にと力を込める。

 張り詰めた空気の中で、銀狼が不敵に笑う。その瞬間、二人はすぐに身構える。と、同時に銀狼が地を蹴った。しかし、その目の前を一本の矢が通過し、銀狼の動きを制止する。


「ぐっ!」


 銀狼はすぐさま後方へと飛び退き、矢の飛んで来た方へと顔を向けた。そこに佇むのは弓を構えるバルド。疲弊しながらも、正確に矢を射るバルドに、銀狼は奥歯を噛み締める。


「俺の……邪魔をするなァァァァァッ!」


 フォンの制御が弱まり、ようやく体を自由に出来る様になったのか、雄たけびを上げるとその衝撃がカインとフレイストの体を弾き、柱がまた一つ砕け天井が崩れ落ちる。

 衝撃に表情を歪めるカインとフレイスト。その後方では、その衝撃を吸収し更に風を強める巨大な弓。その鋭い風により、ウィンスとカシオの腕は裂け血が飛び散る。渦浪尖を引くティルとノーリンも同じく、その鋭い風で皮膚が裂けた。

 それでも、力を緩める事無く渦浪尖を引く。カチッとまた一つ歯車が動く。あと少し。あと少しで全てが完了する。


「あと……少し……」


 感覚でティルもその事に気付いていた。小さくそう呟き、奥歯を噛み締める。

 だが、そこで異変が起きる。双牙の刃が軋み、天翔姫に僅かな亀裂が生じた。それと同時に亀裂から瑠璃色の光が漏れ始め、風の流れが変わった。


「くっ!」

「お、おい! や、やばいぞ! これ……」


 カシオが声を上げ、視線をティルの方へと向ける。あまりに大量の風を取り込んだ為、本体となる天翔姫と双牙の両方が悲鳴を上げていた。僅かにかける双牙の刃。その破片がティルの頬を裂き、血飛沫を上げると、その血が右目へと入り、ティルは右目を閉じ苦悶に表情を歪める。

 その影響で、ティルの狙いが僅かにずれる。それを修正しようと試みるが、上手く照準を合わす事が出来ない。


「ティル。今は、矢を引く事だけを考えろ……」


 ノーリンの静かな声に、ティルは唇を噛み頷いた。

 雄たけびをあげた銀狼は動き出す。バルドへと向かって。一番邪魔な存在だと判断したのだろう。爆音を響かせバルドの方へと走り出した銀狼に、カインとフレイストの反応は遅れる。まさか、バルドを狙うとは思っていなかったからだ。それは、バルド自身も同じだった。その所為で、矢を射るのが遅れ、矢を射た瞬間、バルドの顔面を銀狼の手が捉える。


「ぐっ!」

「まずは一人!」


 そう叫び、銀狼はバルドの頭部を壁へと打ちつける。壁が崩壊し、バルドの手から弓が落ちた。額からあふれ出す血。それが、銀狼の右手へとベッタリと付着し、うな垂れ動かなくなったバルドの体をカインとフレイストの方へと放った。

 何度か床にバウンドし、二人の足元へと転がるバルド。その一撃で分かる。銀狼がすでにダメージを回復したのだと。それだけの時間を与えてしまったのだと。

 カインとフレイストの二人は、すぐさま身構え、銀狼へと眼を向ける。瓦礫を踏み締め、ゆっくりと歩き出す銀狼は、その手に着いた血を舐め、不敵に笑う。


「さぁ……もう俺の邪魔をする者はいない……。死に底無いのお前らで、俺を止められるか?」


 その言葉に息を呑んだ二人は、僅かに足を引く。先程までとは違う圧倒的な威圧感。体力は全快し、肉体の支配権も完全に銀狼自身が手にし、ここから全力で自分達を殺しに掛かってくると理解する。だから、気を抜かず全神経を研ぎ澄ます。

 自らの鼓動だけが響き、カインとフレイストは静かに息を呑む。


「まずは……」


 銀狼がゆっくりと顔をフレイストの方へと向ける。と、同時に爆音が轟き、床が砕け散る。遅れて銀狼の姿がフレイストの目の前へ現れ、フレイストは奥歯を噛み締め全身に力を込めた。


「貴様だ!」


 銀狼が叫び、右拳がフレイストの腹部を抉る。深々とその筋肉を突き破る様に拳を減り込ませ、踏ん張っていた足が宙へと浮き上がる。血が口から吐き出され、フレイストの体が崩れ落ちる。頬に浮き出ていた鱗模様が消え、その瞳が揺らぐ。

 その場に蹲るフレイスト。血の混じった唾液が口から漏れ、床へと零れる。意識はあったが、腹部への激痛でフレイストは顔を上げる事が出来なかった。


「フレイストさん!」


 カインの叫び声が聞こえたが返答は出来ない。そんなフレイストに代わり、銀狼が不敵な笑みを浮かべ答える。


「次だ!」


 と、左足を振り抜く。風を切る音がカインの耳に届き、それとほぼ同時に側頭部をその足が抉る。首を刈り取らん勢いで。激しい衝撃にカインの体は宙を舞い、何度も床を横転し最後に壁を破壊し、その瓦礫の中へと姿を消した。

 瓦礫に埋もれるカインの方へと視線を向ける銀狼の耳に届く。一つの音。それは、鍵をロックする様な不思議な音。それに遅れ瑠璃色の輝きが視界へと差し込んだ。


「なっ!」


 すぐにティル達の方へと体を向ける。輝く弓。暴風を取り込む矢。そして、鋭く、強い意志を持ったティルの眼差し。その瞬間、銀狼は悟る。先程の音は、準備が完了した合図なのだと。


「ふふふっ……だが、残念だったな! そんなモノに、俺は当たらん!」


 と、銀狼が足に力を込め、床を蹴った――いや、蹴ろうとした。だが、その足は床に張り付いた様に動かず、上半身だけが前のめり倒れる。


「な、なんだ……一体……」


 何が起こっているのか、状況が分からない銀狼に対し、ティルは静かに告げる。


「お前は、勘違いしている」

「勘違い? 何の事だ?」

「お前は、フォンを完全に押し殺し、自分がその体の支配権を持っていると、思い込んでいる様だが、実際は違う」

「なっ……」


 銀狼が驚くと同時に、その視界が一瞬揺らぎ、唇が勝手に動き出す。


「準備は、出来たな?」

「ああ……」

『ぐっ……ど、どう言う事だ……』


 驚く銀狼の心の叫び。それに対し、フォンは静かに笑みを浮かべる。


「オイラは、ただ力を蓄えてただけだ。全ての準備が整った時、お前を逃がさない為に」

『ふざけるな……。お前如きにこの俺が……』

「油断したな。銀狼。この一撃で、お前を消滅させる」


 ティルが叫び、フォンが頷き、腕を広げた。心臓を射抜けと、言わんばかりに。

 息を呑むティル。その手に滲む汗が一粒の雫を落とす。その刹那、放たれる。轟音と共に――大量の風と共に――皆の想いを乗せて――。回りきった歯車が打ち出す。全ての風を利用し、自らの身を削りながら。

 打ち出した衝撃で、弓を支えていたウィンスとカシオの体が弾かれ、床を抉る。渦浪尖を握っていたティルとノーリンも、後方へと弾かれ壁へと激突し、その時投げ出された弓は宙へと舞い、ゆっくりと砕け散った。全ての役割を終えて。

 そして、解き放たれた渦浪尖はその柄を風に食わせながら、加速し一直線に銀狼へと迫っていく。


『や、止め――』

「これで……お前とも……」


 フォンが静かに瞼を閉じる。そして――……

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