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第174回 フェイク

 銀狼の背骨がゴキッゴキッと不気味な音をたてながら再生していく最中、ティルはゼロの言葉の意味を理解する。

 手に握る天翔姫と、腰にぶら下げた双牙、地面へと突き刺さった渦浪尖の三つを順番に見据え、ティルは僅かに頷く。その隣で、青天暁を構えたカインが不思議そうな表情を浮かべ、首を傾げる。ティルが何かを考えていると言う事は分かるが、それが何なのかカインには分からなかった。

 そんなカインの隣で、渋い表情を浮かべるティルは、ゆっくりとその視線を銀狼の方へと向けた。そう。天翔姫、双牙、渦浪尖は、ティル達の手にあるが、風魔の玉は――


「くっふっふっ……お前達が求めているのは……コレの事か?」


 背骨をゴキゴキッと鳴らすと、ゆっくりと上半身を起こし、懐に手を突っ込み瑠璃色の玉を取り出す。不気味に輝くその玉を見据え、ティルは奥歯を噛み締め、カインは眉間にシワを寄せた。とても強い力を持っている様に見えなかったからだ。

 渋い表情を浮かべたティルは右足を退くと、カインの方へと身を寄せる。


「カイン」

「何ですか?」

「風魔の玉は俺が何とかする。お前は渦浪尖を……」

「何言ってるんですか! 僕も一緒に戦います!」


 ティルの言葉に強い口調で言い放つカインに、ティルは小さく息を吐く。


「落ち着け。渦浪尖を先に回収して欲しいって事だ」

「でも……」

「大丈夫だ。奴もまだ完全に回復してるわけじゃないんだ」

「……分かりました」


 渋々と了承したカインに対し、「任せるぞ」と肩を叩き銀狼の方へと体を向ける。一方で、カインは地面に突き刺さった渦浪尖の方へと駆け出す。それと同時にティルはバルドの方へと目を向け、腰にぶら下げた二本のナイフに左手で触れた。

 フレイストもその行動に気付き、静かに息を吸う。


「バルド!」


 ティルが叫ぶと同時にバルドが駆け出す。その瞬間、二本のナイフの柄を素早く組み合わせ双牙へと変えた後に、駆け出したバルドの方へと放った。回転し中を舞う双牙を銀狼がその視線に捉える。


「わざわざ、双牙を手放すとは……」

「そうだな……まずは、お前から風魔の玉を奪わなきゃいけないからな」


 ティルが静かに呟くと同時に、銀狼の体を横から衝撃が襲う。


「ぐっ!」


 まだ、完全に修復されたわけじゃない腰骨が軋み、銀狼の表情が僅かに歪む。


「くっ……きさ……まっ……」


 衝撃に堪えながら、銀狼の顔がゆっくりと横を向く。その視線の先で咆哮を放つフレイストの姿。そして、その咆哮の上を双牙が回転し通り過ぎる。それと同時にバルドが跳躍し左腕を伸ばし、双牙の柄を掴んだ。

 双牙を掴んだバルドは空中で体勢を整えると、視線を銀狼の方へと向け右手を双牙へと添え、そのまま矢を引く様に手を引く。高音の風切り音を響かせ、風の矢が形成されると、それをフレイストの放つ咆哮に向かって射抜く。

 何発も連続で放たれた風の矢は、咆哮を浴びその向きを銀狼の方へと向け、更にその咆哮の衝撃で威力を増しながら銀狼の体へと襲い掛かった。風の矢は銀狼の体へと刺さると甲高い破裂音を響かせ消滅する。


「ぐっ!」


 血飛沫が舞い、銀狼の足が僅かに押される。まだ完全に腰の骨が治ったわけでは無い為、その衝撃に骨が軋み銀狼の表情が苦痛に歪んだ。何十発と続いた風の矢が静まり返り、咆哮が止む。後方へと何十メートルも押された銀狼の体からは大量の血が流れ出し、足元には血溜まりが出来ていた。それでも、傷口は徐々に再生されていき、血は自然と止まる。

 矢を放ち終え地上へと着地したバルドは、右膝を地に着き静かに呼吸を整える。その奥では咆哮を吐き終えたフレイストが大きく肩を揺らす。


「はぁ……はぁ……」

「ふっ……ふふっ……」


 呼吸を乱す二人に対し、小刻みに肩を揺らし笑い出す銀狼。その銀狼を見据える二人の視線を受け、銀狼はゆっくりとすり足で右足を前に踏み出す。


「耐えたぞ……。次は、コッチの……」

「まだだ!」

「――!」


 ティルの声が横から聞こえ、漆黒の刃が銀狼の視界の端に僅かに映った。体を捻りその刃を避けようとしたが、体を捻ろうと腰に力を加えた瞬間、背骨が軋み銀狼の体は動きを止める。やはり、先程のカシオとウィンスが放った渦浪尖によって砕かれた背骨の代償は大きかったのだ。

 天翔姫を振るうティル。その視線が銀狼と交錯する。奥歯を噛み締める銀狼。斬られる覚悟を決め、その肉体に力を込める。だが、力を込めると背骨が軋みまたしても激痛が銀狼を襲う。それと同時に銀狼の横っ腹に漆黒の刃が食い込む。


「ぐっ!」


 銀狼の表情が歪み、刃はそのまま肉を裂く。筋に引っかかる事無く綺麗に真っ直ぐ。鮮血が迸り、すぐに糸状の肉が伸び傷口を引き合わせる。


「チッ! もう一――」

「何度も何度も、食らうと思うな!」


 銀狼が右拳を握ったのが、ティルの視界に入った。その拳の中に風魔の玉があるのも見えた。どうにかして、それを奪おうとティルは左足を踏み込み、今度は左下から右上に向けて刃を切り上げる。銀狼の右腕を肩口から切り落とす為に。その刹那だった。唐突に右頬を衝撃を受け、顔が大きく弾かれる。上半身もろとも。

 銀狼の左拳がティルの頬を射抜いたのだ。


「うぐっ……」


 唇が切れ血が僅かに舞う。意識が僅かに揺らぎ、視界が薄暗くぼやける。

 銀狼が右拳を握ったのはフェイクだったのだ。ティルに右腕を斬る様に仕向ける様に。大きく弾かれたティルの上半身。踏み込んだ左足の膝から力が抜け、右足は地面から離れ体は傾く。


「くっ……ふふっ。まさか、痛みで動けないとでも思ったのか? この程度の痛み……うぐっ!」

「ティル!」


 よろめくティルに対し、拳を振り上げる銀狼。その姿に叫ぶバルドが、膝を震わせ立ち上がり双牙を構える。しかし、その腕は今までのダメージで震え、狙いが定まらなかった。銀狼の傍にティルがいなければ、迷わず風の矢を何発も放つ所だが、ティルに当たるかもしれないと思うと、バルドは風の矢を放つ事が出来なかった。


「くっ……抜けない……」


 そんな状況下、カインは地面に突き刺さった渦浪尖を引き抜こうと踏ん張っていた。思っていた程深く地面に食い込んでいたのだ。


「うぐぐっ……」


 奥歯を噛み締め、踏ん張るカインに、ノーリンを起き上がらせたカシオが叫ぶ。


「カイン! ボタン! ボタンを押せ! それから、ティルが!」

「えっ? ティルさんが?」


 渦浪尖の柄を引きながら、カインはティルの方へと目を向けた。よろめくティルに拳を振り上げた銀狼の姿。その状況にカインの瞳孔が開く。


「ティルさん!」


 叫ぶと同時に渦浪尖の柄のボタンを押し、それを筒に戻すと、瞬間的に金色の髪を赤く変化させ同時に青天暁の蒼い刃を朱色に染める。


「うおおおおおっ!」


 叫び声が一帯に木霊し、銀狼の視線がカインへと向く。朱色の刃が下から上へと振り抜かれ、熱風と共に風の刃が地面を抉りながらティルと銀狼の間を突き抜けた。衝撃でよろめいていたティルの体は弾かれ、拳を振り上げていた銀狼の体も後方へと転がる。


「あ、あいつ……」

「全く……無茶しよる……」


 呆然とするカシオの横で、ノーリンが安心した様に僅かな笑みを浮かべた。

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