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第172回 全力

 激しい衝撃が広がり、瓦礫が飛び交う。

 渦浪尖を地面に突き刺し耐えるカシオ。その場に蹲るノーリンとウィンス。遠くにいたバルドは弓を構えその衝撃が止むのを待つ。

 表情をしかめる四人を、地響きの様な咆哮が襲う。体を襲う振動に、奥歯を噛み締めるカシオは、チラッとノーリンの方へと視線を向ける。ノーリンと視線が交わり、二人は静かに頷き、カシオは渦浪尖を地面から抜く。衝撃が直に体を襲い吹き飛ばされそうになるが、腰を低くし両膝に力を込め衝撃に耐え渦浪尖の切っ先を銀狼へ向け引く。

 血を傷口から吹く銀狼の姿を見据え、カシオは全体重を踏み込んだ左足へと乗せ、上体を前へと倒す。そうしないと体が吹き飛ばされてしまいそうだったからだ。その背後にウィンスは回り込み、カシオの体を風除けにすると、牙狼丸を地面に突き立て、右拳を左手で包み込み腰の位置で構える。


「カシオ。確り狙えよ!」

「ああ……分かってる。ウィンスも、確り打ち込めよ」

「分かってる」


 ウィンスは叫ぶと、右拳に風を集め右拳を包む左手でその風を圧縮する。銀狼の放つ衝撃も作用し、風はすぐに集まり、ウィンスの右拳は圧縮された濃密な激しい風が渦巻き皮膚を裂く。血が迸り亀裂の走った床へとその雫が零れ落ちる。


「大丈夫か?」


 顔を横にし後ろを確認するカシオが静かにそう尋ねると、ウィンスはゆっくりと息を吐き、


「俺の事はいいから……狙いだけを定めてろよ」


 と、顔を上げる事無く答える。その声に僅かに頷いたカシオは、更に両足に力を込め確りと渦浪尖の切っ先を銀狼へと向ける。

 そんな二人を確認したノーリンは、静かに立ち上がり銀狼と対峙する。銀狼の眉がピクリと動く。


「無駄だ。今更何をしようとも」


 静かな口調でそう述べた銀狼に、ノーリンは右足をすり足で前に出し重心を前へと移動する。指先に体重を乗せ、拳を握った。今もてる最大の力を込める。


「ふっ……いいだろう。貴様の心ごとへし折ってくれる」


 銀狼が息を吸う。静かに深く。すぐに気付く。咆哮を吐くのだと。だが、ノーリンは体勢を変えず、ジッと銀狼を見据える。広がっていた衝撃は徐々に弱まり、薄らと開かれた銀狼の口へと吸い込まれていく。

 衝撃が無くなり、静寂が周囲を包む。ひび割れた柱が一本崩れ、それを合図に銀狼の口から一気に放たれる。咆哮がひび割れた床を砕き衝撃となりノーリンへと迫った。だが、ノーリンの背後から別の咆哮が轟き、銀狼の放った咆哮を相殺する。


「なっ!」

「咆哮が……使えるのは……あなただけじゃないんですよ」


 左足を引き摺り、柱の影から姿を見せる血に赤く染まったオレンジブラウンの髪を揺らすフレイスト。その頬に浮かび上がる鱗模様。吐き出される息は白く染まり、口角から零れる血は顎先からポトリと地面に落ちる。まだ、腹部が痛むのか右手で腹を押さえ苦痛に表情を歪めていた。

 自分が放った咆哮が容易に相殺され、奥歯を噛み締め拳を握り締める。力を温存しておく為に威力は弱かったが、それでも、深手を負うフレイストに相殺されるほど弱いものではなかったはずだった。それ故、銀狼の表情には怒りが浮かび上がっていた。


「貴様……」


 怒りで震える銀狼の声に、よろめくフレイストは柱に手を着き肩を大きく揺らす。全力で放った一撃だったが、それでも相殺するのがやっとだった。深手を負ったフレイストにしては上出来だったが、フレイストは悔しげに唇を噛み締める。

 そんなフレイストにノーリンは少しだけ顔を動かし視線を向けた。上出来だ、と伝える様に。ノーリンが拳を握ると、腕の筋肉が隆起する。

 ノーリンの姿を見据える銀狼は、両足に力を込め腰を落とす。何かをやられる前にノーリンを倒そうと言う考えだったが、その銀狼の視線の両端に二つの影が映りこむ。いつからそこに居たのか、いつから目を覚ましていたのか、そう考えるより先に、銀狼の視界に入る二つの刃。

 闇の様に漆黒の刃と炎の様に燃え上がる朱色の刃。その主はティルとカイン。銀狼を挟む様に右側からティルが、左側からカインが、互いの剣を交差させ銀狼の胸へと刃を振り抜いた。


≪うおおおおおっ!≫


 ティルとカインの声が重なり、刃が銀狼の胸へと食い込む。骨と刃が擦れ合い裂けた皮膚から血飛沫が散る。剣を握る手に重くのしかかる手応え。体中が痛み柄を握る手から力が抜けそうになるが、二人は奥歯を噛み締め、コレを最後の一撃だと自らに言い聞かせながら、力強くその刃を振り切った。


「ぐうっ!」


 表情を僅かに引きつらせる銀狼の体が微かに後方へと揺らぐ。胸に斜めに刻まれる十字傷から噴出す血。それでも、傷口はすぐに再生を始める。だが、カインの剣、青天暁で切りつけた切り口はその刃の熱で焼きただれ再生が遅れていた。


「くっ!」


 力を出しつくしティルとカインはよろめき地に膝を落とす。そんなティルとカインを睨む様に見下ろす銀狼は、喉の奥からにごった声を吐き出す。


「貴様ら……」


 銀狼が上半身を起こすその瞬間、その後方からウィンスの声が響く。


「準備は出来た!」

「そうか……なら、これで、終いじゃ」


 ノーリンがウィンスの声に静かに呟くと、地を蹴る。激しい爆音が轟き、高速でなおかつ低空飛行で銀狼へと迫る。身構える銀狼。その後方で渦浪尖を構えるカシオと、その後ろで拳を握るウィンス。二人もようやく動き出す。


「行くぞ。確り狙え」

「おう。加減なんて必要ないからな」


 ウィンスに対し、カシオはそう言い放つ。正直、ウィンスの放つ衝撃に耐える自信なんて無かったが、それでも全力で打ち込まなければ銀狼には届かない。そうカシオは判断したのだ。ウィンスも加減する気は無かった。加減して銀狼を倒せるなどと思っていなかったからだ。


 カシオが腰に力を込めると、ウィンスは左足を踏み込み右拳を包んでいた左手を放す。右拳に圧縮した風が荒れ狂う様にその拳を震わせる。それでも、ウィンスはそれを堪え、左腕を引きながら腰を回転させウィンスが構える渦浪尖の柄頭目掛け拳を打ち込む。

 圧縮された風が柄頭にぶつかると、圧縮された風が一気に解き放たれ激しい爆発を起こしカシオの握った渦浪尖を銀狼へと向け打ち出す。その衝撃は打ち込んだウィンスの体を後方へと弾き、その右腕は解放された風によって生じた風の刃により痛々しく切り傷が複数刻まれ血で真っ赤に染まっていた。

 一方でカシオもその背中にその風の刃を受け表情を歪める。だが、その手から放たれた渦浪尖は一直線に銀狼の背中へと向かう。

 爆音に銀狼は気づいたが振りぬこうとはしなかった。目の前に迫るノーリンを警戒していたと言う事もあったが、一番の要因はティルとカインによって切りつけられた胸の傷が痛み動く事が出来なかったのだ。

 その為、銀狼は両足で踏ん張りノーリンの攻撃に備える。近付くノーリンが右拳を振り被る。それにあわせ、銀狼も右拳を振り上げた。だが、その瞬間腰の位置から鈍く重々しい音が聞こえる。衝撃が体を前方へと弾き、自然と地に踏ん張っていた両足が引き剥がされみるみるノーリンへと迫っていく。


「うぐぅぅぅっ!」

「これで、どうじゃっ!」


 渦浪尖が腰に突き刺さり自分へと向かってくる銀狼に対し、ノーリンは振り被った右拳を銀狼の顔面に向かって振り下ろした。

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