第171回 チームワーク
「上か……」
ボソッと銀狼が呟き、天井を見上げる。
(まさか、アイツ!)
銀狼の動きでカシオは気付く。銀狼が上の階にいる者達に気付いた事に。そして、その表情から次の目的を定めた事も。
すぐに止めようと足を踏み出そうとしたが、膝に激痛が走りその場を動く事が出来なかった。
(くっ……もう副作用が……)
節々を襲う激しい痛み。やはり二回目ともなるとその痛みは激しさを増し、思わず膝を落としてしまいそうになったが、それを何とか堪え苦痛に表情を歪める。その瞬間、銀狼と視線が合う。口元に薄らと笑みが浮かび、銀狼が膝を曲げた。跳躍する気だとカシオは気付くが、膝が痛み動く事が出来なかった。
「くっ! お前の相手は――」
「悪いが、まずは一番厄介な癒天族を消させてもらう」
「ふざけ――」
カシオの言葉を無視し、銀狼は跳躍する。床が砕け土煙が舞い上がった。だが、その瞬間、銀狼の喉元へと太い腕が食い込む。
「ぐっ!」
銀狼の息が僅かに止まる。銀狼の前に立ちはだかったのは、ノーリンだった。太い腕を喉元へと食い込ませるノーリンが耳元で
「悪いが、ここから先に行かせる事で出来ぬな」
と、告げるとキッと、銀狼がノーリンの顔を横目で睨む。
「きさ――」
言葉を発しようとした銀狼に対し、ノーリンは体を大きく捻ると腰を回転させ銀狼の首元に食い込ませた腕を力任せに振り抜いた。
地上へと直角に叩きつけられ、「ぐはっ」と銀狼は吐血する。衝撃が床を窪ませ、土煙と一緒に舞う砕石は僅かな音を奏で床へと落ちる。僅かに両肩を揺らすノーリンは、土煙の向こうにいるであろう銀狼から視線を外し、カシオの方へと目を向けた。
「遅くなったのぅ」
「いや……ナイスタイミングだったぜ。まるで出てくるタイミングを計っていたかの様だった」
カシオは左手の親指を立てノーリンへと突き出し笑う。安堵から出た自然の笑みだった。
しかし、状況は何一つ変わっていない。たとえ、ノーリンが来てもその戦力差は明らかだ。それでも、カシオは何処か表情に余裕が生まれており、幾分落ち着きを取り戻していた。
「貴様ら……これ以上我の邪魔をするな」
土煙の中から響くおぞましい声に、カシオとノーリンは寒気を感じ身構える。空気が一変した。今までとは全く違う、殺意。どす黒い銀狼のオーラが目に見える様な錯覚を覚える程だった。
「くっ……」
「うぐっ……」
息を呑むノーリンとカシオ。そんな二人の視線が一瞬交わい、その瞬間カシオは頷き、震える膝に力を込め僅かに腰を落とし、渦浪尖を腰の位置に構え引く。その行動が、土煙の中から見えたのか、銀狼が失笑する。
「そこからどうする気だ? 貴様の体はもう限界のはずだ。その足はもう動かす事も出来ないだろ?」
「はぁぁぁぁぁっ……」
カシオは大きく息を吐く。体中の力を渦浪尖に集める様に。地を踏み体を支える脹脛に血管が浮き上がり、首筋、腕、手の甲までも血管が浮き上がる。額に太い青筋が浮き上がり、それが今にもはちきれそうだった。
「はぁぁぁぁぁっ!」
「ふっ……いいだろう。貴様が何をするのか、我が見届けてやるとしよう」
「そんな暇を与えると思うてか!」
土煙の中にいる銀狼へ向かって、ノーリンが空中から急降下して突っ込むと、床が砕ける重々しい音が轟き、爆風が土煙を吹き飛ばす。地面へと減り込むノーリンの右拳。床は砕け銀狼が叩きつけられた時に出来た窪みは更に深く陥没した。
素早くノーリンの拳をかわした銀狼は、カシオとノーリンの二人と距離を取り確りと二人が視界に映る位置で立ち止まる。
拳を床から抜きながらチラリとノーリンはカシオへと視線を向け、カシオもその視線に二度瞬きを返す。呼吸を乱すノーリンはそれを確認するとすぐに銀狼へと視線を向けた。
「やはり、何かを企んでいる様だな」
静かにそう延べ薄ら笑う銀狼に、ノーリンは何も言わず一歩右足を踏み出す。体を刺す様な痛々しい殺気に、臆す事無く力いっぱい拳を握り、地を駆け出す。その瞬間に体は空中へと浮き上がり、ある程度の高さまで来ると、ノーリンはまた銀狼に向かって一直線に突っ込む。
だが、直線的なノーリンの一撃は容易くかわされ、またしても床を大きく陥没させる結果に終わった。
床に右膝を着くノーリンが、「がはっがはっ」と咳き込み血吐する。ロイバーンとの戦いでノーリンの体から大量の血液が失われており、今ノーリンの意識は朦朧としていた。いつ倒れてもおかしくないその状況でも、ノーリンはゆっくりと立ち上がり、体を銀狼の方へ向け血に塗れた拳を握った。
急降下しながら床を叩いたノーリンの拳は皮膚が裂け骨には亀裂が生じていた。
「はぁ……はぁ……」
「そんな直線的な攻撃に当たると思っているのか? それとも、もう飛んで落ちる事しか出来ないのか?」
ノーリンの行動を馬鹿にする様に手を動かしそう言い放つ銀狼だったが、ノーリンはまた地を駆け空へと浮かぶ。「ちっ」と、小さな舌打ちをし、銀狼はその動きを見据える。ノーリンはまたある程度の高さまで来ると、銀狼へ目掛け突っ込む。
またしても直線的で芸の無いその攻撃に、銀狼は表情をしかませ、すぐさまその場を飛び退く。激しい衝撃音と同時に広がる衝撃。土煙、砕石が飛び散る。
「何度も何度も……同じ手を――」
土煙の向こうへと突っ込もうとした銀狼は右足のつま先に体重を掛けた後、何かを感じ後方へと跳ぶ。それに遅れ、銀狼の目の前を三本の矢が通り過ぎる。
「くっ!」
まだ誰かがいるのかと、銀狼は矢の飛んで来た場所へと視線を向けた。その視線の先にバルドの姿を捉えた。左手に弓を持ち、鋭い眼差しを向けるバルドに、銀狼は奥歯を噛み締める。ノーリンが無駄に何度も直線的に突っ込んできたのは、こうして隙をつかせる為だったのだと。
「ふざけたマネを――」
すぐさまバルドの方へと駆け出そうと右足を踏み出す。その刹那、頭上から殺気を感じ、視線を上げる。視線の先に映るウィンスの姿に、銀狼はもう一度後方へと飛び退く。頭上に振り上げた牙狼丸が力強く振り下ろされ、その切っ先が銀狼の鋼と化した前髪に掠り火花を散らせた後、地面を砕いた。
「ちっ! 外した!」
「くっ! 次からつ――ぐふっ!」
突然として銀狼は吐血する。そして、自らの腹部から突き出した刃の切っ先へと視線を落とす。
「ぐぅっ……きさ……ま……」
視線を上げ、顔を横に動かし、後方へと目を向ける。
「油断したな。動けないから攻撃が届かないって」
柄を握り力を込め刃を押し込むカシオが静かにそう言い笑みを見せた。全てはここへ導く為の伏線だった。カシオが声を上げたのも、ノーリンが無駄に何度も突っ込んだのも、バルドが遠くから矢を射たのも、ウィンスが頭上から切りつけてきたのも。全て、ここへと繋がげる為のモノだった。
カシオの声が聞こえてこなかった為、そこにカシオはいないと思っていた銀狼だったが、カシオの声はノーリンが二度目に行った攻撃と同時に止んでいたのだ。そして、銀狼は誘導されたのだ。カシオの目の前へと。
「きさ……ごほっ……」
銀狼の右手がゆっくりと腹部から突き出した切っ先へと触れる。
「ふざけ……た……マネ……を!」
突然として衝撃がカシオの体を襲い、カシオは咄嗟に渦浪尖を銀狼の体から抜くとそれを床へ突き刺し衝撃に耐えた。ウィンスも銀狼に近かった為衝撃をもろに受け、横転し床を転げる。
「な、なんじゃ……」
「くっそ……まだ、強くなるのかよ……」
驚くノーリンに続き、銀狼の間近に居たカシオが表情をしかめながらそう呟いた。