第17回 レイストビル 南方入口での再会
一ヶ月が過ぎ、ワノール・ウィンス・ルナの三人は、グラスター王国首都レイストビル前まで辿り着いていた。中心に大きなお城が見え、その周りに沢山の小さなビルや大きなお店、タワーやら様々な建物が建ち並ぶ。道も広く人々の活気が溢れる。そんな中心部を囲う様に、南方と北方には広い畑が連なり、兵士達が農家の人々と一緒に汗を流している。西方には大きな堀に川から水を引き作った池があり、そこでは人口の魚介類を飼育している。東方では牧場をやっていて、牛・馬・豚・鳥など様々な動物が飼育されていた。そして、それらを囲う様に少し低めの鉄の柵が作られ、東西南北各方面の入り口に守備隊の砦がそびえていた。
丁度、ワノール達は南方の入り口におり、何故か守備兵に止められているのだ。アルバーで黒き十字架に所属していたワノールは、冷静に守備兵達と話をしており、ウィンスとルナは少し離れた位置で様子を窺う。
欠伸をするウィンスは、潤んだ目でチラッと町の方に目をやる。畑がずっと連なり、遠くの方で小さく見える様々な建物。遠くから見ただけではよく分からないが、中央にそびえるお城だけはよく分かった。ディバスターと違い、高層ビルが無いからだろう、城の頭が他の建物の遥か上へ突き出ているのだ。
「何か、町が小さく感じる」
「そりゃ、そうさ。ここから、何十キロ先だと思ってるんだ?」
「ンッ?」
突然の答えに、首を傾げたウィンスは、ふと振り返る。そこには、身軽な服装の兵士が立っており、笑顔でウィンスの方を見る。歳は20代前半程に見える顔つきに、鍛え上げられた肉体。流石にこの首都を守る兵士だけあると、ウィンスは思う。
一方、兵士もウィンスの服装に少し不思議そうな表情を浮かべる。まるで、風牙族の民族衣装を初めて見たといった感じで、物珍しそうにしている。その視線に困惑するウィンスは、嫌そうな顔をしながら呟く。
「何だよ。そんなに珍しいかよ」
「そうだね。こんな変な衣服を着てる人は初めてだ」
この言葉に、ウィンスはカチンと来る。額に青筋を立て米神をピクピクさせるウィンスは、拳を微かに奮わせ奥歯を噛み締めた。正直、村の事が馬鹿にされた様で腹が立つウィンスだが、ここで騒ぎを起こす訳にもと、考え怒りを必死で堪えた。だが、そのウィンスに追い討ちを掛ける様に兵士は言う。
「しかし、そんな服装でよくここまでこれたな」
怒りを堪えていたウィンスも、流石にこの言葉にぶち切れ兵士に掴みかかる。だが、兵士は軽い身のこなしで、ウィンスから遠退き大声で笑う。
「ふざけんな! これは、村に伝わる衣装なんだよ! 馬鹿にするなよ!」
怒りをぶちまける様にそう叫ぶウィンス。その声に気付くワノールは振り返りウィンスの方に目を向ける。話をしていた兵士達もすぐさまウィンスの方に目をやり、大声で叫ぶ。
「貴様! 何をしている!」
「ここで、暴れれば町への入る事は許さんぞ!」
「ウィンス!」
怒った様に声を鋭く発するワノールに、ウィンスは下唇を噛み締め俯く。一部始終を見ていたルナは、静かにウィンスのもとに歩み寄り何かをボソッと伝える。軽く頷くウィンスは、深呼吸を三回行い目を閉じ風を感じる。微かにだが流れる風が、ウィンスの頬に優しく触れて滑らかに過ぎてゆく。落ち着きを取り戻したウィンスを見て、ワノールは兵士達に言う。
「すまなかった。もう大丈夫だ。それより――」
兵士二人はワノールとの話し合いに戻る。一方、もう一人の兵士は、ウィンスを馬鹿にして目で見据え、口元に薄らと笑みを浮かべる。相変わらず、無表情のルナは静かに空を見上げ、すぐに地に視線を落す。小さく微かにため息を漏らし、肩を落すルナに気付く者はいない。
風を感じるウィンスは急に風の乱れを察知する。何かが、風の流れを断っているのだ。それが、何か分からないが、ウィンスは目を見開き腰の刀の柄に右手を添える。いつでも抜けるよう、左手が鞘の上の方を握り、親指は鍔に軽く触れる。そして、身を屈めて更に神経を集中した。
このウィンスの行動に、気付いた兵士達は大声で叫び忠告する。
「何をしている! さっき、言った言葉が分からなかったのか!」
「柄から手を放せ!」
そんな言葉耳に入らぬ程集中しているウィンスは、空から何かが落ちてくるのが分かり素早く左手の親指で鍔を弾き、右手で刀を鞘から抜きそのまま上に切り上げる。
「ぼ、僕だよ! ウィンス君!」
突如、空から響く声。その声はまさしくカインの声で、少し驚いた様子の声だった。そのカインの声で、ピタリと動きを止めたウィンスは、顔を上げ空を見上げる。もちろん、兵士達も空から突如聞えた声に驚いた様子で空を見上げる。その瞬間、轟音が鳴り響き、地面が大きく揺らぐ。その揺れでルナがバランスを崩し倒れ、ウィンスも右膝を地に着いた。その空から降ってきたモノは、大きく地面を砕き円形に陥没する。土埃がそれを覆い、黒い影だけが皆の視界に入る。真っ直ぐ左目で黒い影を見据えるワノールは、黒苑の柄に手を掛けた。その時、土埃の中から「ゲホゲホ」と、むせ返りながら金髪の髪を土まみれにしたカインが、フラフラと現れた。
「う〜っ。何て、乱暴な……」
「カイン! 心配したぞ! 無事でよかった」
涙目になるウィンスは、刀を持ったままカインに抱きつこうとする。そんなウィンスの体を右手で制止するカインは、笑顔でルナとワノールの方を見る。微かにだが、ワノールも安心した様に笑みを浮かべ、「遅かったな」と、静かに呟く。それに対し、カインは笑顔で「色々ありましたから」と、答えた。
カイン達が、感動の再会を果たす中、土煙の中から巨体を揺らしながらノーリンが姿を現す。そのノーリンの姿を見上げるウィンスは、驚きを隠せない様でガチガチを歯を震わせながら叫ぶ。
「ば、ば、ばけものォォォォォッ!」
その声は真っ直ぐ中心部へと伸びる道を突き進み、城の中を突き抜けて、そのまま北方の入り口を出て行った。その声に耳を塞ぐルナ・カイン・ワノールの三人に対し、兵士達は耳を塞いでいなかったため、頭の奥でその声がこだましていた。刀を構え真っ直ぐノーリンを見据えるウィンスに、呆れた様な声でノーリンはぼやく。
「誰が化物じゃ。人ん事化物言いよって、それに、人に切っ先を向けんな」
ウィンスの刀の刃の上の方を掴み力強く引くと、ウィンスの体が前方に傾き、思わず柄から手を放す。地面に手を着くウィンスは、ノーリンの顔を見上げる。すると、ノーリンがマジマジと刀を観察しているのが分かった。
「こら! 俺の刀を返せ!」
「う〜ん。刃の艶も良い。それに、刃毀れ一つない」
そう言いながら、軽く刃の平を拳で小突く。清らかな音がこだまするかの様に、反響し美しく音色を奏でる。その音は、微かでノーリンにしか聞えないが、とても安らかな音だった。
「ふ〜む。この、耳に残る清らかな音色。こんな刀は初めてだな……」
「だから、返せって! 俺のだって言ってるだろ!」
ノーリンの右足のスネをウィンスは思いっきり足蹴にする。「イテッ!」と、叫ぶノーリンは屈み込み刀を地面に置いて両手でスネを押さえた。刀を取り返したウィンスは、それを素早く鞘にしまい、ムスッとした表情でノーリンを睨む。少し呆れた様に笑みを浮かべるカインは、ふと辺りを見回しフォンの居ない事を疑問に思う。
「ねぇ、フォンは? そこらへん散歩でもしてるの?」
その言葉に、ルナが微かに哀感な表情を浮かべ、ワノールが眉間にシワを寄せる。訝しげに首を傾げるカインに、ウィンスが答えようとしたその時、門の方から一人の男の声が響く。
「君達が、ミーファさんをお探しの方々ですね?」
「――!」
その言葉にハッとするワノール、カインは腰の剣の柄に手をかけ門の方に体を向けた。