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第165回 五百年前の過ち

 響き渡るゼロの笑い声。

 漆黒の刃を煌かせる天翔姫を構えるティルは僅かに首を傾げる。突然、どうしたのかと。

 崩壊が進むその中で、対峙するティルとゼロ。やがて、ゼロの笑い声がおさまり、静かに息が吐き出された。

 二人の間に流れる静かな空気。その中で、降り注ぐ砕石が大きな音と土煙を舞い上げる。


「ティル。キミは知っているかい? この世界に居る獣人の真実を?」

「獣人の真実? ああ。リリアが言っていた……」

「一応、リリアから聞いていたのか」


 不適な笑みを浮かべるゼロに、天翔姫の切っ先を向けたままティルは腰を僅かに落とす。いつでも動き出せる様に。


「それが、一体何だって言うんだ?」


 眉間にシワを寄せ問うと、ゼロは鼻から息を吐き、静かに告げる。


「五百年前、その実験は行われていた」

「いきなり、昔話かっ!」


 ティルは一気に床を蹴る。力強いその蹴りだしに、床に僅かな亀裂が走り、降り注ぐ砕石を最小限の動きでかわしながらゼロへと真っ直ぐに迫る。腰の位置に構えた天翔姫の柄を握り締め、奥歯を噛み締めるティル。だが、一向にゼロとの距離は縮まらない。薄らと口元に笑みを浮かべるゼロは、迫るティルと同じ速度で後方へ飛び退き、着かず離れずの距離を保っていたのだ。

 奥歯を噛み締めるティルはその表情を歪め、不意に視線を上へと向ける。二人の間に割って入る様に大きな砕石が見えた。


「逃げ回るな!」


 ティルはそう叫び、その砕石が丁度二人の間に来たその瞬間に、天翔姫の切っ先をその中心へと突き立てた。砕石が粉砕され、衝撃で細かな石がゼロへと飛ぶ。そして、その石粒の間を縫う様に伸びる漆黒の刃。だが、切っ先はゼロには届かず、空を切る。届くその瞬間にゼロがその場を飛び退いたのだ。


「くっ!」

「今のは惜しい。俺が疲弊していたとしても、キミ如きには傷付けられないよ」


 静かな笑みを浮かべるゼロとティルの視線がぶつかる。

 遅れて、ゼロが更に後方へと飛び退き、降り注ぐ砕石の一つにお返しとばかりに掌底を見舞う。砕石は激しい衝撃で砕け、鋭利な凶器となりティルへと襲い掛かる。

 その砕石を上手く体を動かしかわし、かわせないモノを天翔姫で切り落とす。それでも、激しく向かい来る砕石についていけず、ティルの皮膚を鋭く尖った砕石が引き裂く。飛び散る鮮血が床に血痕を残し、直撃を避けながらもティルはその場に足と止め動けなくなった。


「五百年前。人は間違いを犯した」

「くっ! それが、人体を使った合成実験って事か!」

「違う。それはもっと先の話だ。人が犯した間違い。それは、ある生物を生み出した事だ」

「ある生物?」


 突然告げられた言葉に、ティルは一層表情をしかめる。リリアの話では、そんな生物の話は出てこなかったし、リリア達魔獣人を生み出す為に人が人体実験を繰り返していた事しか知らない。ゼロは一体何を知っているのか、五百年前に一体何があったのか、それをティルは知らなきゃいけない気がした。

 だが、それでもティルは奥歯を噛み締め、膝に力を込めゼロに向かって走り出す。戦う事をやめるわけにはいかなかった。たとえ、理由があるとしても、それを理由に戦う事をやめるなど、今更出来るわけがなかった。激しく燃え上がるこの戦火を止める事などできるはずが無かった。

 二人の距離が縮まり、ティルが漆黒の刃を振り抜く。今度は全く動く気配も無く、ゼロは真っ直ぐにティルの目を見据える。そして、甲高い金属音が周囲に響き、天翔姫の刃が弾かれた。


「硬化。これも、その実験によって生み出された生物からの産物だ。そして、これも――」


 ゼロが右手を天へとかざすと、その手の平から金属の柱が飛び出し、天井を突き破った。その衝撃で更に天井が崩れまた砕石が降り注ぐ。


「くっ!」


 その場をすぐさま飛び退くティルに対し、ゼロは体を一層硬化し、その砕石をかざした右手だけで受け止めると、それをゆっくりと後方へと投げた。重々しく響き渡る地響きに、息を呑み改めてゼロの力に畏怖する。

 ヴォルガと対峙した時とはまた別の恐怖に膝が震えるが、それを落ち着ける様に静かに息を吸い吐く。やがて、膝の震えが自然と止まり、いつものティルらしい顔立ちへと戻る。

 そんなティルの姿にゼロは静かに笑みを浮かべ、


「流石に、多くの修羅場を潜って来ただけはある。自分の心を鎮める方法を知っている」

「自分よりも強い相手をは何度も戦ってきたつもりだ」

「ふふっ……それでこそ、英雄と呼ばれる男」

「英雄?」


 ゼロの言葉にまたも首を傾げた。英雄と呼ばれた覚えも無ければ、呼ばれる筋合いも無いからだ。


「あんたは一体何者だ?」

「俺はゼロ。何者でもない。ここに存在してはいけない存在」

「ここに存在してはいけない存在だからゼロだって事か? ふざけた名前だ」

「まぁ、そうだな」


 静かに笑う。そのゼロの顔は何処にでも居る普通の子供の様な笑顔だった。それが、ティルには妙に不思議で仕方が無かった。世界を壊そうとしている奴が、あんな風な笑顔を作れるのか、そう思ったのだ。だからだろう。一層、先程ゼロの言った五百年前に犯した間違い、生み出された生物の事が気になった。

 静かに下唇を噛み締めたティルは、天翔姫を下ろし、真っ直ぐにゼロを見据え、呼吸を整える。


「どうした? 戦わないのか?」

「戦うさ。その前に!」


 天翔姫を持ち上げ、切っ先をゼロの方へと向ける。強い眼差しと共に。


「五百年前、一体何があった。それに、生み出された生物とは何だ! それを聞かせてもらう!」


 二人の間に流れる静寂。突然のティルの言葉にゼロはゆっくりと脱力すると、大きく息を吐き、両手を広げ肩まであげる。


「いいだろう。話そうじゃないか。五百年前生み出された生物について」


 静かにそう告げるゼロに、ティルは相変わらず天翔姫の切っ先を向けたまま、微動だにしない。警戒されているのだと、ゼロはすぐに理解し、静かに吐息を漏らす。


「まぁいい。キミは五百年前に起きた争いを知っているか?」

「東西の大陸で起こった戦争の事か?」


 本で読んだ事を思い返し、ティルがそう答えると、「そうだ」とゼロは静かに頷く。この東西の大陸で起こった戦争が後に南北の大陸をも巻き込み、やがて大きな戦争へと繋がる。そして、戦況は圧倒的に東の大陸フォーストを窮地に追い込み、追い込まれたフォースト大陸では禁断の実験が行われた。そこまではティルも知ってる事だった。

 だが、あの本が何処まで正しく、何処まで偽りなのかを知らない。だからこそ、それを知るゼロの話を聞くべきなのだと、息を呑んだ。


「あの戦争は、この世界の全ての種族を巻き込んだ。そして、新たな種族を生み出すと共に、それは世界を絶望へと導く最悪をも生んだ」


 静かで淡々とした口調でそう告げたゼロは、大きく息を吐くと、物悲しげな目をティルへと向けた。両者の視線が交わる事数秒。ゼロが再び口を開く。


「その実験を行ったのは、当時のフォースト王国の王シュナイデル。彼は天賦族の中でもずば抜けた知能と想像力、それを具現化する開発力を持ったまさに天才いや……鬼才と言うべき存在だった。君達が乗ってきた飛行艇やその武器も、彼の想像力と発想が生んだ物だ」


 天翔姫を指差すゼロ。その言葉にブラストが言っていた事を思い出す。これらの物は全て旧都市の遺跡から発掘された設計図やパーツによって作られていると言う事を。もしかすると、ゼロの言うその人物が全ての設計を行った者なのだろう。

 そんな天才がいながらその都市は滅んだ。その五百年前の戦いによって。


「鬼才である故に、彼は少し人とは変わっていた。どんな優れた武器を作っても、それを扱う者が弱ければ勝てない。そう言う答えに行き着き、遂に人体実験へと手を出した。それが、全ての過ちだった」


 小さく唇を噛み締め、拳を握るゼロ。その表情が険しく変わり、周囲はいつしかすっかり静まり返っていた。

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