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第164回 戦う理由

 衝撃が広がり、土煙が散布する。

 ゼロの右脇腹へと放たれたフォンの拳は、ゼロの左手で確りと受け止められていた。

 それでも、衝撃に骨が軋み、ゼロの口角からは血が僅かにあふれ出す。

 両者が同時に後方へと跳び距離をとる。鋭い爪を地面へと突きたて勢いを止めるフォンに対し、よろめき左膝を落とすゼロ。立場は完全に逆転していた。

 それほどまでフォンの中に居た化け物は強かった。

 唇を噛み締め拳を握り締めるゼロは、そのフォンの姿をした化け物を見据え表情を険しくする。

 二人の視線が交錯し、暫しの時が過ぎた。穴の開いた壁から僅かに流れ込む風が砂塵を巻き上げる。空気が重く静まり返ったその中で、ただ両者は視線を交えたまま動かない。互いに互いを警戒しているのだ。

 動きがないまま数分が過ぎ、幾つかの足音が聞こえた。ゼロはすぐに表情をしかめ、フォンは静かに笑う。


「ふふふっ。さて……どうやら、役者は揃ったかな」

「どうだかなっ!」


 フォンの声にそう返答し、ゼロは低空飛行で滑空すると、勢いそのままに右拳を振り抜く。しかし、フォンはその拳を左手で払うと、逆に右拳をゼロの左頬へと打ち込んだ。ゼロの顔が歪み、奥歯が軋む。そして、滑空する勢いそのままにフォンの左脇をすり抜け、地面へと叩きつけられた。

 身体が地面をえぐり土煙が激しく舞う。身体半分を地面に埋めようやく勢いを殺したゼロの身体は全く動く事無く、ただ静かに風だけが吹き抜けた。

 辺りに轟いた音に慌しい足音が聞こえ、やがて声が聞こえる。数名の声が。

 最初に崩れた階段の前に姿を現したカシオは、渦浪尖を構えその場の状況を確認する。遅れてティルとフレイストがほぼ同時にその場に姿を見せ、ただ息を呑みティルが静かに口を開く。


「戦況はどうなってるんだ?」

「わ、わかんねぇ……でも、ゼロとか言う奴が負けてる?」

「なっ! そんなバカなっ!」


 カシオの言葉に驚くティルが、周囲を見回す。そして、床に倒れるゼロの姿を目の当たりにし、驚愕する。


「なっ……バカな事……」

「ちょ、ちょっと待ってください! あ、アレは一体?」


 恐る恐るフレイストが化け物と化したフォンを指差す。そこに視線を移したティルは、眉間にシワを寄せ、カシオは驚き息を呑んだ。

 沈黙する三人に、フォンの身体がゆっくりと動く。視線を合わせた瞬間、三人は背筋が凍る殺気を感じ、ほぼ同時に身構えた。それと同時にフレイストの皮膚には鱗模様が浮かび上がり、ティルは天翔姫を剣へと変え、カシオは渦浪尖の先をフォンへと向ける。

 暫しの間が空き、三人の視界からフォンの姿が消えた。だが、次の瞬間、衝撃音が轟き壁が崩れ落ちる。そして、その瓦礫の中にフォンの姿があり、三人の視線の先には漆黒の翼を羽ばたかせるゼロの姿が映った。


「なっ……」

「何が起こったんだよっ」


 驚くティルとカシオ。一体、何が起こったのか理解できていなかった。その一方でフレイストだけは、その動きを何とか捉えており、あまりの衝撃に言葉を失っていた。


「ぐっ……まだ、動けたか」

「悪いけど、お前の相手は俺だ」

「世界を壊したいのだろ。なら、簡単じゃないか」


 フォンが静かにそうつぶやき、ゆっくりと右腕を上げると、ティルを指差す。


「奴を殺せば、世界は変わる」

「くっ!」

「お前が殺せないなら、我が殺してやるぞ」


 瓦礫から立ち上がったフォンが地を蹴る。


「チッ! させるか!」


 それに遅れ、ゼロも素早く動き出す。空中で二人の身体が激しくぶつかり合い、衝撃音と衝撃波が僅かに広がった。互いに拳を交え、壁へと叩きつけられる。


「ぐっ……」

「チッ……まだ、こんな力が残ってたか」


 壁に身体を減り込ませたまま睨み合う両者に、ティルとカシオとフレイストはただ黙ってその戦況を見守る事しか出来ずに居た。


「こんなレベルの戦いに、俺達何が出来るんだよ」


 カシオが唇を噛み締め口を開いた。その言葉に、ティルも拳を握り震わせる。今、自分に何が出来るのかと言う事を思いながら。

 だが、フレイストだけは別の事を考えていた。それは、今のフォンとゼロの立場についてだ。さっきといい、今といい、ゼロの行動は明らかにおかしい。そして、フォンの行動も。そのため、戸惑っていた。どっちが敵でどっちが味方なのか。

 もちろん、ゼロにされた事、ゼロがした事は明らかにフレイスト達に対し敵対している行動だったが、今の状況ではそう言う風に見えなかったのだ。


「くっ」

「どうします?」


 小さく息を吐いたティルに、フレイストは静かに問う。ティルにも答えは出ない。だが、ただここで傍観しているわけにも行かず、ティルは自らの気持ちを落ち着かせる様に静かに深呼吸を繰り返した。

 やがて、フォンとゼロの身体が地上へと落ちる。身体への負担から、既にフォンの息は上がっていた。暴走、そしてゼロに与えられた蓄積されたダメージに、節々が軋む。ゼロも同じだった。暴走し目覚めた化け物の圧倒的なパワーの前に身体に受けたダメージは大きく、口から零れるのは血の混じった唾液のみだった。


「はぁ…はぁ……」

「ちっ……体が……重い……」


 フォンがぼそりとつぶやいた。今まで高速で動いたツケが回ってきたのだ。


「お前の力に、肉体がついて来ていないんだよ」

「そうか……力をこの肉体に馴染ませる必要があったのか……」

「これで、お前の力も半減だな」


 瓦礫が崩れ、二人の体がゆっくりと動き出す。膝を震わせ一歩足を進めたゼロがよろめき床に膝を着く。遅れて、不適に笑うフォンが僅かに上体をよろめかせ、膝に手をついた。

 その行動で、ティル・カシオ・フレイストの三人は確信する。今なら対等に戦えると。そして、動きだす。崩れた階段から飛び降りる。その時、ティルは横たわるカインの姿を目視し、カシオに怒鳴った。


「カシオ! お前は、カインを頼む!」

「分かった」


 お喋りなカシオが簡潔に返答し、床に降り立つと同時にフォンとゼロの間を駆ける。


「させると、思ってるのか?」


 フォンが口元に笑みを浮かべ呟き、大きく息を吸い込む。


“ウガアアアアアッ!”


 轟く咆哮が衝撃を生み、前方を駆けるカシオへと迫った。だが、その前にフレイストが立ちはだかる。皮膚に鱗模様を浮かべ、息を一気に吸い込む。


≪龍の息吹!!≫

“ヴォォォォォッ!!”


 フレイストの口から吐き出された吐息が凄まじい衝撃となり、フォンの咆哮と激しくぶつかり合い、激しい爆発を起こした。衝撃は建物を大きく揺らし、天井が崩れ落ちる。降り注ぐ砕石を挟み向かい合うフォンとフレイストの間に土煙が激しく舞い上がった。

 一方、ゼロの前へと立ちはだかったティル。漆黒の刃の天翔姫を構え、静かに息を呑む。先程目の当たりにしたその強さとは裏腹に、もう今にも息絶えてしまいそうな程ふら付くゼロの姿に、ティルはただ切っ先を向けたまま立ち尽くす。


「ゼロ。お前は何の為に戦う」


 不意に訪れたティルの問いに、ゼロは静かに笑う。


「何がおかしい?」

「いや。何の為にか……そうか。そうだな。一体、何の為、だろうな……俺もよく分からなくなっている」

「なら、何故戦う」

「それは、未来を変えたいから。でも、未来を変えて、俺に何の得がある? 未来を変えても、今の俺は、その未来へは辿り着けないのに……」


 わけが分からず首を傾げるティルに、ゼロは両肩を大きく揺らし笑い出し、その声だけが二人の間に響き渡った。

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