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第157回 人生の終わり

 たたずむのは一人の少女。

 腰まで届く茶色の髪。可愛らしく大人しげな顔を、フォンとティルへと向け、大きな目が何度か瞬きをし、静かに頭が下げられた。腰のボックスに手を添えるティルはその少女を鋭い視線で睨みつけ、フォンはその少女の顔に僅かに首をかしげ、眉間にシワを寄せ考える。

 ゆっくりと顔を上げた少女は、胸の前で手を組むとフォンの方へと真っ直ぐに目を向け、その瞳を潤ませた。


「フォン様! お願いします! あの人を止めてください!」

「…………知り合いか?」


 ティルは隣りに並ぶフォンを横目で見据えると、静かにそう尋ねた。「うーん」と唸り声を上げるフォンは、首を傾げマジマジと少女の顔を見据えた後、ポンと手を叩き、


「リリア! 確か、フォルトと一緒にいた!」

「はい! 覚えていてくれてありがとうございます!」


 胸の前に手を組んだまま明るい表情を向けたリリアに、フォンは懐かしげに頷き頭を二度上下に振った。そんなフォンを相変わらず横目で見据えたままのティルは、いつでもボックスを剣に変えられる様に人差し指はボタンに添えられる。だが、フォンはティルの存在など忘れているのか、リリアの方へと歩みを進めると満面の笑みを浮かべ周囲を見回す。


「あれ? フォルトはいないのか? いつも一緒だったろ?」


 キョロキョロするフォンに対し、表情を曇らせたリリアは俯く。ティルもフォルトと言う名を聞き、不意にここに来る途中出会った少年と同じ名前だと言う事に気付く。そして、薄らと蘇る記憶の中で、その少年とリリアと呼ばれた少女の事が思い出される。

 それは、いつだったか港町で行われたタッグトーナメントと呼ばれる賞金を稼ぐ為に出場した大会の時の事を。その時、確かにフォルトとリリアの二人の魔獣人が出場しており、ティルも忘れかけていたが確かに今目の前にいるリリアがその人物だった事を思い出し、一層強い警戒心を向ける。

 キョロキョロと周囲を見回すフォンは、リリアの返答が無かった為もう一度同じ事を問う。


「なぁ、フォルトはどうしたんだ?」

「えっ、そ、それは……」


 一層リリアの表情が曇り、その表情にティルは険しい表情を浮かべた。ティルには大方予想がついたのだ。フォルトがいない理由が。そして、リリアのその表情の変化でその予想は確信に変わった。


「死んだのか?」

「――ッ!」


 フォンの後ろから聞こえたティルの声に、リリアは目を伏せ、フォンは驚き振り返り怒鳴った。


「そんなわけ無いだろ! 変な事言うなよ!」


 フォンの否定の言葉に対し、リリアは静かに首を振り答えた。


「フォン様……ティル様の言う通りです」

「――ッ! じゃあ、ホントに……」

「はい。フォルト様はここに来られる前に……」


 目じりからスゥと涙を流すリリアに、フォンは静かに拳を握った。例えフォルトが魔獣人だったとしても、自分達の敵だったとしても、彼の事をフォンは友人だと思っていた。だからこそ、悔しくて悲しかった。フォルトの死が。

 そんなフォンの拳をリリアの手が優しく包み込み、潤んだ瞳が真っ直ぐにフォンの顔を見据えた。フォンの悲しみや怒りを感じ取ったのか、リリアは静かに頭を左右に振る。


「フォン様。今は悲しむ時じゃありません」

「けど……」


 そこでフォンは言葉を呑んだ。潤んだリリアの瞳に、涙を堪えるリリアに、これ以上何も言えなかった。一番辛いはずのリリアが悲しみに耐えていると言う事が胸に重く突き刺さる。

 リリアのその思いに、フォンは小さく頷き静かに息を吐いた。そのフォンの態度で、ティルにも伝わった。フォンにとってフォルトは大切な友だったのだと。それを悟り、ティルはボックスから手を離し、静かにフォンとリリアの方へと歩み寄った。


「フォン……。奴は――」


 フォルトの事を告げ様としたティルに、リリアの強い眼差しが向けられ、静かに頭を左右に振られた。ティルが何を言おうとしたのか悟り、それを告げないで欲しいとの事なのだろう。ティルも本来、ここで告げるべき事では無いと分かっていた。だから、リリアのその行動に静かに瞼を伏せ言葉を呑んだ。

 静かに息を吐き自らの心を静めたフォンは、リリアの目を真っ直ぐに見据える。


「それで、リリアはどうしてここに?」

「はい。実は……フォン様にお願いがあります!」

「お願い?」

「はい! あの方を――ゼロ様を止めてください!」


 強い眼差しでそう告げるリリアにフォンは「ゼロ……」と静かに呟き、渋い表情を浮かべた。まるで彼を知っている様なそんな眼差しにティルは表情を険しくさせ問う。


「知ってるのか? そいつの事」

「まぁ……知ってると言えば知ってるかな」


 無理に笑みを作り、曖昧な答えを返す。ティルもそれで納得するつもりは無かったが、リリアの不安そうな表情に、急を要するのだと判断しこの場は大人しく引き下がる。そんなティルにフォンは苦笑したまま軽く頭を下げ、「後でちゃんと説明する」と呟きリリアの方へと向き直った。

 すると、リリアはフォンに対し、真っ直ぐな眼差しを向け、フォンもそんなリリアに真っ直ぐな視線を向ける。


「それで、ゼロは?」

「ゼロ様は……今、飛行艇へ……」

「――ッ!」


 リリアの言葉にフォンの表情が険しく変わる。そのフォンの脳裏に浮かんだのはルナの顔。そして、ルナの言った予言を思い出す。


「くっ! そう言う事か……ティル! 急ごう!」

「待て! 何一人で納得してるんだ!」

「今は説明してる場合じゃない! ルナの身が危ないんだ!」

「ルナの身が?」


 訝しげな表情を浮かべたティルだったが、フォンの表情があまりにも真剣だった為、ティルもその言葉を信用し「分かった。なら、走りながら説明しろ」と、静かに睨みを利かせた。静かに頷いたフォンは、リリアの方に顔を向ける。


「リリア。ゼロは必ず止めてみせる。だから、心配するなよ」

「私も一緒に行きます。きっと、私にしか出来ない事がありますから」

「分かった。ありがとう。リリア」


 笑顔を向けると、リリアも静かに笑った。

 そして、走り出す。飛行艇に向かって。



 場面は移り変わり飛行艇、操縦室。

 ワノール・ウィンス・ブラスト・フレイスト・カシオの五人は床にひれ伏し、ミーファ・ウール・セフィーも何も出来ずその場で動けなくなっていた。

 その中心にゼロはたたずむ。落ち着いた面持ちと静かな態度で。その視線の先にはルナの姿が映る。静かに笑みを浮かべ、右手がスッとルナの方へと伸びた。


「さぁ、終わりだよ。キミの人生が――今!」


 ゼロがそう告げた時、ルナの口から血が吐き出される。その胸には一本の刃が突き刺さり、血がその切っ先から滴れる。両膝がゆっくりと床へと落ち、表情は苦痛に歪む。


「ぐっ……」

「ルナ!」


 ミーファが叫ぶ。だが、その声もルナにはほんの僅かしか聞こえず、その体から力が抜け、静かに瞼が閉じられた。

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