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第156回 崩れ落ちる壁

 鈍い音が僅かに聞こえ、鮮血が飛び散る。

 脇腹へと突き刺さった刃の腹を伝い、血が柄へと流れた。柄を握る手がその血で赤く染まり、その先からボトボトと血が床へと落ちる。

 奥歯を食いしばるブラストの口角から、血が僅かに流れた。その目の前に佇む男の顔には飛び散った様に血が付着し、その口元に薄ら笑みが浮かんだ。


「ぐふっ」

「ブラスト!」


 血を吐き床に膝を落としたブラストに、カシオが叫んだ。

 腹部に突き刺さった刃が静かに抜かれ、傷口から血が溢れる様に流れ出し、ブラストの衣服はみるみる赤く染まる。その手から渦浪尖と剣が落ちた。ブラストの放った突きは僅かに逸れていた。いや、逸らされた。相手の方が一枚上手だった。まるで、軌道を読んでいた様に、ブラストの突き出した渦浪尖を奪った槍の柄で僅かに逸らし、それと同時に槍を持ち換え一気に切っ先を腹部に向かって振り下ろされた。

 予期していなかったカウンターに、ブラストはどうする事も出来なかった。ただ、気付いた時には腹部に刃が突き刺さり、今こうして膝を落とした状況になっていた。


「さて、もう終わりかな?」


 男が周囲を見回しながら、持っていた槍を放り投げた。槍は乾いた音を奏で床を転がった。

 そんな男の姿に、口角から血を流すブラストが、口元に笑みを浮かべる。


「まだ、何か策でもある――!」


 刹那、男は後方へと飛び退く。それに遅れ、鱗模様の刻まれた大剣が切っ先を床へと叩きつけた。床が割れ、こぼれていた血がその衝撃で宙へと舞う。ブラストの前へと降り立ったフレイストのオレンジブラウンの髪が揺れ、その合間から鋭い視線が男へと向けられた。綺麗な緑色の瞳を向けるフレイストに、男は崩れた体勢を整え、背筋を伸ばす。


「今のは結構驚いたよ」

「そうは見えませんでしたが?」

「ぐっ……フレイスト」


 鱗模様の刻まれた大剣、鱗龍を持ち上げたフレイストにブラストは弱々しくそう声を掛けるが、フレイストはそれを制止し、ニコッと笑みを浮かべる。


「後は任せてください」

「ああ……だが、気をつけろ……。あいつの動き……」


 ブラストが男に睨みを聞かせるが、男はその視線に静かな笑みを浮かべると大手を広げる。


「さぁ、かかっておいで。フレイスト=レガイア。龍鱗族の力を見せてくれよ」

「言われなくても――そうするさ!」


 叫ぶと同時にフレイストは男へ向かって駆ける。鱗龍の切っ先を床に引きずりながら。火花を散らせながら床に一本の線を描く鱗龍を勢い良く振り上げ、フレイストは一気にそれを叩きおろす。だが、男は振り下ろされる鱗龍の腹を右足で蹴り軌道をそらせると、そのまま右足を床に着き体を反転させ左足を振り抜く。鱗龍を振り下ろし、前のめりになったフレイストの顎に振り抜かれた男の左足の踵が見事に直撃し、フレイストの顔が思いっきり右へと跳ね飛んだ。

 体がよろめき、膝が僅かに落ちた。


「ぐっ……」


 視界がぐらつくが、フレイストは床に突き刺さった鱗龍の柄をしっかり握り、その体を支えた。その視界に割り込む様に入り込む男が、口元に笑みを浮かべると、耳元で囁く。


「遅過ぎるよ」


 と。表情をしかめ声を漏らしたフレイストは、鱗龍を抜こうと足に力を込めたが、膝が震えそれすらかなわなかった。まだ、視界がぐらつき、力の入らないフレイストに、追い討ちを掛ける様に床に突き刺さった鱗龍ごとフレイストに前蹴りを見舞った。

 澄んだ金属音が周囲に響き、鱗龍の刃が真ん中から真っ二つに折れ、フレイストの体が後方へと吹き飛ぶ。金属片が僅かに宙を舞い、衝撃でフレイストの手から投げ出された鱗龍は、天井へとその刃を食い込ませた。一方フレイストは壊れた機材に背中を打ちつけ、大量の血を口から吐いた。


「ちっ! コイツ!」


 ウィンスを床へと下ろしたカシオが走り出す。だが、その刹那、顔面へと蹴りが入った。駆け出したスピードで体は空中を一回転し、背中から激しく床に落ちる。蹴りを受け鼻から血を出すカシオは、完全に意識を失っていた。

 振り抜いた右足をゆっくりとカシオの頭の上へと置いた男は周囲を見回す。壊れた機材に体を預けうな垂れるフレイスト、腹部から血を流し蹲るブラスト、筋力を失い立つ事すらままならないワノール、強烈な一撃を浴び意識を失うウィンスとカシオ。

 皆の顔を見回し、小さく吐息を漏らした男は、ゆっくりとルナの方へと顔を向けた。


「さて、もう覚悟は出来たか? キミを守る壁は居なくなった」

「か、壁じゃありません!」

「そうか? 俺には、そんな風に思えないけどな」


 男は静かに笑みを浮かべた。



 その頃、フォンとティルは城の大きな扉の前に立っていた。

 壁が崩れ扉の立て付けが悪くなって、押しても引いても全く動く様子が無い。そんな扉を見上げるティルは小さく息を吐き、隣りにたたずむフォンにジト目を向けた。


「おい。どうするんだ? 全く動かないが?」

「うーん」


 唸り声を上げ腕を組み扉を見上げるフォンは、「うんうん」と、二度頷くとティルの方へと笑顔を向け、


「それじゃあ、壊すか!」


 と、指の骨を鳴らす。やっぱりかと、ティルは小さくため息を吐くと、右手を軽く振り、


「ああ。じゃあ、手っ取り早く頼むぞ」

「おう!」


 拳を握ったフォンが一歩前に踏み出すと、ティルはその場から離れる。近くに居ると砕石などが飛んできて危ないと、判断したのだ。少し離れた場所にある崩れた壁にゆっくりと腰を下ろしたティルは、疲れた様に小さく息を吐いた。そんなティルの様子に気付き、フォンは右手首を回しながら心配そうな表情を向けた。


「大丈夫か? まだダメージが抜けないなら、ここで休んでてもいいんだぞ?」

「いや。大丈夫だ。皆、休み無く戦っているんだ。休んでられるか」

「そっか。なら、とっとと破壊するぞ!」


 視線を扉の方に向けると、左足を踏み込み腰を落とす。握った拳を腰の位置に添え、静かに息を吐く。その瞬間、空気は変わる。重々しく緊迫した空気に。その変化にティルは瞬時に立ち上がり、フォンの背中を見据えた。感じた事の無い重圧に、思わず息を呑み自然と拳を握る。大気が振動し、フォンの右拳に力が集中しているのが分かった。

 張り詰めた空気の中、フォンの腰が僅かに捻られ、一気に拳が振り抜かれる。開放された力が拳に乗り、鈍い音が衝撃と共に周囲に広がった。大きな扉には拳を中心に亀裂が広がり、ミシッミシッと軋む。突き出した拳を静かに引き、扉に背を向けたフォンはその場を離れる様に静かに歩みを進める。遅れて数秒後、亀裂の走った扉は乾いた音を奏で崩れ落ちると、周囲に大量の土煙を舞い上げた。


「いってぇー」


 右手を振りながらそう叫んだフォンが、涙目でティルを見据えた。そんなフォンの姿に小さく吐息を漏らしたティルは、頭を何度か振るとジト目をフォンに向ける。


「行くぞ」

「えっ、いや、もう少し何か言葉があっても……」

「行くぞ」


 それだけ告げ、フォンの横を通り過ぎる。僅かながら不服そうな表情を向けるフォンだが、渋々ティルの後に続く。だが、ティルの足が崩れた扉の前で止まり、右手が腰にぶら下げたひび割れたボックスに添えられた。その表情は険しく、鋭い眼差しが土煙の向こうに向けられていた。

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