第154回 フォンとティル
時を少しだけ遡る。
飛行艇が城へ突っ込む少し前まで――。
崩れかけの建物の間をぬい、フォンとティルは歩いていた。カイン、ノーリン、バルドの三人を探して。まだヴォルガとの戦いの傷の癒えぬティルは、時折足を止め膝に手を付き苦しそうに呼吸を繰り返す。その度にフォンは足を止め、振り向き「大丈夫か?」と、ティルに問う。もちろん、ティルが素直に辛いなどと言うわけも無く、そう聞いたフォンを睨みつけ歩き出す。そんな事の繰り返しだった。
フォンもなるべく、ティルが歩きやすい様にと、落ちてる瓦礫を退けて道を作っていた。フォンなりの親切のつもりだったが、ティルはそのフォンの行動が気に食わないのか、ずっと眉間にシワを寄せ背中を見据えていた。
「ふぅ……」
額の汗を拭い、フォンは茶色の髪をなびかせた。
「いやー。いい汗かいたなぁ」
「おい。いい汗掻いたじゃないだろ。無駄な体力を使うな」
不機嫌そうなティルの声に、フォンは振り返りニヒッと笑う。そんなフォンに呆れた様にため息を吐いたティルは、肩を落とすと、右手で頭を押さえた。疲弊していると言うのに、何故コイツの相手をしないといけないんだ、とティルはジト目でフォンを見据えた。だが、フォンはティルの視線には気づかず、周囲の瓦礫を拳で砕き、道作りを再開する。
右拳を振り下ろす度に、その手首に付いたブレスレットが大きく揺れる。不意にティルはそのブレスレットに視線を奪われる。
「おい。フォン」
「んっ?」
手を休める事無くそう返答するフォンに、ティルは不思議そうに聞く。
「お前のそのブレスレット……」
「ああ。これ? 知らない内についててさぁ。オイラには似合わないよな」
右腕に付いたブレスレットを見ながら「あははは」と笑うフォンに、ティルは表情を曇らせた。今までうごめき、暴走していたフォンの右腕が、あのブレスレットをしてからまるで何も無かった様に落ち着いている。力を制御する何かがあるのだろうか、と不思議に思う一方で、その技術は一体何処からと、疑問が生まれた。
正直、今この世界で、最高の技術力を誇るのは間違いなく、ブラストが治めるフォースト王国の技術開発局だ。飛行艇や、天翔姫と言った不思議な武器を作るほどの技術を誇る。だが、そんな物が作れるなら、フォンがこの戦いに赴く前に渡していただろう。
「お前、腕、大丈夫か?」
眉間にシワを寄せフォンを見据える。本当に、あのブレスレットにそんな力があるのかと。疑問を抱くティルに、苦笑するフォンは、「今ん所はね」と、ブレスレットを揺らして見せた。翡翠の宝石が不気味に輝く。あの翡翠の宝石が力を抑える源なんだろう。
腕を組むティルは、腰にぶら下げたひび割れたボックスに触れる。
「どう言う技術なんだ、それは……」
「あはは。オイラが知るわけないだろ? そう言う事は、ブラスト辺りに聞いたらどうだ? ティルのそれだって、ブラストの作ったものだろ?」
腰のボックスを指差すと、ティルは眉間にシワを寄せた。
「作ったって言っても、これは古代に作られた武具を参考に作られた試作品らしい。オリジナルと比べたら相当破壊力は劣るらしいぞ?」
「へぇー。古代に作られた武具か。そう考えると、凄いな。古代の文明って」
ニコニコと楽しげにそう語るフォンに、ティルは「そうだな」と呟いた。
その瞬間、遠くの方から地響きと爆音が轟いた。
「な、何だ?」
「まさか、まだ戦いが続いて――」
すぐさまその場を離れ、音のする方へと駆ける。音は次第に大きくなり、建物が崩壊する音に遅れ、激しい土煙が舞い上がる。
そして、その音を轟かせるモノがゆっくりとその全貌をフォンとティルの前に見せる。
紅蓮の巨大な船体。右翼から吹き上がる炎と黒煙。高度が保てなくなったのか、その船底はもう地面スレスレを浮き、建物を崩しながら直進する。
その姿を見たフォンとティルは、呆然と立ち尽くす。目の前を船底が通り過ぎ、二人の姿を影が覆う。二人を挟む大きな建物が船底に触れ崩れる。
「うおっ! やばっ!」
「ちっ!」
大小様々な砕石が二人へと降り注ぎ、二人はそれを巧くかわす。大きな砕石は地面に落ちると乾いた音をたて砕け、地面には大きな穴だけが残された。あんな物が直撃したら一溜まりもないと、フォンは表情を引きつらせる。
ティルはまだ疲労の残る体で何とかその砕石をかわすが、時折砕石が地面に落ちた衝撃で砕けた破片が体を傷つけていた。
「ティル! 大丈夫か?」
フォンが苦痛に表情をゆがめるティルにそう叫ぶと、ギロッと睨まれた。俺の事は心配するな、そう言いたげな目に、フォンは悪かったと、両手を合わせた。その後も、幾重にも砕石が降り注ぎ、その音は次第に遠ざかっていく。何とか降り注ぐ砕石から逃れた二人は、建物を破壊しながら徐々に高度を下げていく飛行艇を見据えた。
砕石の破片で体を傷つけ、両膝に手を置くティルは俯き肩で息をする。戦闘の疲労が抜けないままで、ここまで動いたのだから、相当の疲労感が体を襲っていた。
「本当に大丈夫かよ?」
散乱した瓦礫を踏み締めながらティルのもとへと歩み寄ると、フォンは心配そうに眉を曲げた。だが、ティルはゆっくりと上半身を起こすと、「大丈夫だ」と、一言。強がりだとすぐに分かったが、フォンは「そっか」と小さく呟くと、飛行艇が進んでいった方へと顔を向ける。
ティルの事も心配だったが、それよりも飛行艇に残っている皆の事が心配だった。飛行艇に居るのは非戦闘員。それに、飛行艇の向かう先に見えるのは、城。あそこに全ての元凶が居る事は分かりきっていた。だから、より一層心配になった。
「ティル。動けるか?」
「ああ……大丈夫だ」
フォンの声に静かにそう答えると、飛行艇の向かった方へと走り出す。その後に続く様にフォンも駆ける。瓦礫を踏み締めながら。