第153回 衝突
旧都市ディバスターへ向け、静かに進む赤い飛行艇。
その操縦室は、慌しくなっていた。
「わわわっ! ど、どど、どうしよう!」
「お、落ち着いて、ミーファちゃん!」
「け、けけ、けど!」
慌てるミーファは同じ場所を行ったり来たり。一方で、ワノールの妻ウールは落ち着いた様子でミーファに声をかける。セフィー、ルナも落ち着いてはいるが、今の状況でこんなにも落ち着いている方がおかしいのだ。
機体は小刻みに揺れ、操縦席の窓の外にはすでにディバスターが見えていた。だが、飛行船は減速しない。それどころか、そのスピードを保ったまま明らかに高度を下げつつあった。
「な、なな、何で! どうして! 自動操縦で、安全に着陸出来るんじゃないの!」
「いや。どうだろう? 私が聞いた限り、自動操縦で城までいけるだろうって事だけだし、無事に着陸できるとは一言も……」
黒髪を揺らし、胸の前で腕を組むセフィーがブラストの言葉を思い出しながらそう言うと、ミーファは空色の瞳を潤ませ、「うっそー」と叫んだ。
その瞬間、一層機体が激しく揺れ、ついに機体の底がディバスターの街の外壁にぶつかった。
「きゃっ!」
轟々しい音と共に訪れた激しい上下の揺れに、歩き回っていたミーファはその場に倒れこんだ。ウール、ルナの二人は椅子にしっかりと座り、セフィーは壁に備え付けられた手すりを掴み何とかその衝撃に耐えた。
やがて、機内に赤いランプが点滅し、けたたましい警報が鳴り響く。
「はううっ! やばいって!」
「少しは落ち着いてください。ミーファ」
「け、けど、このままじゃ――」
涙目を向けるミーファに、ルナは真剣な眼差しを向けた。うろたえないで、と言う様に。そのルナの視線にコクッと頷いたミーファは壁の手すりへとつかまり、何とか立ち上がる。
更に高度が下がり、建物へと機体の底がぶつかり、揺れが一層ひどくなり、何処かで爆音が轟いた。
「な、何?」
「右翼が燃えてるわよ!」
セフィーが窓の外へと目を向け、黒煙を吹かせる右翼を指差す。エンジンの一つが爆発したのだ。機体が傾き、更に大きな爆音と揺れが機内を襲う。
「きゃっ!」
「ま、前!」
ミーファが悲鳴を上げると、ウールが突然そう叫んだ。その声に、皆の視線が前方へと向けられた。窓に映るのは大きな城。すでに、中心にたたずむ城の前まで迫っていたのだ。
「ちょ、このままじゃ、ぶつか――」
ミーファが叫ぶと、ほぼ同時だった。凄まじい衝撃が機内を襲い、飛行船の頭が城へと減り込んだ。窓ガラスは衝撃で割れ、崩れた壁の欠片が機内に散乱していた。衝撃で機器もすべてショートし、機体の軋む音だけが機内に響く。
不気味なその音に、ミーファは体を起こすと、「イタタタッ」と腰を抑えた。ぶつかった衝撃で腰を何処かにぶつけた様だ。わずかな痛みに表情を歪める。電気系統がやられたのか、周囲は薄暗く暗さに慣れてない視界で手探りで何とか立ち上がる。
「皆、大丈夫?」
「私は大丈夫です」
ウールの声が座席の方から聞こえ、ミーファは安心した様に息を吐く。
「よかった……。ウールさんに何かあったら、ワノールに何されるか……」
「だ、大丈夫ですよ。あの人は、そんな酷い人じゃないですから」
苦笑するウールに、「そうかな?」と、首を傾げた。
「いったー……やっぱ、座ってればよかった……」
「セフィーさん? 無事?」
「壁に頭打っただけ……」
後頭部を左手で押さえるセフィーが「いたた」と声を上げた。その声に、すっとセフィーの隣りにルナが現れた。
「傷診ます」
「うわっ! い、いきなり現れないでよ!」
「私は最初からこの機内にいました。それより、頭を診せてください」
打った所が頭部だけあって、ルナもだいぶ心配そうな表情を浮かべているが、普段とほとんど表情が変わっていない為、ミーファ以外誰もそんな事に気づいていなかった。だから、そんなルナの姿は少し面白かった。
クスクスと、笑っていると、薄暗い中でルナの視線がミーファの方へと向けられる。
「ミーファさん。セフィーさんが終わったら、あなたの番ですからね!」
「わ、私は平気だから」
苦笑してると、すっと目の前にルナが現れ、「だめです」と、軽く叱る。ルナもわかっているのだ。ミーファは多少痛みがあっても我慢すると言う事を。だから、人一倍注意を払っていた。
「全く、平気だって言ってるのに……」
「セフィーさん! 頭は一番危ないんですからね!」
人差し指を立て、胸を張りそう告げる。大分、昔のルナの様な素振りを見せる様になり始め、ミーファは嬉しくなって後ろから抱き締めた。
「み、ミーファさん?」
「ルーナー。昔みたいにお姉ちゃんって呼んでー」
「嫌ですよ。気持ち悪い……」
ミーファのお願いに、ルナが軽く目を細め、嫌そうな表情を見せた。あからさまな表情の変化に、ウール・セフィーは苦笑し顔を見合わせた。少しずつルナも変わってきているのだろう。そんなルナに「酷いよー」と泣き付くミーファをあしらうルナの姿は、少しだけ楽しげに見えた。
セフィーの後ろに回り、頭部を触診する。コブが出来ているだけで、問題はなさそうだが、ルナは瞼を閉じると、意識を手のひらに集中する。と、同時にミーファが耳元で囁く。
「フォンに告げ口しちゃうぞー。また、力を使ったって」
「なっ! な、何言って! そ、それに、フォンさんと私が力を使うのは関係――」
フォンの名前を出した途端の明らかな慌てっぷりに、ミーファはニヤニヤと笑い、ウールとセフィーもクスッと笑った。赤面するルナは、キリッとミーファの顔を睨む。
「こ、これは、治療です!」
「コブ程度なら、大丈夫だよ。ルナの力なんて使わなくても。それに、例の彼に止められてるんでしょ? なら、やめときなさいよ」
「だ、だから、フォンさんは関係――」
そこまで言って、ルナは両手で口を覆った。意地悪っぽく笑みを浮かべるセフィーは、「誰もフォンなんて言ってないわよ」と、右手の人差し指でルナの額を小突いた。あからさまに不満そうな態度を見せるルナに、セフィーは幼い子供をあやす様に頭を撫でる。
「怒らない怒らない。綺麗な顔が台無しだよ」
「そうですね。怒ると、シワが増えますよ」
「私はまだ若いですので」
ムキになった様にそう言ってそっぽを向くルナに「あらあら」と、ウールは頬に右手を添えて笑った。優しく大人っぽい笑みを浮かべて。