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第147回 決着、そして苦悩

 逆巻く風が土煙を巻き上げ、両者の間を流れる。

 弾かれたヴォルガの硬化した鋭い牙に僅かな亀裂が走り、地面に突き刺した爪はその破壊力にボロボロに砕けていた。

 一方、ティルは呆然としていた。風魔の玉を取り込んだ天翔姫の破壊力に。ただヴォルガの一撃を防ごうと剣を出しただけ。突っ込んできたヴォルガの勢いだけで、両腕はビリビリとしびれていた。それ程まで力の反動が大きく、もう何度も剣を振るう事は出来ないと悟った。現状のティルの腕では、良くて三度。最悪あと一度振るっただけで、ティルの手から天翔姫は滑り落ちてしまうだろう。

 力と引き換えに与えられたリミットに、ティルは小さく息を吐き、静かに笑みを浮かべた。


「アイツ……やっぱり、疫病神だな……。でも、これしか方法がねぇーなら、お前に運命を託す」


 両足に力を込め、切っ先を後ろに向け右腰の位置に構え、前傾姿勢をとる。この一撃に全てを駆けるつもりだった。防ぐだけでもその反動が来るなら、一撃で決める。ティルはそう覚悟していた。故に、絶対に外せない。だから、ティルはジッとヴォルガを見据え、全ての神経を研ぎ澄ます。

 視覚・聴覚・触覚。風の音を聞き、肌で感じ、目ではっきりと捉える。ヴォルガが地面を蹴り出す。その動きの細部までも。筋肉の張り、体の傾き、次の動きへの予測を立てながら、ティルはティルで全ての力を凝縮する様に更に足に力を込める。

 風が集まる音が背後で聞こえる。ティルの意思に答える様に。風魔の玉の影響も大きいのだろう。一層激しい風が、ティルのコートをはためかせ、髪を逆立てる。

 どちらの一撃が先に届くか、それが勝負の分かれ目だと、ティルは分かっていた。もちろん、ヴォルガも分かっているのだろう。全力で間合いを詰める。


(ここだ!)


 ティルが右足を踏み込み、腰をひねりながら一直線に天翔姫を振り向く。それは、まだ、天翔姫の切っ先が僅かにヴォルガに届くほどの距離で放った一撃。その一撃にヴォルガの突っ込むスピードが落ちる。分かっていたのだ。ティルのその刃が届かない距離を。

 裂けた口元を緩め、不適な笑みを浮かべるが、そこで思い出す。ティルの剣は伸びると言う事を。焦り、すぐに後方に飛び退こうとしたが、遅かった。

 ティルが天翔姫の柄についたボタンを押すと、三日月を描く様な軌道で振り抜かれた天翔姫が分解され、大剣へと変化しながらも更に風を取り込み甲高い音が周囲を包んだ。

 それは、刃がヴォルガの硬化した体に触れた為に起きた摩擦音。火花が散り、その衝撃が刃を伝いティルの腕まで届く。思わず手を放しそうになるのを堪え、奥歯を思い切り噛み締め、


「うおおおおおおっ!」


 更に右足を内側へと踏み込み、右肩を入れる様にしながら力を天翔姫へと加える。更に甲高い音が周囲を包む。


「うがあああああっ!」


 ヴォルガの叫び声が轟き、激しく左脇腹に食い込む刃から火花が吹く。

 硬化したヴォルガの体には亀裂が走り、風魔の玉を取り込み風の力を得た天翔姫の刃もあまりの力の強さに亀裂が走っていた。

 これ以上長引かせるわけには行かない。ティルは瞬時にそう判断し、右手を柄から離すと、大きく振りかぶる。左手一本では、その強力な力に振りほどかれそうになるが、腰を入れ何とかそれを堪えた。


「これで、終わりだ!」


 ティルが叫ぶと同時に、振りかぶった右手で刃の付け根の峰に掌底を見舞う。

 その瞬間、動きを止めていたティルの腰が大きく回転し、柄を握る手が大きく左へと動いた。砕け散る音が聞こえ、微量の破片が飛び散った。激しくも鋭い風が周囲に吹き抜け、崩れ掛けた建物を破壊する。土煙が舞い上がる中、空中を回転した根元から砕かれた刃が地面へと突き刺さり、周囲を静けさが包み込む。


「はぁ…はぁ……」


 両肩を落とし、僅かな呼吸音だけを響かせる。左手に握られた天翔姫が、するりと地面へと落ちた。その剣に刃は無く、虚しく乾いた音を響かせた。

 朦朧とする意識。震える指先。力などもう残っていない。戦う為の武器すらも、もう失われた。やがて、膝から力が抜け、地面へと崩れ落ちた。体を支える力も無く、顔を思いっきり地面に強打した。それでも、意識は途切れず、土煙の向こうに浮かぶ一つのシルエットだけをジッと見据える。


「はぁ…はぁ……」


 乱れる呼吸の先で、その影がよろめき、横っ腹から突如として血を噴き、後方へと倒れていった。飛び散った血が地面を赤く染め、血と一緒に硬質の欠片が宙を舞う。辺りでまばらに聞こえる澄んだ音。ヴォルガの体も天翔姫の刃と一緒に砕け散った。

 それを見届け、朦朧とする意識の中、自身に問う。


“俺は勝ったのか?”


 と。

 もちろん、答えは返った来ない。代わりに、優しく風が頬を撫で、ティルは静かに瞼を閉じた。


(すまん。フォン……少し寝る……)


 と、心の中で呟いて。



 場面は移り変わり――地下研究所。

 かび臭さと血生臭い異臭だけが漂い、破壊された棚の破片がそこら中に散乱していた。その中心で、膝を落とし、呼吸を乱すノーリン。大柄な体に、右頬に刻まれた三ツ星の刺青。背中には幾つモノ注射針が刺さり、血が先から溢れ出ていた。

 床には大量の血が凝血し、黒ずんでいた。もちろん、それはノーリンの血では無く――


「ほらほら、まだまだ、居ますよ! 私の可愛いペット達は」


 と、気持ちの悪い声に遅れて、奥の薄暗い部屋から次々とロイバーンによって改造された人間が、姿を見せる。片腕を武器と同化された者。下半身を獣と同化されられた者。そして、人間としての形すら留めていない者。その人々の姿に、ノーリンは奥歯を噛み締め、目を伏せる。

 その人々の痛み、苦痛を胸に感じ、拳を握る。もうどれ位の人たちをこの手にかけただろう。血で黒ずんだ拳に、ノーリンは一層強く奥歯を噛み締め、薄暗い部屋の入り口に立つロイバーンへと鋭い眼差しを向けた。

 だが、ロイバーンは、不気味な笑いを浮かべ、


「おおーっ。怖いですねぇー」


 と、ノーリンを挑発する様な態度で言い放ち、ずれた眼鏡を掛け直す。


「貴様……」


 ボソリと呟いたノーリンへ、片腕を武器と同化された者が襲い掛かる。が、その顔面をノーリンの右拳が貫き、血肉が飛び散り、その体は床へと崩れ落ちる。

 改造された人間と言えどどれも所詮は失敗作。ノーリンの拳一発でその体は朽ちてしまう程だった。だが、それは逆にノーリンの精神に相当のダメージを蓄積させていた。改造されたと言え、元は人間。命の尊さを人一倍知るノーリンにとって、これ程辛い事は無かった。

 拳を振るっては、奥歯を噛み締め、拳を震わせる。だが、動きを止めれば、向こうが襲ってくる。どうすればいいのか、ノーリンには分からなくなっていた。

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