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第146回 箱

「…………お前は疫病神か!」


 ティルの怒鳴り声に、耳を押さえ体をちぢ込ませる。

 呼吸を乱すティルは、先程までヴォルガと遣り合っていた疲労で、すでに体力の殆どを使い果たし、ふらついていた。そんなティルの様子に、フォンもやや心配そうな表情を浮かべながら、周囲を見回す。


「大丈夫か? そんな状況で? ちなみにだが、奴は分裂して十数体程居るぞ?」


 まるで他人事の様にそう述べるフォンに、ティルは目を伏せ拳を震わせる。これ程まで疲れているのに、何故コイツの相手までしなければならないのかと、自分自身に問い冷静さを保つ。

 そんな状況下でも、周囲に居る獣達にはジリジリと二人に距離を詰めながら喉を鳴らしていた。

 鼻をヒクヒクと動かしたフォンは、周囲を突然警戒する。獣の他に別の匂いを感じ取ったからだ。そのフォンの様子にティルも気付き、天翔姫を静かに構え直す。


「お――ティル。別の臭いが漂ってる。何かすげぇー臭いが……」

「ソイツは多分、俺がさっきまで相手をしていた奴だ」


 僅かに焦りの見えるティルの横顔を見据え、フォンは「ふーん」と小さく頷くと、周囲を一旦見回し、右手に持った風魔の玉をティルの方へと差し出した。


「何のマネだ?」

「これ、預かっておいてくれ。ほら、オイラが持ってると、無くしそうだろ?」

「…………そうだな」


 全く否定する事無くそう述べると、僅かながら引き攣った笑みを浮かべるフォンは、目じりをピクピクと動かし、「否定しないわけ」と、聞くがティルの返答は無かった。

 無言のティルに、小さくため息を吐いたフォンは、右頬を右手で掻きながら、視線をティルから外すと、喉を鳴らす一体の獣の方に目を向ける。まだ威嚇段階で、こちらに飛び掛ってくる様子は無いのは、奴等も警戒していると言う所なのだろう。

 「ふっ」と、小さく息を吐いたフォンは、両肩の力を抜くと、軽くその場でジャンプした。


「さって。んじゃ、この団体さんは、オイラが相手をするかな」

「当たり前だ。お前が連れてきたんだからな」


 素っ気無いティルの返答に、苦笑する。きっとそう言われるだろうと、思っていたが実際に言われるとかなり胸にグサリと刺さる。

 内心凹み気味のフォンは、口元に右手を持っていき、ピィィィィィッと、指笛を鳴らした。その音に獣達が耳を動かし、顔を上げる。視線が一瞬でフォンへと向けられた。


「お前達の相手はオイラだぞ!」


 叫ぶと同時に、地を蹴り飛び上がる。流石は獣人と言わんばかりの脚力で、崩壊した建物の二階へと飛び乗ると、振り返り笑みを浮かべた。そんなフォンとティルの視線がピタリと会うが、すぐにティルは視線を逸らす。テレがあったのだろう。

 目を逸らしたティルの横を獣達が駆け抜ける。全くティルの存在など気にも留めずフォンの方へと集団で移動する。習性なのか、それとも元々ティルには興味が無かったのか、分からないが、ティルにとってはありがたい事だった。

 小さく息を吐き出すと、フォンがもう一度叫んだ。


「ティルー。お前に、一つ聞きたい事があるんだけどさぁー」

「聞きたい事? 一体なんだ?」


 ティルが通常よりも大きめの声で聞き返すと、フォンはニッと歯を見せ笑うと、


「箱って、本来どんな風に扱うモノだと思う?」

「はぁ?」


 わけの分からないフォンの問いに、ティルの怒気のこもった声が返ってきた。無理も無い。この状況で、あんなわけの分からない事を聞かれれば誰だってそうなる。

 だが、フォンも別にふざけている様子は無く、更に言葉を続けた。


「じゃあ、天翔姫は、何でボックス型になってると思う?」


 フォンのわけの分からない質問に、呆れた様に頭を抑えたティルは、大きなため息を吐くと、眉間にシワを寄せフォンを睨んだ。


「そんな事知るか! ブラストが気まぐれでそう――」


 相手にするのが面倒になり、適当にそう答え様とした時、先程のフォンの問いを思い出す。


“箱って、本来どんな風に扱うモノ”


 そして、今回の――。


“天翔姫は何でボックス型”


 この二つの問いに導き出される一つの仮説が、ティルの頭の中に閃き、剣の形だった天翔姫の柄頭にあるボタンを押してボックスへと戻すと、その仮説が正しいかを確かめる様にボックスを調べ、見つけ出す。その仮説を実証する一つの切れ目を。

 その瞬間、ティルは口元を緩め、フォンもその表情でティルが何かに気付いた事を確信した。


「んじゃ! 頑張れよ! それから、風魔の玉はなくさない様に箱にでも入れて保管しておくんだぞ!」


 フォンはそう叫ぶと、指笛を鳴らしながら建物を次々とジャンプして移動して行った。その後姿を見送ったティルは、両手でボックスを切れ目に沿う様に真っ二つに裂いた。僅かな機械音が響き、白煙が漂った。天翔姫の中は何かを納められる様に空洞だった。中身がこんな空っぽなのに、一体どうやって色々な武器に変化する事が出来るのか、それだけが謎だった。

 その中心にフォンから預かった風魔の玉を置く。先程フォンが言った言葉の意味はこういう事なのだろう。何が起こるのか分からないが、ティルがそのままボックスを閉じると、プシューと空気の抜ける音が聞こえた。

 だが、天翔姫には何の変化も無く、何も起きずただ数分の時が過ぎる。静寂の中、何かが地面を引きずる音が聞こえ、ゆっくりとした足取りでヴォルガが姿を見せた。

 変わり果てたその姿に、ティルは思わず天翔姫を剣へと変える。その瞬間、突風が吹き抜け、いつもと違う赤い峰に真っ白は刃。その刃は僅かに風を纏い、鋭い高音の音が微かに聞こえていた。


「な、何だこれ……」


 いつもと違う天翔姫に、驚きの声を上げる。これが、風魔の玉を取り込んだ影響なんだろう。いつも以上に軽くしなやかなその刃に、息を呑む。

 不適に笑みを浮かべるヴォルガは、足の爪を地面に突き立てると、前傾姿勢をとった。大きく裂けた口からむき出しになった牙から滴れる大量の唾液が、牙と牙の間で糸を引き、口から溢れた唾液が顎を伝い地面へとこぼれた。

 血に飢えた獣の様に血走った眼を向け、大きく肩を揺らす。右手の爪が地面に触れ、土煙が舞う。その瞬間、爆音が轟きヴォルガが消えた。砕けた土が宙を舞い、黒い影がティルを覆う。瞬時に気付く。飛び上がったのだと。


「くっ!」

「がぁぁぁぁぁっ!」


 大きく開かれた口からティルへと突っ込む。とっさに天翔姫をかざし、刃がヴォルガの牙と触れ合った。その瞬間、凄まじい衝撃がティルとヴォルガ両者の体を後方へと弾いた。甲高い破裂音が響き、大きく体を仰け反らせるティル。一方で地面を転がるヴォルガは左手の爪を地面に突き立て勢いを止める。その爪あとが地面にクッキリと残り、その衝撃の強さを物語っていた。

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