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第145回 腹の中

 それは、バルドとレイバーストの戦いが終幕を迎える少し前に遡る。

 各々が激しい戦いを繰り広げている中で、一人路地裏へと倒れるフォンは、静かに意識を取り戻した。


「んんっ……ここは?」


 体を起こし、右手で頭を抑える。僅かな頭痛。視界はグニャリと曲がりくねっているが、それがしだいにハッキリとする。感覚を確かめる様に、拳を握っては開く。やがて、頭痛も治まり、思考が働き出す。


「そうか……“オレ”……」


 ボソリと呟くと、凄まじい咆哮が轟き、地響きが起きた。巨大な足音が大地を揺らし、黒い影がフォンの体を覆いすぐに消えた。頭上を巨大な影が通り過ぎたのだ。

 僅かに見えた純白の毛と、凄まじい獣臭に、フォンは表情をしかめた。


「――ッ! あんなモノまで復元してんのかよ!」


 すぐに走り出す。あの巨大な影を追って。

 冷たい風が頬を撫で、右手首でブレスレットが揺れた。いつ付けたのか分からないそのブレスレットの存在に、気がついたフォンは眉を潜めた。


「そうか……あいつ……」


 意味深にそう呟くと、建物の角を曲がった。すると、そこに居た。巨大な化物オルーグが。


“ゴリッゴリッ”


 と、骨を砕く音がオルーグの口の中から聞こえる。目を逸らしたくなる程嫌な音だったが、フォンは視線を逸らさず真っ直ぐにオルーグを見据える。これ以上、コイツを野放しにして置けない。そう思い、駆け出す。

 その際、視界にバルドを捕捉し、眉間にシワを寄せた。バルドの体の状態を、一目見て理解したからだ。そして、奴の視線がバルドに向けられた。血の臭いで気付いたのだろう。


「くっそ!」


 大口を開き、バルドを食らおうとするオルーグ。だが、前にフォンは立ちはだかり、右手をかざす。ブレスレットが僅かに揺れ、オルーグがその輝きに動きを止めた。フォンの放つ殺気を感じ取ったのだ。

 何とかギリギリで間に合ったが、策など無くただジッとオルーグに右手をかざし殺気だけを放ち続けた。

 オルーグのつぶれた片目から流れる大量の血が、涙の様に頬を伝い地面へとこぼれる。その血生臭い匂いが、フォンの鼻を刺激する。


「くうっ! き、きつい……」


 思わず表情をしかめ、僅かに視線を外したその瞬間、殺気が弱まったのを、オルーグは逃さなかった。視界がすぐに真っ暗になり、地面が揺れた。牙が地面をえぐりフォンの背後から突き出す。


「なっ!」


 そして、気付いた時には体は落下していた。大量の土と一緒に。ヌメッとした液が体中に張り付く。幸い、丸呑みされた為、牙で体を裂かれる事は無かったが、衣服はその唾液でベタベタになっていた。やがて、フォンの体は胃へと到達し、ヌメヌメとした足場を転がり、動きを止めた。


「いてて……あの野郎、丸呑みしやがって……」


 体を起こそうと、右手を着く。その瞬間、ぶよっとした奇妙な触感を感じ、右手をすぐに上げる。


「な、何だ?」


 右手を見ると手の平にヌメッとした液がベッタリと付いていた。しかも、ジューッと不気味な音を立て、手の平に僅かながら痛みを感じる。


「胃酸か……。まずいなぁ……」


 完全に消化しようと、あちこちから霧状の胃酸が散布され、周囲を包み込んでいた。

 漂う胃酸に衣服が徐々に解け始め、皮膚にもしだいにピリピリと刺激を感じる様になってきていた。消化スピードが速く、すでに靴の底は半分以上が溶けていた。

 小さく息を吐くと、茶色の髪を揺らしながら前後左右を確認する。何処もかしこも、脈打つ様に揺れるブヨブヨの壁。逃げ場など無かった。

 この状況を打開しようと、右拳を握り締めたフォンは、奥歯を噛み締めると大きく拳を振り上げた。


「うおおおおおっ!」


 声を張り上げ、振り上げた拳を力強く振り下ろす。腰の回転を加え、更に加速しブヨブヨの壁へと拳が減り込んだ。その瞬間消化液が大量に放出され、フォンの拳に激痛が走る。


「うぐっ!」


 拳をすぐに引くが、皮膚は僅かにただれ赤くなっていた。苦痛に表情を歪めながら、フォンは距離を取り呼吸を整える。

 ブヨブヨの壁がショックを吸収する為、打撃系の攻撃は出来ないと判断する。武器など持ち合わせていないフォンは、この時点でお手上げ状態だった。それでも何か手が無いかと、フォンは辺りを見回しながら歩き出した。

 まだ消化されていない建物の残骸やら色々なモノが転がっていた。だが、どれも武器になりそうなモノは無かった。

 残骸の上へと腰を下ろしたフォンは、肩を落とし大きなため息を一つ吐いた。


「ったく……最悪だなぁ……」


 ジト目でブヨブヨの床を見据えるフォンは、黄緑色に輝く宝石の様なモノを視線の先に見つけた。訝しげに首をかしげ、残骸から飛び降りたフォンはそれを取った。


「これは……」


 僅かに輝く黄緑の水晶。美しく微量の風をその手に感じる。これが、風魔の玉だとすぐに気付いたフォンは、眉間にシワを寄せると、困った様に左手で頭を掻いた。この風魔の玉が、巨大な化物オルーグの力の源になっているのだと、すぐに理解したのだ。だが、コイツの中からこれを取り出す方法が思いつかず、両肩を落とし大きくため息をこぼした。

 その時、つま先に何かが触れた。


「んっ? これって……」


 足元には奇妙な彫り込みの刻まれたナイフの刃が転がっていた。根元は砕けているが、間違いなく双牙の切っ先だった。フォンを食らう時に地面に落ちていた双牙の残骸を土ごと食らったのだろう。刃は短いが、これなら何とかなるだろうと、フォンは周囲を見回す。


「何でもかんでも食べやがって……まぁ、そのお陰で、ここから出る希望が出来たな……」


 フォンはゆっくりと歩み出し、何かを確かめる様にしゃがみ込むと、右手でブヨブヨの床を触る。ブヨブヨの床を一通り触った後、フォンは静かに根元の折れた双牙の切っ先を軽くあてがう。それが倒れない様に、辺りに転がった瓦礫で固定する。


「よし。これで準備はいいだろう。あとは……」


 フォンは来ていたコートを脱ぐと、右手で風魔の玉を握った。微弱な風が拳を包み、徐々にその勢力を拡大していく。

 右手首に付けたブレスレットが激しく揺れながら金属音を奏でる。風が刃の如く腕を襲う。皮膚が裂け血がほとばしる。拳を振り上げ、奥歯を噛み締める。


「もう少し……」


 振り上げた拳に更に力を込めると、風は更に鋭さを増し、フォンの腕を切り付けていく。腕を襲うその痛みに表情を歪めるフォンは、ドクッ、ドクッと脈打つブヨブヨの床に呼吸を合わせ、拳を振り下ろす。

 腕を取り巻く鋭い風が頬を掠め、鮮血が舞う。それでも尚、力を緩める事無く振り下ろされた拳が、固定された双牙の刃を捉えた。双牙を固定していた瓦礫が、拳を包む鋭い風で砕け粉々に散る。一方で、双牙の刃はその風を受け、その切っ先を更に鋭く巨大な刃と化し貫く。巨大な化物オルーグの腹を。

 その瞬間、爆風が周囲を包み、フォンは思わず目を伏せる。と、体が落下し地面に背中を打ち付けた。


「イッ! な、何だ?」


 目を開けると、地面には大きな斬り痕が残され、巨大なオルーグの姿は消えていた。跡形も無く。

 膨張した双牙の刃がオルーグの腹を裂いた為に、風魔の玉の力が体内から抜けたのだろう。腰を擦りながら立ち上がったフォンは、宙を舞う自分のコートを左手で掴むと、小さくため息を漏らした。


「はぁ……ボロボロだよ……腕もコートも」


 ぶつぶつ文句を言いながらコートを着たフォンは、鼻をヒクヒクと動かし、突如目つきを変えた。鼻に届いた多数の獣臭を感じて。と、同時に喉を鳴らす複数の獣の声が周囲から響いた。

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