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第143回 歩む道

 静寂が続く。

 槍を下ろしたヴォルガが、空を見上げ小さく息を吐いた。白く染まる吐息。それは、冷え込んできた空気と両者の体が暖まって来た証拠だろう。

 膝の震えを押し殺しながら、右足を半歩前に出したティルは、腰の位置に天翔姫を構えたままヴォルガに叫ぶ。


「どういうつもりだ!」

「何の事だ?」

「やる気が無いのか!」


 ティルの言葉に、静かに鼻から息を吐いたヴォルガは、首を振った。


「夜空を見上げる余裕すら与えてくれないのか?」

「夜空を見上げる余裕だと……」


 怒りがこみ上げる。

 こんなにも必死なのに、どれ程ヴォルガには余裕があると言うのだろうか。

 もう半歩右足を踏み出し、力を込める。膝から力が抜けそうになるが、それを堪えながら体重を乗せた。


「死に急ぐ必要があるのか?」

「黙れ!」


 地を蹴る。力強く。加速し、間合いを詰めヴォルガの懐へと入った。まだこれ程の力が残っていた事に、ティル自身も驚きつつ、天翔姫を振り抜く。

 その刃の軌道をその目で追うヴォルガ。先程のティルの一撃がどうしても気になっていたのだ。刃が伸びるなど、あるわけが無い。何かカラクリがあるのだと、核心を持っていた。

 その為の挑発だった。別にヴォルガにとってそれは些細な事で、カラクリのタネを知らずともティルを殺す事は簡単な事だ。それほど力の差があった。

 完全に刃の軌道を見切り、ギリギリの所で身を退く。目の前を通過する切っ先が、僅かにヴォルガの前髪を掠めた。だが、今回の刃は先程の様に変化しなかった。

 距離を取るヴォルガは、訝しげにティルを見据える。振り抜いた天翔姫を構え直すティルは、視線を上げヴォルガに目を向けた。両者の視線が交わる。


「今回は伸びなかったな」

「剣が伸びると思うのか?」

「お前の剣は伸びる。そう思っている」


 ティルの言葉にそう返答したヴォルガに、ティルは静かに笑みを浮かべた。


「そうか……で、俺を挑発したってわけか?」

「ハッキリ言って、お前を殺す事などたやすい。だが、あの伸びる刃の謎は、知っておきたくてな」

「殺す事はたやすいか……まぁ、そうだな。そんだけ、力の差があるって事か……なら、出し惜しみしても意味はないか」


 小さく息を吐き、体を横に向けると、天翔姫を肩の位置で構え、切っ先をヴォルガの方へ向けた。その行動にヴォルガもゆっくりと二本の槍を構える。


「今度は伸びるんだろうな?」

「さぁな。それは、自分の目で確かめろ」


 もう一度足先に体重を掛け、地を蹴る。動き出しに合わせ、ヴォルガも突っ込む。今回は先程の様に待つ気などない。ティルもそれを悟り、瞬時に対応する様に天翔姫を突き出す。まだ両者の距離は遠く、そこで突き出してもただ空を切るだけだと言うのに。だが、その刃は突如ヴォルガへと迫る。伸びたのだ。一直線に。


「ぐっ!」


 警戒していたが、突如伸びた刃に思わず身を仰け反らせる。本来なら槍で防いでその正体を探るはずだったが、あまりの意外性に体が反射的に反応してしまったのだ。

 後退するヴォルガに、追い討ちを掛ける様に距離を詰める。その時にはすでに天翔姫は元の刃の長さに戻っており、その剣も腰の位置に構えられていた。

 何が起こったのか分からないヴォルガは、距離を詰めるティルに対し、右手の槍を突き出す。その一突きで、ティルはその場から飛び退き、また二人の距離が広がった。


「今のは危なかったな」


 体勢を立て直し、そう呟いたヴォルガに、左手を膝に置いたティルが眉間にシワを寄せる。流石に二度も全力で走った為、膝が言う事を利かなくなっていた。すでに限界だったのに無理した所為だろう。それでも、それを隠そうを必死に力を込めるティルに、ヴォルガも気付いた。


「そうか。もう、限界だったか」


 一人呟くヴォルガに、ティルは睨みを利かせる。まだ戦える。と、言う意思の表れだったが、ヴォルガは小さく吐息を吐くと、右手の槍を背中へ担ぎ直し、腰を低くして左手の槍を退く。


「残念だ。もう少し、遊べると思ったが、貴様にはガッカリだ」


 落胆したヴォルガの見せたその表情に、ティルは唇を噛み締める。自分の無力さが悔しく、自分の不甲斐なさに怒りを覚えた。相手の力がどれ程強大なモノなのかを肌に感じ、それでも全力を出し戦った。だが、ヴォルガにとっては、その力でさえ遊びにすらならなかった。

 種族の違い。それは大きな違いなのか、と自分に問う。自分が人間じゃなく、他の種族だったなら、ヴォルガと対等に戦えたのかと、問う。何度も繰り返す自問。答えは出ない。それでも、繰り返される自問に、ティルは考えるのをやめた。

 静かに息を吐き出し、肩の力を抜いた。空を見上げ、ぼんやりと立ち尽くす。今まで何の為に旅をしてきただろうと思い返す。ただ、妹を探していただけなのに、いつの間にこの世界を左右する戦いに身をゆだねているのだろう。全ての始まりはフォンとの出会い。あの日、あの場所で出会ったのは間違いなく偶然で、二度目に会ったのはミーファの導き。きっと、ミーファには分かっていたのだろう。こうなる運命だったと。

 肩の力を抜き、思い返せば分かってくる。自らが歩んだ道のり。それは、随分前から変わっていたのだろう。妹を探すと言う旅が、友と歩む道に。仲間など信じないと言っていたティル自身が、いつしかこんなにも多くの仲間と共にいる事が、妙に笑えた。

 突如肩を揺らし笑うティルに、ヴォルガは怪訝そうな表情を浮かべる。死を前にして、おかしくなったのか、と首を傾げる。

 一通り笑い終えると、静けさが漂う。その中で、突如として巨大な咆哮が轟き、地響きが両者を襲う。


「な、何だ!」


 何事かと構えていた槍を地面に突き立て辺りを見回すと、巨大な影が揺らめき建物が崩壊した。純白の毛が舞い、重々しく何度もその足が地面を叩いた。


「ロイバーンのペットか……」


 表情を歪め巨大な影を見据えるヴォルガに、迫る足音。咆哮によって消されていたその足音にヴォルガが気付き正面を向く。先程までいた位置にティルの姿は無く、突如体に激痛が走る。


「ぐっ!」

「不意打ちが卑怯だとか言うなよ」


 ティルの声が間近で聞こえ、ヴォルガもようやく気付く。右肩に突き刺さった刃に。


「きさ――」

「悪いが、追い討ちを掛けさせてもらう」


 ティルが左手に持ち替えた天翔姫の柄頭に、右手で掌底を見舞う。その衝撃で更に深くヴォルガの肩へと減り込む刃。鮮血がジワジワと服の上から滲む。

 奥歯を噛み締め声を押し殺すヴォルガの耳に、金属音が聞こえ、右肩に刺さっていた刃の感触が消え、その傷口に何か冷たいモノが押し付けられた。


「流石にこの距離じゃ外せないなぁ……」


 ティルの声が耳に届き、その手に握られた白に赤のマダラ模様が描かれた銃が視界に入った。いつの間にあんな物を取り出したのかと言う疑問が脳裏に浮かぶが、それも瞬時に消えた。引き金が引かれ、乾いた甲高い破裂音が一発。

 鮮血がヴォルガの背中から飛び散り、後方へと体が吹き飛ぶ。衝撃にティルの右腕が大きく跳ね上がっり、よろめく。だがそれでもティルはヴォルガを見据え続けた。

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