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第142回 全力と余力

 重々しい衝撃音が周囲に轟き、地面が砕けた。

 砕石がその衝撃で土煙と共に宙に舞い、刃だけが地面に突き刺さる。

 間一髪だった。とっさに出した天翔姫の切っ先が、ヴォルガの振り下ろした槍の側面を叩き、軌道をずらしたのだ。だが、砕け散った砕石がティルの頬を裂き、血が流れ出していた。


「はぁ、はぁ……」

「今のを防ぐとは、驚きだ。反射速度は大分高まってる様だな」


 地面に減り込んだ刃が僅かな音をたてながら抜かれ、微量の土と小石を宙へと舞い上げながら肩に担がれた。まだまだ底を見せぬ余裕の表情のヴォルガに、ティルの表情は一層厳しくなる。

 常に感覚を研ぎ澄ましておかなければならないティルにとって、長期戦になればなる程不利になっていく。その為、自分から動くしかなかった。

 地を蹴りヴォルガを中心に右回りに駆ける。隙を見つけようと、ヴォルガをジッと見据えるが、全く隙など無かった。余裕を見せているはずなのに、何処に隙など――。

 そんなティルの心を悟った様に口元に笑みを浮かべたヴォルガは、脇に立てた槍を持ち上げると、一振りする。突風が吹き、土煙が舞う。その風圧だけで、ティルの足が止まり、よろめく。

 思わず目を伏せてしまった。その瞬間、またわき腹を槍の柄がえぐる。


「ぐっ!」


 衝撃に吐血し、わき腹を押さえる。骨が軋む。それ程の衝撃に両足を地にしっかりと着け耐えた。左手でその柄を掴み、痛みに表情を歪めながらも、ジッとヴォルガを見据える。


「今度は受け止めたか。だが――」


 ヴォルガが腕に力を込めると、柄を握るティルの足が地からゆっくりと浮き上がる。


「チッ!」


 眉間にシワを寄せるティルは、すぐさま手を放し地上へと降りる。だが、着地すると同時に槍がティルに向かって振り下ろされた。とっさに天翔姫を頭上に構え、刃を受け止めた。衝撃が両肩へと圧し掛かり、地面がティルを中心に砕ける。重々しい衝撃に苦痛の表情を浮かべたティルだが、何とかその一撃をこらえた。


「ぐっ!」


 奥歯を噛み締め、両足に力を込める。そうでもしなければ、このまま押しつぶされてしまいそうだった。それでも、踏みとどまり、何とか槍をはじき返した。弾かれヴォルガが、僅かに後退する。


「力も大分つけた様だな」

「まだ、本気を出してない奴に、んな事言われても全然嬉しくないな」

「ふっ。これでも、大分力は出してる方だ」


 少し嬉しそうに笑みを見せるヴォルガ。余程、この戦いが楽しいのか、それともただ単に人を殺す事が楽しいのか、定かでは無い。

 額から溢れる汗を拭い、天翔姫を構えなおす。一時も気が抜けないその状況で、ティルは考える。どうすればいいのか、と。次々と脳内で繰り返されるシュミレーション。だが、どれもこれも到底上手く行くモノではなかった。確立が低すぎる。失敗すれば、命すら落としかねない。そんな結果ばかりだった。

 それでも、天翔姫の柄を握り締めたティルは、右足を一歩前に出すと、上体を低くし足先へと体重を乗せた。距離を測る様にヴォルガの足先からゆっくりと視線を上げ、両者の視線がぶつかる位置で止まる。睨み付けるティルに対し、楽しげに目じりを緩めるヴォルガ。やはり、まだ余力を残している分、余裕があるのだろう。

 天翔姫の切っ先を地面すれすれに置き、静かに息を吐く。呼吸を整える様に、何度も息を吸っては吐く。ティルの呼吸音が、徐々に静まり、辺りが静寂に包まれる。

 遠くで聞こえる金属音に、激しい爆音。辺りではまだ他の者達が激しく戦っているのが分かる。

 だが、ここは、この一角だけは、妙に静まり返り、他とは別の空気と化していた。

 重々しい空気の中、先に動き出したのはティルだった。前傾姿勢から突き出る様に地を駆け、ヴォルガへ迫る。様子を見る様に槍を構えたままジッと動かない。余裕があるからこその行動なのだろう。ティルの右足が半歩間合いに入ったが、それすら見逃す。


(届く!)


 ティルがその体勢から剣を振る動作に移る。その動きにヴォルガが怪訝そうな表情を見せた。それは、明らかにティルの天翔姫の長さでは、現在ヴォルガのいる所まで刃が届かないからだ。

 すぐに何かを仕掛けるつもりなのだと、身構え、その足元へと注意を払う。だが、踏み込んだ右足は、そのまま体重を支え、ティルの腰が回転し刃が振り抜かれる。

 その明らかなティルのミスに、あきれた様に小さなため息を吐いたヴォルガだったが、その瞬間自らに迫る刃を見て、驚き後方へと飛び退く。


「な、何だ……今のは……」


 驚くヴォルガが、そう呟きティルを見据える。その手に握る天翔姫に変わりは無いが、あの時明らかに天翔姫の刃は長く、あの場に居れば間違いなくヴォルガを捉えていた。目測を誤ったのかと、先程の光景を思い出す。しかし、何度思い返しても、目測を誤ったわけではなく、間違いなく刃が伸びていた様に思えた。


「何をしたかは知らんが、今のは驚いた」

「にしては、冷静だな。もう少し取り乱すかと思ってたぜ」


 苦笑するティルに、落ち着いた様子で笑みを浮かべるヴォルガ。

 僅かに肩を揺らすティルは、もう一度天翔姫を低く構え、腰を落とす。


「そう何度も待ってやるほど、お人よしじゃないぞ」


 腰を落としたティルに対し、ヴォルガは突っ込む。二本の槍の切っ先を合わせ、直進するヴォルガにティルもすぐに地を蹴った。両者の距離が縮まり、ティルが突き出された槍を右へと払う。だが、その瞬間、ヴォルガの右手が槍を手放し、ティルの胸倉を掴んだ。支えをなくした一本の槍は刀身から地面へと落ちる。


「くっ!」

「武器に頼りすぎだな」


 両者の顔が近付き、ヴォルガは囁く様な小さな声でそう告げると、右足を軸にし反転し、そのままティルを投げ飛ばした。風を切り背中から壁へと激突すると、衝撃で壁に亀裂が走り砕け散った。それでも勢いは止まらず、建物の中を転げたティルは、二枚目の壁に体を打ちつけようやく勢いを止めた。


「うぐっ……流石に、あの槍を片手で扱うだけの事はある……」


 壁に出来た穴の向こうに仁王立ちするヴォルガを見据え、独り言の様に呟いたティルは、膝を震わせながらゆっくりと立ち上がった。流石に、今の一撃は体に堪えた。何とか立ち上がったモノの、膝の震えが止まらず、力を込めていないとすぐに膝から崩れ落ちてしまいそうだった。

 室内に漂う埃に、少々むせながらも、確りとヴォルガを見据える。腰の位置に構えた天翔姫の柄を握り直し、小さく息継ぎをした。


「ふぅ……ふぅ……」

「まだ、呼吸は乱れてない様だな」


 壁の向こうから、ヴォルガが尋ねる。

 その問いに、静かに笑みを浮かべたティルは、すり足で右足を前に出すと、その目に力を込め、


「この程度で、息切れはしてられないだろ」


 と、強がった。

 虚勢なのだが、それでもヴォルガに対し、強気な姿勢を崩さなかった。それが、唯一ティルが出来る事だったからだ。

 向かい合い、睨み合いを続ける。両者とも動かず、ただ互いの武器を構えたままジッと相手の出方を見ていた。ティルの場合は、膝が震え立っているのが精一杯と言う所だ。

 静寂の中、続く睨み合いに、ヴォルガが静かに息を吐くと、構えていた槍を下ろした。どういうつもりなのか分からず、ティルは、その行動をジッと見据えた。

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