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第140回 最後の一撃

 手も足も動かない。

 それ程までのダメージを受けたバルドは、ゆっくりと瞼を閉じた。

 呼吸をするだけで腹部に激痛が走り、表情が歪む。瓦礫を踏み締める足音が徐々に近付く。

 冷たい風が頬を撫で、不意にバルドは思う。


“風なんて吹いていただろうか?”


 と。

 ゆっくりと瞼を開く。初めに、ゆっくりと歩み寄るレイバーストの姿が視界に映り、次に自らの手に握られた双牙へと視線が移る。そして、気付く。そこから風が吹いている事に。

 双牙の刃に刻まれた不規則な掘り込みが、風を生みバルドの頬を伝っていたのだ。

 その現象に口元に僅かな笑みを浮かべる。これは双牙からのメッセージなのだと、バルドは受け取った。


“まだ戦えるはずだ。ここで諦めるな”


 と、言う。

 そう言う非科学的な事を信じているわけじゃないが、バルドもそんな気分だった。

 ここで、死ぬわけには行かない。こんな所で死ねないと。

 力強く双牙を握り締めた。腹部に残る激痛に奥歯を噛み締め、ゆっくりと体を起す。腕が――、足が――、体が――こんなにも重い。何十キロもの鉛を体に巻きつけている様な気分だった。

 両肩を大きく上下させ呼吸を繰り返すバルドに、歩みを止めたレイバーストは不適に笑う。


「大人しく寝ていた方がよかったんじゃないか?」

「ふぅ……ふぅ……」


 呼吸を乱し表情を引き攣らせるバルドが、左手を持ち上げ、双牙を構える。震える右手を双牙に添え、痛みに耐えながらゆっくりと引く。弱々しく風が矢を形成する。激痛でこれ以上風を集める事が出来なかった。


「くっ……」

「ふはははっ。その程度の矢で、この体に傷をつけられるとでも思っているのか?」


 バルドもこの程度でレイバーストの体に傷をつけられるとは思っていなかった。それでも、これが今出来る最大限の力。その力を全てぶつける様に、レイバーストに放つ。だが、レイバーストはそれを避けようとせず、右拳を振り上げ迎え撃つ。


「この程度の威力、かわすまでも無い!」


 右拳が振り下ろされ、風の矢と衝突する。

 大きな破裂音。

 遅れて爆風が吹き、レイバーストの右腕が大きく弾かれた。


「くっ!」


 レイバーストは思わず目を閉じた。衝撃の凄まじさと、衝撃の瞬間に吹き荒れた爆風に。

 それは、額に現れた第三の目も同じだった。この目が閉じるその瞬間をバルドは待っていた。そして、既にこうなる事を予期していた様に、風の矢を形成し狙いを定めていた。


「いけっ!」


 右手が風の矢を放す。同時に、甲高い風音が両者の鼓膜を揺らす。レイバーストも気付いた。矢が放たれたと。すぐに開かれた第三の目。その視界に迫り来る矢が映し出された。しかも、第三の目に向って一直線に。瞬時に気付く。バルドの狙いが、自分の第三の目だと。


「くっ! ふざけるな!」


 巨体を強引に捻り、その矢をかわす。矢は甲高い風音を奏でながらレイバーストの顔の前を通過した。

 静かに体勢を戻すと、すぐにバルドへと歩み寄った。最後の手を外し、息も絶え絶えのバルドは、そのまま腰を落とす。


「はぁ……はぁ……」

「残念だったな。お前の策は中々だったが……この目の前では、無力。無意味。ふはははっ。大人しく死ね」


 重々しく右足を持ち上げたレイバーストは、そのままバルドの顔面を踏みつけた。上半身が瓦礫の中へと埋もれ、レイバーストの足も僅かに瓦礫の中へと沈んだ。

 何の抵抗もしないバルドに、レイバーストは静かに笑う。


「ふっ……もう、抵抗する力も無いか」


 ゆっくりと瓦礫に埋もれた足を持ち上げると、その穴に流れ込む様に瓦礫が崩れる。上半身が完全に瓦礫に埋もれたバルドの足を掴み、そのまま持ち上げた。


「楽に死ねると思うなよ」


 その言葉に薄らと瞼を開く。手から離れた双牙が地面に転がり、未だに風の音を奏でていた。


「シューシューうるさい奴だ」


 レイバーストの足が双牙を踏みつけると、双牙の柄が音を立て砕けた。刃だけを残して。砕けた柄を更に踏みつけ、粉々になるまで足の裏ですり潰す。


「ふはははっ! これで、もう二度と矢は撃てまい!」


 大声で笑うレイバーストに、バルドの口元が僅かに緩む。と、その時、遠くの方で突如として咆哮が轟く。


“グガアアアアアアッ!”


 と、周囲全ての空気を振動させる程の咆哮が。ピリピリと、伝わるその衝撃に、レイバーストは振り返る。


「な、何だ! 一体、何が起ってる!」


 振り返ると、その視線の先に荒れ狂う大きな化物オルーグの姿が映った。夜だと言うのに、映えるその純白の体ガ大きく揺れ、苦しむ様に遠吠えをあげる。何度も響く地響きと轟く咆哮。

 その様子に不適に笑ってみせるバルドは、静かに告げる。


「ふ……ふふっ……。貴様……風の矢……の……仕組みを……知ってるか……」


 掠れたバルドの言葉に、レイバーストは視線をバルドの方へと向けた。小刻みに両肩を揺らし、「ふふっ、ふふふっ」と、何度も笑う。この状況で、頭がおかしくなったのか、とレイバーストは顔を顰め、そのまま地面にバルドを叩きつける。

 瓦礫が粉砕し、バルドの体がバウンドする。僅かに血を吐き、そのまま動く事は無い。だが、すぐにバルドの笑い声がレイバーストの耳に届く。


「くっ! 貴様! 何がおかしい!」

「時期に……分かる……もう……お前に……勝ち目は……ない……」


 この状況下で、そんな事を言ってのけるバルドに、苛立つレイバーストは、拳を握り締めると、そのままバルドの体へと打ち下ろす。鈍い打撃音と、地面が砕ける音が周囲に轟き、バルドが大量の血を口から吐き出した。

 呼吸を乱すレイバースト。バルドの意味深な言葉に、僅かながら動揺していた。ただのハッタリなのか、それとも――。

 思案に入るレイバーストだが、すぐに異変に気付く。先ほどまで轟いていた咆哮が止み、地響きもなくなっている事に。そして、行き着く。バルドの言葉の真意と、オルーグが突然暴れだしたワケを。


「くっ! 貴様! そう言う事か!」


 すぐさま振り返ったレイバーストだが、時は既に遅かった。目の前に映る巨大な影。呻き声をあげながら、その巨大な体を揺らし舞う様に地を駆けるオルーグ。その右目からは血が涙の様に流れ、純白の毛を赤く染めていた。

 全てはバルドの策だった。あの時、レイバーストの紙一重でかわしたあの風の矢。あれは、元々レイバーストの額の目を狙ったのでは無く、初めからオルーグを狙った一撃。風の矢はその後、周囲の風を吸収し、威力を何倍にも膨れさせていたのだ。それが、オルーグの右目に突き刺さった。どれ程の距離を――どれ程の風を吸収したのか分からないが、その威力はオルーグが暴れまわる程。そして、その怒りの矛先は、矢の飛んできた方角に居たレイバーストとバルドの両者に向けられた。

 レイバーストは、逃げなくては――と、思い踏み込むが、それより先に届く。オルーグの右前足。鋭い爪がレイバーストの硬化した体を捉え、火花が散る。


「ぐぅ! うおおおおっ!」


 雄叫びを上げるレイバーストだが、その凄まじい一撃に体は投げ出され、続け様に振り下ろされた左前足が、レイバーストの体を地面へと押さえつける。地面に亀裂が走り、レイバーストの体が減り込む。爪と爪の間に体は固定され、もう逃げる事も出来ない。


「うぐっ……や、やめろ!」


 呻き声をあげ、そう叫ぶが、オルーグは聞く耳を持たず、


“グガアアアアッ!”


 と、自らの勝利を謳う様に遠吠えを響かせた。そして、大きな口が――鋭い牙が――レイバーストへ迫る。


「や、やめ――ぐああああっ!」


 悲鳴がこだまし、消えていった。骨の砕ける音が――硬化したレイバーストの体を引き裂く音が――周囲に嫌に響く。その光景に、バルドは背筋を凍らせる。オルーグが左足を退けると、そこに引き裂かれたレイバーストの下半身が残されていた。

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