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第137回 挑発

 壁に張り付き、屋上に開いた穴を見据えるエリオース。

 生暖かな夜風が、彼女の長い髪を撫で、その鼻に血生臭い匂いを届けた。

 嫌な顔一つ見せず、ただ一つため息を漏らしたエリオースは、その場を立ち去ろうと穴に背を向ける。


「全く……あの程度で最強の種族を名乗ってた何て、人の書く歴史なんて当てにならないわね」


 依然読んだ書物に書かれていたこの世界の歴史。最強の種族は炎血族だと言うそのデタラメな本の作者の名前を、思い出そうと、エリオースは右手の人差し指を額に当てる。


「誰だったかしら……どうでもいい事だから、すっかり忘れたわ」


 諦めた様に右手を振ると、ゆっくりと壁を歩き出す。と、突然背後で激しい爆音が響き、屋上に開いた穴から夜空を照らす赤い柱が上がった。

 その瞬間、眉間にシワを寄せるエリオースは、振り返り炎を吹くその穴をジッと見据える。そこに薄らと影が見え、火柱の中から髪を赤く染めたカインが姿を見せた。その姿を見るなり、嫌そうな顔を浮かべ、


「テメェ、まだ動けたのか。大人しく寝てりゃいいものを……あんた、そんなに死にたいの?」

「はぁ…はぁ……」


 息を切らせふら付くと、髪の色がまた金髪へと戻る。だが、今回はいつもと違う。何故か毛先だけがわずかに赤みをおびていた。そんな事など全く気付かないエリオースは、カインの方へと向き直ると、ため息混じりな声で言い放つ。


「そんな体で私に勝てると思ってるの? 正直、あんたとの戦いはつまらないわ。私には、まだ魔獣化だって残ってるのよ」

「なら……してみろよ……魔、獣化、ってのを……」


 途切れ途切れの声に、エリオースが苦笑する。


「あんた、よっぽどバカみたいね。それとも、血が回らなくて、頭がおかしくなったのかしら?」


 自らの頭を指差し、そう言い笑うエリオースに、ふら付きながらもカインは口元に不適な笑みを浮かべ、


「今の、あんたじゃ……役不足、って、言ってん、だよ」


 普段と違うその口調。何処か自信に満ち溢れたその言動。それが、更にエリオースを苛立てる。


「バカにするのも対外にしなさいよ! いいわ。なら、あんたが望む通り、魔獣化して、跡形も無く消してあげるわ!」


 易い挑発だとは分かっていたが、エリオースはその挑発に乗った。

 ふら付くカインの目の前で、エリオースの体が形を変える。皮膚を裂き四本の腕が突き出し、体も蜘蛛の様に変貌していく。その変貌していく様を見据えるカインは、静かに息を吐き、青天暁を握る手に力を込める。


「さぁ……行くよ……もう一人の僕……」


 小声で呟き、瞼を閉じる。わずかな風が髪を撫でた後、静まり返った。何かを告げる様に。

 静まり返ったその場に、魔獣化を終えたエリオースが一瞬で糸を張り巡らす。縦横無尽に張り巡らされた糸を伝い、カインの真上へ移動したエリオースは、不適な笑い声を発する。


「くっくっくっ。あんたは、もう蜘蛛の巣に掛かった蝶よ」


 高らかに笑うエリオースが、口から大量の糸をカイン目掛けて吐き出す。その糸を上体を反らしただけでかわすと、そのままヨロヨロと後方へよろめき、静かに青天暁を構えた。


「チッ……外したか。だが、次は外さない!」


 もう一度口から糸を吐く。と、同時にカインが構えた青天暁を振り抜いた。


「忘れたのかい? 私の糸はお前の剣じゃ切れないって事を」


 不適に笑うエリオースの言葉通り、糸は青天暁に巻き付き、その刃を覆う。俯き、静かに息を吐くと、


「なら……」


 ボソッと呟くと、青天暁を覆っていた糸が燃え上がる。


「燃やせばいい」


 火の明かりがカインの顔を僅かに照らし消滅した。少量の灰だけを残して。


「どう言う事だ! キサマ!」


 突然怒声を響かせるエリオースに、カインは顔を静かに上げた。後方によろめきながらも、エリオースの顔をジッと見据える。そのカインとエリオースの視線が交わり、カインが微笑む。


「何を、そんなに……怒鳴ってる、んだい……。僕は、炎血、族だよ……燃やせて、当然だよ」


 得意げにそう言うカインに、エリオースは更に声を荒げ、


「キサマが炎血族だと言うのは知ってる! 何故、髪の色が変わらない! 炎血族は、炎を使う時、髪の色が赤くなるはずだ!」

「何……それ」

「くっ! キサマ!」


 よろめきながらも、とぼけた様なカインの口振りに、エリオースは鼻筋にシワを寄せ、その長い黒髪を振り乱し、発狂する。


「ふざけるなぁぁぁぁぁっ!」


 叫び、糸を次々と放つ。狙いなどは無く、ただガムシャラに放ち続ける。床に、壁に、張り巡らされた糸に、次々と糸が張り付く。やがて、カインの体も糸で埋め尽くされた。

 粘着性のある糸で山盛りになったカインの姿に、ようやくエリオースの糸も止み、ゆっくりと地上へと降り立つ。


「はぁ…はぁ……これだけやれば――!」


 驚き後ずさる。白い糸が真っ赤な輝きを放つと、炎が噴出す。紅蓮の灯火が糸を次々と焼き払い灰だけが空を舞った。大きく肩を揺らし苦しそうな表情を浮かべるカインは、左手を膝に置きながらもジッと視線だけはエリオースの方へと向ける。

 そのカインの視線に、更に後ずさるエリオースは、もう一度口から糸を吐く。だが、それをカインは上体を反らしただけでかわすと、青天暁の切っ先をエリオースの方へと向ける。


「さぁ……どうする?」

「くふふふっ。何、勝ち誇ってんのよ。あんた、忘れたんじゃないわよね。幾ら、私の糸を燃やせても……。その炎は、私に届かないって事」


 何か不安を感じながらも、そう叫ぶエリオースに、カインも静かに笑う。


「ふふふっ……炎が、届かない? ……なら」

「――ッ!」


 ふら付いていたカインが突然、エリオースへと突っ込んでくる。その思わぬ行動に驚きその場を飛び退くが、それよりも早くカインがふところに入った。一瞬、両者の視線がぶつかり、刹那に鮮血と共に切っ先が空へと向けられた。真下からの一撃に上半身が大きく仰け反り、その胸には左脇腹から入った刃の痕が右肩へと残される。血が吹き出、床へと背中から崩れた。すぐさまその場から離れたカインは、深い呼吸を繰り返しながら、エリオースの姿を見据える。

 仰向けに倒れたまま動かない。魔獣人がこの程度で死ぬわけが無いと、カインはジッと視線だけを向ける。

 静かな時間だけが過ぎ、エリオースの体がゆっくりと起き上がった。胸の傷から血を流しながら。口角から僅かながら血を流すエリオースは、右手で胸の傷に触れ、自らの血が付着したその手を見る。


「くっ……キサマ……よくも……」


 その手を振るわせるエリオース。思わぬ一撃を浴びた事に怒り、体に刻まれたその消えぬ傷に、更に怒る。怒りに狂った表情にカインは苦笑しながらも、青天暁を握る手に力を込める。


「流石に……やばいかも……」


 肩で息をするカインがボソッと呟く。

 ヒシヒシと伝わる緊張感。

 張り巡らされた糸が風に揺れ、エリオースが静かに視線をカインの方へ向けた。


「ウオオオオオオッ!」


 突然の雄叫び。

 脆くなった床が軋み崩壊が始まった。

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