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第134回 全力の一撃

 黒刀が一閃される。

 風を――。

 空気を――。

 飛び散る鮮血。

 轟く呻き声が、全ての音を掻き消す。


「グオオオオッ!」

「黒刀一閃。黒鷲……」


 そう呟き、振り抜いた黒刀・カラスを下ろすと、ゴトリと背後に腕が落ちた。切り口から血が地面へと流れ広がる。

 活性化が薄れ、ふら付くワノールは、黒刀・烏を地面に突き立てると、そのまま右膝を地面に着いた。


「がはっ……ぐふっ……」


 突如吐血し、黒刀・烏の柄から手が離れる。その場に蹲り苦しそうに胸を押さえるワノール。活性化の副作用が体中を襲う。鼓動が早まり、心臓を潰されてしまうんじゃないかと思う程締め付けられる。

 苦しむワノールの背後で、勢いよく炎が吹く。


「グオオオオッ! キサマァァァァァッ!」


 ガゼルの雄叫び。

 大気が僅かに震動し、突風が周囲の炎を揺らす。衝撃に、蹲っていたワノールはゆっくりと立ち上がり、柄を手に取る。手が震え、膝が震える。もう力は入らない。それでも、振り向き、ガゼルを睨む。

 怒り狂うガゼルが、裂かれた右腕を振り回し、血を周囲に散布する。その血が発火し周囲を更に炎が包み込む。


「ハァ…グフッ……」


 もう一度吐血するワノールが、膝を落とした。やはり、もう限界だった。吐き出された血が、ドボドボと地面に落ちる。額から溢れる大粒の汗が、その血の上にシトシトと落ちた。


「コロス! コロォォォォス!」


 ガゼルが声を荒げると、周囲を包む炎が一層大きく膨れ上がり、中の酸素を急激に奪う。意識がもうろうとし、限界の来たワノールの耳に、一つの足音が届いた。軽く風を蹴る様な足音。その足音に、ニッと笑うと、


「お、遅い……ぞ」


 と、呟き倒れこんだ。遅れて突風が吹き、爆音と同時に炎が宙を舞った。

 砕石が炎を纏い地面へと降り注ぐ。その向こう側に佇むウィンス。右肩から入った傷は粗く手当てされ出血は止まっていた。右手に握った牙狼丸の刃が炎の光りを浴び、オレンジ色に輝く。


「毒が、はぁ…はぁ……消えるまで、はぁ、時間が掛かった……」

「そう……か」

「まだくたばんなよ。あんな化けもん、俺一人の力でトドメまで刺せないからな」

「少し……休むだけだ……」


 ワノールがゆっくりと瞼を閉じると、ウィンスはその上を飛び越え、ガゼルの前へと歩み出る。

 ウィンスの姿にガゼルが静かに笑う。


「ククククッ……キサマデ、俺ノ相手ガ勤マルト思――」


 ガゼルの言葉が止まり、金属音が響く。左手の爪と牙狼丸が激しくぶつかり合う。


「黙ってろよ。舌噛むぞ」


 ウィンスがガゼルを睨み付け、バックステップでその場を離れ、牙狼丸の切っ先で地面を抉り土煙を巻き上げる。舞い上がる土煙が、ウィンスが発する風により渦巻く。

 鼻筋にシワを寄せ、怒りをあらわにするガゼルは、血をばら撒きながらウィンスへと直進する。左手の爪が地面を抉り後塵を巻き上げ、撒き散らした血が次々と燃え上がる。

 息を吐き、牙狼丸を構え直したウィンスは、向かい来るガゼルを見据え、足の裏に集めた風を爆発させた。爆音と共に吹き荒れる爆風が土煙を巻き上げる。後塵を巻き上げ、一気にガゼルへと迫るウィンス。両者がほぼ同時に攻撃動作に移り、ほぼ同時に互いに攻撃を仕掛けた。

 スピードでは完全にガゼルを上回るウィンスは、土煙を巻き上げ向って来る爪を避け、牙狼丸で脇腹を切りつけ、ガゼルの振り抜いた左腕は空を切り、風だけがウィンスに届いた。


「グッ……」


 脇腹を斬り付けられ、僅かに表情を歪める。一方で、ウィンスは切り込みが浅かった事を悔い表情を顰めた。

 すぐさま距離を置き、牙狼丸を構えなおし、ガゼルの方へ体を向ける。


「ったく、リーチが違い過ぎるか……あと、もう少し懐に入らねぇと……」


 足の裏へと風を集めながら、次の一撃に備える。

 ゆっくりと振り返るガゼルが、静かに息を吐き出す。周囲の熱に額から汗をこぼすウィンスは、そのガゼルを見据える。


「コロス……コロス! コロォォォォォス!


 ガゼルが雄叫びを上げると、周囲の炎がより一層激しく燃え上がる。


「流石に、これだけ熱いと、体力の消耗が激しいか……」

「コロォォォォォス!」


 ガゼルがウィンスへと突っ込む。そのスピードは今まで以上の速度で、ウィンスの反応が僅かに遅れた。


「くっ!」


 重い一撃がウィンスを襲う。反射的に牙狼丸で刃を受け止めたが、衝撃が牙狼丸もろともウィンスの体を弾き飛ばした。ウィンスの体が数メートル程地面を抉った。

 衝撃の凄まじさに、蹲ったまま動かない。一撃でジャガラに受けた傷が開き血が滲む。


「ぐふっ……」


 数十秒の間を空け動き出したウィンスは、口から血を吐くと、口元の血を左腕で拭いゆっくりと立ち上がる。一撃で足元はふら付いていた。油断したわけじゃない。この周囲の炎の熱により、ウィンスの集中力が失われていたのだ。


「くっ……あの野郎……ガハッ、ガハッ……」


 何度か血を吐き、ゆっくりと牙狼丸を構える。足元がふら付く所為で、上手く足の裏に風を集める事が出来ない。膝がガクガクと震え、それを抑えようと左手を付いた。


「くっそ……ふざけんな……」


 左手で何度も太股を叩く。だが、一向に震えは止まらなかった。


「あの程度で……」

「クククッ! コレデ、終ワリダ!」


 ガゼルがウィンスへと突っ込む。その時、ウィンスはガゼルの背後にワノールの姿を見た。黒刀・烏を構え、腰を落としたその姿を。口元に笑みを浮かべたウィンスは、


「ふはっ……そう言う事か……じゃあ、これで決めるぞ」


 まだ震える膝に力を込め、牙狼丸を頭上高く構える。風が牙狼丸の刃へと集まり、甲高い音を響かせる。迫り来るガゼルが拳を振り上げるのを見届け、摺り足で右足を半歩前に踏み込む。目でワノールに合図を送ると、ワノールも僅かに頷き、右足を一歩踏み込む。


「いくぞ! ちゃんと決めろよ!」

「シネェェェェッ!」


 ガゼルが振り上げた拳を振り下ろすのとほぼ同時に、ウィンスとワノールの二人が柄を握る手に力を込め、


「神風!」

「黒刀一閃!」


 二人の声が重なり、


「一陣!」

「黒鷲!」


 ウィンスは牙狼丸を振り下ろし、ワノールは腰の位置から横一線に黒刀・烏を振り抜く。

 振り下ろされた牙狼丸の刃が、ガゼルの拳とぶつかり、背中をワノールの放った漆黒の斬撃が襲う。高音の甲高い音を響かせる牙狼丸の刃が、血飛沫を上げながらガゼルの拳を裂き、漆黒の斬撃は背骨もろともガゼルの体を引き裂く。


「グオオオオオッ!」


 悲鳴の様な声を上げ、大量の血を口から吐き出す。


「ぐおっ! あのバカ!」


 ガゼルの体を引き裂いた漆黒の斬撃は勢いをそのままに、牙狼丸の刃に衝突する。凄まじい衝撃が、ウィンスの両肩に乗り、均等した二人の力がぶつかり合い、凄まじい爆発を起こす。その爆発でウィンスの体は軽々と宙へと投げ出された。


「ぐあっ!」


 地面に叩きつけられる。ウィンスの手から離れた牙狼丸は回転し地面へと突き刺さり、黒鷲を放ったワノールは、力尽きその場に倒れた。その二人の間には、ガゼルの血だけが散乱し、その姿は跡形も無く消し飛んだ様だ。

 大の字に倒れ、空を見上げるウィンスは、荒い呼吸を繰り返しながら、静かに笑った。その声に、ワノールは、渋い表情を浮かべる。もう立ち上がる力も残っていない。文句を言う力も無かった。

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