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第133回 烈鬼族の力

 吹き荒れる突風が、黒髪を激しく乱す。

 眼帯に触れた手をゆっくりと下ろし、小さく息を吐く。

 意識を集中し、静かに黒刀・カラスの柄を握り締める。

 左目で見据えるのは突風の中心で高らかに笑う化物。変わり果てたその姿に、哀れみの視線を向け、右足を摺り足で前に出す。

 後ろで蹲るカルールは、そんなワノールの背中を見据えながら痛みの走る体を起した。


「お前、何する……つもりだ? お前も毒が――」


 カルールの言葉をワノールは遮った。何も言わず自らが放つ威圧感で。

 押し黙るカルールを背に、ワノールは更に一歩踏み込み、黒刀・烏を腰の高さで構え、体勢を低く落とす。


「すまん。ウール。コレは、もう使わないと約束だったが、今日、この瞬間、破らせてもらう」


 静かに妻との誓いを破る事を謝罪し、瞼を閉じる。そして、ゆっくりと息を吐き出す。体中の傷が癒え、体を包む様に白煙が上がり始めた。体中に回った毒が浄化され、痺れが消える。

 体内の血が――細胞が――活性化されていく。

 自らの体が活性化されていくのを感じ、ワノールはゆっくりと瞼を開けた。視界に映るのは一体の化物。その化物がようやくワノールの変化に気付く。


「貴様、マダ、俺ト戦ウ気カ!」


 まるで自分にはどう足掻いても勝てないと、言いたげな化物に対し、ワノールは静かに笑うと、右足を踏み込み一気に地を駆ける。


「クッ――!」


 それに遅れガゼルが爆音を響かせ走り出す。だが、その瞬間、ガゼルの体は衝撃を受け後方へと弾かれた。ガゼルが動き出したその瞬間、既にワノールが懐に入り、一太刀浴びせられていたのだ。

 弾かれたガゼルはビルの壁を破壊し、瓦礫が体を覆う。その体には右肩から左脇腹へ掛けて一本の赤い線が引かれ、薄らと血が滲んでいた。

 傷は浅くそれ程まで出血はしていないが、ガゼルにそれは屈辱だった。もう誰も傷付ける事が出来ない程、自分は強く変化したと自負していたからだ。

 体を起し不適に笑う。散乱する瓦礫を右手で握り締め粉々に砕くと、その場で雄叫びを上げる。


「貴様ァァァァァァッ!」


 凄まじい衝撃が周囲を襲うが、ワノールは何事も無かった様にその場に立ち尽くし、ガゼルを目視する。活性化により強化された肉体が、ワノールの全ての身体能力を何倍も増幅させていた。

 だが、しかし、その活性化もワノールには諸刃の剣。活性化とはいわばリミットを外したに過ぎない。自らの体の限界点を越えた力を使えば、肉体はおのずと蝕まれ壊れる。それを知っていたからこそ、ウールはこの力を使う事を禁止したのだ。

 ワノール自身も自らの体が後どれ位この力に耐え切れるのか、はっきりと分からず焦っていた。だからこそ、自ら先に攻めに転じたのだ。初手の一撃は体勢が悪く傷が浅かった。もう少し早く振り切っていればと、後悔していた。

 雄叫びが止み、ガゼルが立ち上がる。踏み締めた瓦礫が音を立て粉砕され、ガゼルの鋭い目がジッをワノールを威嚇する。


「貴様。俺ニ傷ヲ付ケタ事ヲ後悔シロ」

「ああ。後悔してるさ。もう少し深く切り込んでいれば良かったとな」


 落ち着いた物腰のワノールに、ガゼルの怒りは更に増幅され、それを爆発させる様に勢いよく地を蹴る。爆音を響かせ、衝撃を広げ、土煙を巻き上げ、地を駆けるガゼルに対し、静かに腰を落とし黒刀・烏を構えるワノール。

 静と動。まるで正反対の二人の一撃が交錯し、一層大きな衝撃が周囲の全ての建物を吹き飛ばす。それは、カルールやケイス、ウィンスも例外ではない。カルールは解毒剤のビンを守る様に地面を転がり、ケイスは大剣を地面に刺しギリギリの所で衝撃に耐える。だが、毒で動けないウィンスの体は空を舞い、地面へと叩きつけられた。


「ぐぅ……カッ……」


 吐血するが、毒の所為で声をあげる事も出来ず、その場でただもがいていた。

 地面を転がっていたカルールも、その身を壁にぶつけ動きを止め、苦痛に表情を歪める。上半身を起き上がらせ、辺りを見回し、ウィンスの姿を探す。


「くっ……何処にいやがんだ……」


 壁を伝い立ち上がると、そのまま背中を預け、肩でゆっくりと息をする。擦り傷で血塗れになりながらも、壁を伝いながら歩き出す。幾度も吹き荒れる突風が、崩れやすくなった壁を幾度も軋ませる。ワノールとガゼルの両者の攻防が激しくなっている証拠だった。

 やっとの思いで角まで移動したカルールは、その視界にケイスの姿を目視し、叫ぶ。


「ケイス! お前、動けるか!」

「先輩よりは……」


 振り向かずにそう返答すると、カルールは解毒剤の入った小瓶を見せ、


「お前、あのウィンスとか言うガキにこの解毒剤を飲ませて来い!」

「……わ、分かりました」


 間の空いた返答に、違和感を感じ首を傾げる。


「お前、何処か傷めてるのか?」

「いえ……大丈夫……ですよ」

「……お、お前、まさか、毒!」


 カルールは、ジャガラがケイスに初手の一撃を思い出し怒鳴る。もし、あのナイフに毒が盛られていたなら、ケイスの体内には毒が回っているだろう。今、ああやって立っているだけでも不思議な位だ。

 小さく「アハハ」と笑うケイスに、引き攣った表情を見せるカルールは、


「てーめぇー! 笑い事じゃないだろ! とっとと解毒剤飲め!」


 力強く解毒剤の入った小瓶を投げる。それを右手で受けようとするが、その手をすり抜け、小瓶はケイスの額に直撃し地面に落ちた。僅かにふら付きながら、その小瓶を拾うと、フタを開け数滴液体を飲んだ。

 効果がすぐにあらわれるわけでは無いが、何処と無く気分が楽になった。小さく息を吐くと、大剣の柄から手を離し、ふら付きながら歩き出す。まだ毒は完全に抜けきってないが、今は自分の身よりも現状を打破する為にウィンスの毒を消す事が大切だと判断したのだ。

 ふら付くケイスの姿にカルールはゆっくりと腰を落とし、


「後は任せたぞ……」


 と、小さく呟き息を吐いた。



 幾度目かの衝突。

 激しく広がる衝撃。

 僅かに飛び散る鮮血が周囲に血痕を残す。

 両者が距離を取り、次の一撃に備え身構える。

 黒刀・烏を下段に構え、荒い呼吸を繰り返すワノール。活性化してから約十分弱。体は限界だった。反応速度も力も全てが低下し始め、手足の感覚も徐々に失われていた。


「はぁ…はぁ……うぐっ」

「呼吸ガ荒イナ」


 不適な笑みを浮かべるガゼル。右拳から零れ落ちる血液。幾度と無くワノールの太刀を受けた為だ。手の甲から突き出ていた鋭い爪は一度目の衝突の時に、砕かれそれ以降は拳で受けるしかなかった。だが、コレは炎血族であるガゼルの望んだ結果だった。


「クククッ……俺ノ血ハヨク燃エル!」

「――!」


 そこで、ワノールも気付く。周囲に散ばったガゼルの血に。しまった、と思うより先に、ガゼルの口元が緩み、爆音と共にガゼルの血が燃え上がる。燃え上がる炎が黒煙を漂わせ、二人を包み込む。左手で口と鼻を覆うワノールは、眉間にシワを寄せる。

 大手を広げ高笑いするガゼル。自分が有利な状況に立てた事が、それ程嬉しかったのだ。

 優越感に浸るガゼルに対し、体の限界を感じるワノールは、奥歯を噛み締めると右足を踏み込む。腰の位置に構えた黒刀・烏に、今残された力の全てを注ぐ。この状況で長く戦うのは無理だと判断したのだ。

 息を吐き、踏み込んだ右足に重心を移動し、地を蹴った。

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