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第131回 ルール

 二つの足音。軽快で素早い。

 遅れて金属音が響き、衝撃が広がる。土煙が次々と舞い上がり、衝撃で建物が崩壊する。

 土煙から飛び出す、細長い影と小さな影。その二つが幾度となく刃を交える。火花が散り、二人が同時に距離を取った。

 着地の瞬間に足元に土煙が舞い、落としていた腰をゆっくりと上げる。


「クッ……魔獣人ってのは、どいつもこいつも、一筋縄じゃいかないか」


 背筋を伸ばし、腰を捻るウィンス。腰の骨がボキボキと音を起てた。

 そのウィンスと対峙するジャガラは、物静かにその様子を窺う。

 ウィンスの短いの黒髪を優しく風が撫でる。肌で風を感じ、静かに笑みを浮かべた。


「久しぶりな感じだぜ。こんなにも、良い風を感じるのは」

「……風牙族か。風牙族と戦うのは、実に楽しい」


 ジャガラも不適に笑みを浮かべる。

 その言葉にウィンスの右の眉がピクッと僅かに動いた。今の言葉で不意に姉の婚約者だった男の顔が脳裏に浮かんだ。


「……お前、風牙族と戦った事があるのか?」

「ああ。過去に二度な」

「そうか……二度……」

「一度目は十年前、二度目は二年前。どちらも引き分けで終わったが、今回は決着を着けねばならないな」

「ああ。俺が決着を着けなきゃならないみたいだな」


 ウィンスも悟った。ジャガラの言う風牙族との二度の戦いの相手が誰なのか。一度目はウィンスの父、二度目は義兄アルート。どちらもジャガラとほぼ互角の力。ならば、ウィンスは越えねばならない。それが、父と義兄を越える事に繋がるからだ。

 そのウィンスの表情にジャガラも静かに笑う。


「さぁ、お前の力があの二人と同等か、それとも、それを越えるのか、俺に見せてみろ」

「ああ。お前を倒して、親父とアルートを越える」


 ウィンスの言葉にジャガラが不適に笑みを浮かべると、その瞬間に姿が消える。数秒後、風が土煙を舞い上げ鋭くジャガラのナイフが大気を一閃する。後方に飛び退いたウィンスの目の前をナイフの切っ先が通り過ぎた。

 それを完全に見送り、引いた足に力を込め一気に前傾姿勢でジャガラの懐へと潜り込む。だが、ジャガラはそれを狙っていたかの様に振り抜いたナイフを逆手に持ち替え、振り下ろす様に真横に振る。


「クッ!」


 単音の声を発し、一気にバックステップで距離を取る。ナイフが空を切り、二人の間に距離が出来た。

 静かに息を吐くウィンスに、ジャガラはゆっくりとナイフを持ち直し、


「ふむっ……。スピードは、あの二人以上か……。その若さで……天賦の才と言う奴か」

「本気じゃない、お前にそう言われても全然嬉しくないけどな」

「ふっ……。俺は、常に本気だ。どんな奴と戦う時も」


 長い髪を左手で掻き揚げ笑みを浮かべる。魔獣化もしていないのに、本気だと言われ正直腹が立った。親父や義兄を越える為には、本気とジャガラと戦わなければ意味が無いからだ。

 苛立ちがあったが、ウィンスはそれを押さえ、ギュッと牙狼丸の柄を握り締めた。怒りに捕らわれれば、あの二人を越えられないと、理解していたからだ。

 強い意志を宿した眼差しに、ジャガラは笑う。これこそ、自分が求めてい相手だと。

 両者が間合いを取るようにジリジリと足を動かす。僅かに土煙が舞い、両者の呼吸が静かに聞こえる。周囲を流れる風がピタリと止み、ウィンスが右足へと体重を乗せた。その瞬間、破裂音が響きウィンスが低い体勢でジャガラとの間合いを詰める。破裂音が響く度土煙と砕石が舞う。

 自らの間合いへと迫るウィンスに、ジャガラは不適に笑みを浮かべると、右手に持った大型のナイフを一閃した。


「くっ!」


 その一太刀で、間合いに飛び込もうとしていたウィンスは、スピードを一瞬で殺し後方へと飛び退いた。


「このスピードじゃダメか……」

「ふふふっ……。さぁ、どうする? その程度のスピードなら――」


 突然、ウィンスの視界からジャガラが消え、


「俺には届かない」


 と、背後から声がする。驚き振り返ると、その首筋にナイフの切っ先が向けられた。何が起こったかを考えるよりも先に、こんなに素早い奴に父と義兄は互角に渡り合っていたと言う事を嬉しく思った。それと同時に、その越えなければならない壁の大きさを再認識し、何故だが笑いが込み上げた。


「フフ……ふはははっ! あんた、ホント、強いな。魔獣化しないで、それだけの強さだなんて」

「魔獣化? 悪いが、魔獣化などするつもりは毛頭無い」

「なっ! てめぇ! どんな相手にも全力を出すんじゃなかったのか!」


 ジャガラの言葉に怒鳴ると、首筋に向けられていたナイフがゆっくりと降ろされ、


「俺はいつでも全力だ。そして、コレは俺の、俺自身へのルールだ。魔獣などと言うモノの力を使わず、自らの力のみで、相手と戦うと言う事が。化物になって、相手を圧倒した所で、何が楽しい? 戦いとはギリギリの死闘だからこそ、楽しいものだ」


 長々と静かな口調でそう述べたジャガラは、もう一度ウィンスの前から姿を消すと、前方数十メートルの所まで距離をとると、大型ナイフを構え直し、


「さぁ、俺の言い分が分かったなら、続きを始めよう」


 長い黒髪を揺らすジャガラに、ウィンスも静かに笑みを浮かべ、牙狼丸を構え、


「ああ。再開しようじゃねぇか。今度は、簡単に裏を――」


 ウィンスがそこまで言った時、視線の先にジャガラがいない事に気付く。と、同時に体を反転させ、勢いそのままに牙狼丸を横一線に振る。ガキッと、鈍い金属音が響き、後方に飛び退き距離を取った。


「くっ!」

「いい反応だ」

「話してる途中で攻撃してくるって言うのはどうなんだ?」


 嫌味っぽくそう言うと、それを鼻で笑い、


「喋るのは構わない。だが、戦う相手に、喋り終わるまで攻撃しちゃ行けないと言うルールは無い。と、言うより、互いに命を奪い合うと言うのに、それを卑怯とは言わないだろ? 俺は全力で行くと、初めから宣言しているのだから」

「よく喋るな……あんたも!」


 体重を右足に乗せ、地を蹴る。破裂音が響き、土煙が舞う。小柄な体を寄り一層小さく見せるかの様に、低い体勢でジャガラへと迫り、地を抉りながら牙狼丸を真上へ振り抜く。土煙に包まれ刃は見えないはずだったが、ジャガラは体を右後ろへと傾け刃をかわした。


「くっ!」


 刃をかわされると、ウィンスはすぐに距離を取る。その動きを見据え、ジャガラは少々残念そうな表情を見せた。


「まさか、コレが限界か?」

「うっせぇーよ。まだまだ加速するぜ!」


 強気な態度でそう述べるウィンスは、もう一度右足に体重を乗せ、足の裏に風を集める。


「また、それか? 随分と単調だな」


 ウィンスの動きを見て、ボソリと呟く。

 もちろん、ウィンスの耳にもその声は届いた。だが、それを無視して、ウィンスは地を蹴る。破裂音と共に砕石と土煙を巻き上げウィンスが姿を消す。

 先ほどよりもスピードが上がった。徐々にウィンスの調子が上がってきてる。そう感じ取ったジャガラは腰を落とすと、大型ナイフを腰の位置で構え、


「さぁ、来い。俺のスピードをお前が上回るか、全てを一瞬で終わらせてやろう」


 そう言うと、ジャガラは俯き長い髪が顔を覆う。異様な空気を感じながらもジャガラの周囲を駆け、加速していくウィンス。地を蹴る度に破裂音が響き、砕石と土煙が舞う。それは次第に周囲を囲い、視界を狭めていく。

 それでも、ジャガラは俯き腰の位置でナイフを構えたまま動こうとしない。

 十分に加速をつけたウィンスは、続けて意識を牙狼丸に集中する。風が刃を包み、大気を裂きながら更に加速していく。刃が大気を切り高音の耳障りな音を起こす。


「牙狼丸! 見てろ! コレが、俺の――」

「――っ!」


 スピードに乗ったまま、ウィンスは正面から牙狼丸を右中段に構え突っ込む。それにあわせる様にジャガラも顔を上げる。顔を覆っていた長い黒髪が宙へと舞い上がり、鋭い眼差しを向けた。互いの視線が交わったのは一瞬。

 そして、衝撃と澄んだ金属音だけを周囲へ残し、二人は動きを止めた。

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