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第130回 望まぬ力

 大量の血が瓦礫の上に散乱していた。

 崩れ落ちる様に地面に這い蹲るガゼル。魔獣化したその右拳が裂かれ、血が溢れていた。


「クッ……バカな……。俺が……こんな奴に……」


 呼吸を乱すガゼルに、ウィンスは静かに牙狼丸の切っ先を向ける。


「残念だよ。この程度とはな……」

「テメェ……一体……」


 ウィンスを見上げ、そう呟いたガゼルを鼻で笑い、


「我は、永き眠りから覚めた。銀狼の意思」

「銀狼……だと? アレは、単なる伝説……存在など……」

「下等な生物だ。目の前の現実すら信じられないとは……時代は荒んだらしいな」


 頭を左右に振り、ため息を漏らすウィンス。バカにしたようなその態度に、ガゼルは唇を噛み締める。

 その時、ビルの壁を破り、瓦礫の山へと何かが突っ込んだ。激しい爆風と土煙が周囲を包み、ウィンスとガゼルをも包み込んだ。だが、それを、ウィンスは牙狼丸で一刀両断する。土煙が二つに裂け、風が土煙を吹き飛ばす。

 土煙が晴れると、ウィンスは目の前に居たはずのガゼルが居なくなっている事に気付いた。


「逃げた……わけは無いか……」

「くっ……」


 瓦礫が崩れ、その中から傷だらけのワノールが姿を見せた。


「はぁ…はぁ……」

「…………」


 不意に二人の視線が合う。息を切らすワノールに対し、表情一つ変えないウィンス。そのウィンスの変化に、すぐに気付いた、だから、毒が体を蝕んでいる中で、ウィンスの方へとゆっくり足を進め、


「お前……誰だ? ウィンスは……どうした?」

「ウィンス? そうか。この体の持ち主か。今は、心の奥底で寝ている」

「なら、とっとと、その体をウィンスに返せ」


 ワノールははっきりとした言葉でそう告げる。

 不適に笑みを浮かべるウィンスは、ゆっくりと大手を広げると、


「残念だが、この体の持ち主では、奴等に勝てん。それ所か、間違いなく死ぬ。だから、力を貸してるにすぎん」

「お前の力なんて必要ない……。そう言ったのが分からないのか?」


 静かにそう述べたワノールは、呼吸を乱しながら、ウィンスの肩を掴んだ。


「いいか……アイツは強い。お前の力など借りなくても……」

「何を言うかと思えば……」

「アイツには守るモノがある。守るべき人が居る……だからこそ、人は強くなれる」

「想い、願うだけでは強くはなれん。分かるだろ? 力が無ければ、誰も守る事など出来ないと? 貴様も感じて来たはずだ」


 ウィンスの言葉にワノールは静かに笑う。


「何がおかしい?」

「力が無ければ何も守れないかもしれない……。だから、人は強くなろうとする。ウィンス。お前もそうだったはずだ? そんなわけの分からない奴の力を借りて、本当に大切なモノを守れるのか?」


 その言葉に、ウィンスが表情を顰め、左手で額を押さえる。


「くっ……貴様……」


 突然苦しみ出すウィンスは、息を荒げ、ワノールを睨み付けた。


「ぐっ……邪魔を……する……な!」


 ウィンスは牙狼丸を振り上げると、それを一気に振り下ろす。が、刃はワノールに触れる前にピタリと止まった。


「はぁ…はぁ……テメェ、こそ、俺の邪魔してんじゃねぇよ!」


 口調が変わり、ワノールに向けていた牙狼丸を地面へと突き刺した。

 ウィンスの意識が戻ったのだ。その光景に苦しみながらも静かに笑ったワノールは、


「戻ったみたいだな……」


 と、呟く。その言葉に笑みを浮かべるウィンスは、


「当たり前だ。俺を誰だと思ってんだ。俺は、あんな力望まねぇ!」

『くくくっ……そうか……力を望まないから……後悔するぞ! 我の力を拒んだ事を!』


 地面に突き刺さった牙狼丸からそう声が流れ、突風が渦巻く。

 風に煽られ靡く髪。吹き荒れる土煙と砕石。静かにそれを見据えるウィンスは、ゆっくりと牙狼丸の柄を握り締めた。


「俺は、お前の力で、大切なモノを失った。掛替えの無いモノを……だから、お前の力は必要無い! お前の力など借りなくても、俺は大切なモノを守れるとお前に証明してやる!」


 そう叫び、牙狼丸を地面から引き抜く。その瞬間、突風は止み、土煙を一瞬で掻き消す。



「くふっ……かはっ……くそっ! ふざけるな! 俺が、あんな奴に!」


 憤怒するガゼル。裂かれた右拳を何度も地面へと打ちつけ、血飛沫が何度も舞う。

 血で染まった土。自らの血で顔を赤く染め、自らの血で拳を赤く染める。

 ガゼルのそんな姿を見据えるジャガラは、持っていた大型のナイフを地面へと突き立て、静かに息を吐いた。特に何かをするわけでもなく、ただ息を吐きだし、柄頭に肘を置き地面を叩き怒るガゼルを見据える。

 時折、ウィンスとワノールの方に目を向け様子を窺い、時折、ケイスとカルールを威嚇する。ジャガラ本人は威嚇しているつもりでは無いが、ケイスとカルールにはそう感じていた。

 それだけの威圧感があったのだ。


「くっそ……。ウチ等じゃ足手まといってか……」

「仕方無い事です。それより、治療の方をしてもらえませんか? 体が麻痺してきました……」

「あっ。わりぃ。今、傷薬切らしてて、唾つけときゃ治るかな?」

「治りませんよ。と、言うか、汚いです」


 不服そうにケイスは睨み、カルールは苦笑する。

 風が止み。辺りが急に静けさに包まれる。ガゼルもようやく地面を叩くのを止め、静かに息を吐きながら、ゆっくりと顔を上げた。


「殺す……。絶対に――あのガキを!」


 目の色を真っ赤に染めたガゼルに、ジャガラは静かに地面に突き立てたナイフを抜き、


「残念だが、あのガキは俺がやる」

「はぁ? ……っざけるな! あいつは、俺の獲物だ! それに、お前の相手は、あの眼帯の方だろ!」

「アレはダメだ。俺の望む戦いはもう見込めない」


 頭を左右に振り、長い髪を大きく振る。ジャガラの言葉に納得できないガゼルは、立ち上がるとジャガラの襟首を左手で掴み上げ、


「ふざけるな! テメェのルールはどうした! 自分からルールを破んのか! あぁん! あんまり調子に乗ってんじゃねぇぞ!」


 襟首を掴む手を軽々と払い除けると、ガゼルの顔を睨んだ。相変わらずの気迫に圧倒されるガゼルに、襟首を整えながらジャガラは静かに言葉を告げる。


「元々、お前があの風牙族に不意打ちをしようとしたから、奴が気を取られて毒をくらった。どうだ? 先にルールを破ったのはどっちだ?」


 最もな言い分だが、それでも、ガゼルは納得せず、血で染まった右拳が突如発火する。それに遅れ散乱していたガゼルの血が発火し、辺りを炎が包み込む。

 魔獣化し、長く伸びた赤い髪が炎の様に揺らぎ、ガゼルが口元に笑みを浮かべた。


「……なら、テメェより先に、アイツを殺してやる!」


 声だけを残し、ガゼルが消える。地面が砕け、砕石だけが飛び散る。僅かに風が吹き、ジャガラが小さくため息を吐き、その場から消えた。それから、数秒も経たずして、地面にガゼルの体が叩きつけられ、ジャガラがその背中へと腰を下ろす。


「手負いのお前が、俺にスピードで勝てると思ってたのか? それとも、魔獣の力と炎血族の力の両方を持ってるから、魔獣化してれば俺に勝てる。……そう思ってたのか?」

「クッ! きさ――」


 言葉を発しようとしたガゼルの目の前にナイフが突き立てられる。


「言って置くが、俺とお前とでは能力が違う。お前が炎血族の力を引いていたとしても、それは些細な事。現に、俺は魔獣化せずとも、お前のスピードを上回った。それに、今のお前のスピードで、あの風牙族に追い付けるわけが無い」


 そう断言したジャガラはガゼルの上から退くと、ナイフを地面から抜き、ウィンスの方へと目を向けた。ウィンスもその視線に気付き、ジャガラの方へと顔を向ける。

 両者の視線が交わり、


「悪いが、俺の相手をしてもらうぞ」

「ワノール。お前にあのガゼルとか言う奴は譲ってやるよ。俺は指名が入ったみたいだからよ」


 ジャガラの言葉に笑みを浮かべるウィンスは、牙狼丸をゆっくりと構えた。

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