第13回 賭け試合
北の国グラスターの東部に栄える港町フィンブル。
商人達が集まり作られたフィンブルでは、今もなお商業が盛んで沢山の大型貨物船がこの港に集まる。街路では様々な商人達が店を構え、向かい同士で客の奪い合いを開始する。そんな商人の町であるフィンブルには住宅地は無く、宿などが多く並ぶ。その為、客は皆泊まり込みでここに買い物に訪れる。もちろん、商人達が多いため、様々な争いも勃発する。だが、一日経てば皆そんな事を忘れ、商売を楽しんでいる。それが、このフィンブルの良い所だ。
そんなフィンブルの街路を歩む一人の少年。背中には荷物を担ぎ、茶色のコートをはためかす。黒光りする髪を風で靡かせるその少年は鋭く切れた目で建ち並ぶ店を物色していく。何度も人とすれ違い、少年は一つの店の前に立ち止まる。堂々と他の店より何倍も大きなその店は、デカデカと看板に『キング』と書いてある。しかも、その字は汚くて読めない。だが、少年は堂々と店の扉を開く。
ドアが開かれカランカランと澄んだベルの音が店内に響く。店内の中央には鉄柵で囲われたリングがあり、その周りに客席が設けられている。客席には人相の悪い者ばかりが座り、店に入ってきた少年の顔を皆が見据える。リング上では顔中傷だらけの男が、もう動けそうに無い男をこれでもかと言うほど棒で殴りつけていた。
真っ直ぐそれを見据える少年は「フッ」と、それを鼻で笑った。もちろん、その声は客にもリングで戦っている奴にも聞え、皆少年を睨み付ける。そんな少年の下に、黒服を着た店員がやってくる。ニコニコと愛想笑いを振りまく店員は、少年の顔を見ながら言う。
「こちらは、子供が出入りする所ではございません。早々に退出していただきたい」
「俺は金を手軽に金を稼ぎたい。船が出るまで間もないんでな」
「ですので、ここはそんな手軽にお金を稼げる所ではなく――」
「いいじゃねぇか! クソガキ、俺が相手をしてやるリングに上がれ」
リングの中の男が少年を睨みながら言う。すると、客達も騒ぎだす。店員は少年の方を見て、渋々名前を聞く。
「挑戦者、お名前は?」
「俺は、ティル=ウォースだ」
「賭け金は五倍。幾ら賭けますか?」
「五千ギガだ。今の全財産がこれだけでな。コツコツと手軽に貯めさせてもらう」
ティルはそう言いお金を手渡すと、荷物を降ろしリングの中へと入ってゆく。客達からは「殺せ!」と、コールが鳴り出しそのコールにティルは呆れたような笑いを見せ、腰にぶら下げた天翔姫を棍へと変えた。両端に龍と虎の彫刻が施されたその棍を、ティルは『龍虎』と名付けた。名前をつけた理由は、武器の形が変わるのに、名前が変わらないのは変だと感じたから。『龍虎』と名付けたのは、両端に龍と虎の彫刻が施されているから。結構安易な考えのティルだった。
「このリングに上がった事を後悔させてやるぜ」
棒を持った男の軽い挑発。そんな挑発にティルも挑発で返す。
「口ばかり達者だな。口よりも体を動かせ」
軽く龍虎と名付けた棍を構えるティルは、男を馬鹿にする様に笑みを浮かべえる。最終的にその笑みが男の怒りに触れた。地を蹴り棒を振り上げ男がティルに襲い掛かる。
「ガキが、調子に乗るなよ!」
「甘く見てると怪我するぞ」
振り下ろされた棒を右にかわしたティルは、そのまま男にそう呟き背中を龍虎で叩いた。男の体は勢いそのままに鉄柵にぶつかり額から血を流し気を失う。龍虎を軽く回し構え直したティルは、客席を見渡す。静まり返った客達に、次は誰が相手をすると言った視線を送るティルは、店員の方を見据える。
「次は誰が相手をする? 何なら、一気に相手をしてもいいぞ。その方が倍率が上がる。そうだろ?」
店員にそう投げかける。すると、戸惑った様な表情を見せ、店員が答える。
「は、はい。ここに居る皆さん相手でしたら、五十倍です」
「なら、それに俺のさっきの賭け金二万五千ギガを全て賭ける」
「ふ、ふざけるなよ! ガキ一人が俺達全員相手に勝てると思うな!」
「何なら、やってみせよう。ここの店に居る客全てを相手に勝つ。そうすれば、俺の賭け金の二万五千ギガは五十倍の百二十五万ギガに膨れ上がる訳だ」
客を挑発するティルを見据える一人の男。片手に持ったお酒の入ったグラスを口に運び、一気に酒を飲み干す。そして、首からぶら下げるゴーグルを額に掛け、白い歯を見せ笑みを浮かべる。大人しそうで大人びた顔付きが、子供の様な無邪気な笑みに変わり、灰色の瞳がティルの背中を真っ直ぐ見つめる。蒼く深みのある色艶をした髪を揺らせ、激しく立ち上がった男は、大きな声で笑う。
「ハハハハハッ! お前、面白いな! いや〜っ。酒飲みに来ただけだったのに、まさか、こんな面白い賭けに出くわすとは、思っても見なかったな。よーし。力及ばずながら、俺も参加させてもらおうかな」
背後から聞えた男の声に、ティルが振り向く。男の灰色の瞳とぶつかり合うティルの黒い瞳。ニコニコと笑みを絶やさないその男を、ティルは鋭く睨み付ける。すると、男は焦ったように手を振り答える。
「ちょ、ちょっとちょっと。何? 俺は、あんたとやりあうって言ったんじゃないよ。ここの客全員とやりあうって事よ。その方が勝った時の賭け金が跳ね上がるんだろ? 俺も二万ギガ賭けさせてもらうよ」
「お前も、ここの客だ。俺はここの客全員って言ったんだ」
「そんな、けち臭い事言わないでさ。いいじゃない。一人減ったくらいじゃ変わらないって。そうだろ客の皆さん!」
男の言葉に、店の客達は怒りの声を上げる。これで、この男もティルと同じ状況へと変わった。雪崩れ込む様にリング上に上がってくる客達は、一斉にティルに襲い掛かる。龍虎を振るうティルは、素早く攻撃をかわし反撃へと移行する。一方、男の方は大勢の客に追われ逃げ惑っていた。
「ぬわ〜っ! 何々! 俺の方数多くないか! 元々、向うの賭けだろ、何で俺の方にって、前からも!」
男は完全に挟み撃ちにされ逃げ場を失う。リング上で戦うティルは、その男の状況を目の当たりにし、呆れたようにため息を吐く。繰り出された拳を右に避け、龍虎で腹を突き一人ずつ確実に仕留めて行くティルは、男の方に向って叫ぶ。
「お前、勝手に参戦しておいて、何やられそうになってんだ!」
「だって、まさかこんなに大勢襲ってくるなんて、思っても見なかったしさ。それに、皆お前の相手をすると思ってたからさ!」
力強く男はそう言い、壁に立てかけられたモップを手に取り客を突き飛ばす。軽い身のこなしで客を相手にしていく男は、テーブルを蹴り客を一気になぎ払う。戦いなれしたその男の身のこなしは、切れがあり回し蹴りなど様々な技を見せつけ相手を倒してゆく。
三十分後――。店内に立っていたのは、一人の店員とティルと男の三人だけだった。他の客は気を失うか、痛みに苦しんでいるかどちらかだ。何発か相手の拳を貰ったティルに対し、男の方は全く傷も無くニコニコと嬉しそうに微笑む。店員は愕然とし、店にある金を全てティルと男に渡した。お金を受け取りすぐに店を出るティルの後に、あの男がついて来る。同じ道を行くのだろうと、初めはティルも気にしていなかったが、ずっと男がついて来るためティルは振り返り男に言う。
「何故、ついて来る」
「いや〜っ。お前と居ると楽しい事があるからさ。それに、こんなに儲かったし、そのお礼にパーッとお酒でも飲もうと思ってさ」
「悪いが、俺は未成年だ」
「何言ってんだよ。俺だって未成年さ。そんな事気にしないで飲みに行こうぜ! 祝杯を挙げようぜ! なぁ、なぁ」
「祝杯なら、一人で挙げろ。俺は忙しい。それから、もう付き纏うな」
ティルはそう言い放ち歩き出す。男は少し首をかしげ、ティルの後に続くように歩き出す。そして、ティルに言い聞かせるように話しだす。
「俺はカシオ=ラナス。この地じゃ珍しい水呼族だ。んで、何でこの地に居るかって言うと、実は海を探索しながら泳いでたらさ、いつの間にかグラスター王国に。笑っちゃうだろ? 俺もさ、最初は面白すぎて腹がよじれるほど笑っちゃったよ。しかも、俺フォースト王国と思ってたからさ、自分の家が無いって驚いてさ。って、言うか俺一ヶ月も海に潜ってたんだって、時が経つのって怖いよな。しかし、水中で呼吸できるって言うのも問題だよな。ほら、ずっと海に潜ってたら、時間がわかんなくなっちゃうだろ? って、水呼族以外には分からないか」
一人で喋り通すカシオ。流石のティルも苛立つ。後ろから聞えるその声に、ティルは足を止め振り返る。急に振り返ったティルに、カシオも驚いた様に立ち止まり首をかしげた。引き攣った様な笑みを浮かべるティルは、「ついて来るな」と、一喝し再び歩き出す。だが、カシオはティルに続くように歩き出し笑みを浮かべながら、また話しだす。
「それでさ、グラスターって、初めてで何も知らないんだよね。ここって、グラスターのどこら辺? 結構栄えてるよな。って、言ってもフォーストよりはまだまだかな。フォーストの港町なんてすげぇーぞ。初めて行った時は俺も迷った。意外と方向音痴なんだよな。こればっかりは治らなくてさ、村の皆も困りもん。まぁ、それもあって、俺一人だけフォーストからグラスターに辿り着いたんだけどね。けど、よく飲まず食わずでここまで辿り着いたと思うでしょ? 別に飲まず食わずじゃないんだよね。水呼族は、海の水を飲んでも平気なんだよね。それに、生の魚も食べても平気だし。だから、海の中でも普通に生活できるんだよね。羨ましいでしょ?」
その時、三度ティルが足を止める。そして、拳を震わせ無理に笑みを見せた。だが、目は笑っておらず、怒りが滲んでていた。流石のカシオもこれには、苦笑し「お、落ち着いて」と小さな声で言い両手を前にだす。ティルは怒りで震えた声でカシオに言い放つ。
「いい加減にしろ! 俺は急いでるんだ! ついてくんな!」
怒鳴られ思わず目を閉じたカシオ。暫くして目を開けるとそこにティルの姿は無く、遠くの方に駆けて行くティルの後ろ姿が見えた。
「あっ! ちょ、ちょっと! 待ってよ!」
そう叫び、カシオはティルの後を追いかけていった。