第128回 全力
「さて、お前はどっちと戦う」
静かにそう尋ねるワノールに対し、仏頂面のウィンスは唇を尖らし、
「俺、どっちとも戦いたくねぇ」
「お前……まだ、不貞腐れてるのか? いい加減、諦めろ」
落ち着いた様のワノールだが、ウィンスは更に息を荒げる。
「うっせぇ! 俺は、ジッちゃんと、姉貴の婚約者を殺した、あの白衣の男を!」
「止めておけ。今のお前が奴と戦っても負けるのは目に見えてるだろ?」
「んなの、やってみねぇとわかんねぇだろ!」
「私怨で剣を振るえば、周りが見えなくなる。周りが見えなくなれば、相手につけ込まれるぞ」
冷静なワノールの言葉にウィンスは眉間にシワを寄せ、ワノールを軽く睨む。
妙に緊張感の無いワノールとウィンスに、苦笑するカルール。地に膝を落とすケイスも、ジャガラとガゼルの両者の目が二人に行ってる間に距離を取った。右肩の傷が痛み表情を歪めるケイスに、カルールは静かに歩み寄る。
「大丈夫か?」
「大丈夫です……それより、あの人達は……」
「大将の言ってた連中だろ。とりあえず、今は休んでろ。あと、傷見せろ」
「……セクハラですよ」
「お前な……」
小さくため息を吐くカルールは、額を右手で押さえワノール達の方へ視線を向けた。
未だに口論を続けるワノールとウィンス。そんな二人を見据えるジャガラは、構えていた大型のナイフをゆっくりと下ろし、ガゼルの方へと視線を移す。
「お前、奴等の知り合いの様だが、いつもあんな感じなのか?」
「んな事、俺が知るか」
「……そうか、それで、お前はどっちと戦いたい?」
ガゼルがどう答えるのか分かっていたが、ジャガラはあえてそう問う。
すると、不適な笑みを浮かべ、
「両方共、俺の獲物だ。と、言うより、俺一人で十分だ」
「……さっきもそう言っていたが、あの有様だ。今回は分担する」
「ふざけるな……俺が、あんな連中に遅れを取ると思ってるのか?」
ジャガラを睨むガゼルだが、ジャガラは持っていた大型ナイフをガゼルの首筋へと向け、
「いいか。俺は、命を無駄にするつもりも、時間を無駄にするつもりも無い」
圧倒的な威圧感に、魔獣化しているガゼルの方が一歩身を退く。それほどまで、ジャガラは苛立っていた。それを悟り、ガゼルは押し黙る。
静かにナイフを下ろすジャガラは、その視線をゆっくりとワノールとウィンスの方へと向けた。その瞬間、ワノールと視線が交わる。だが、ワノールは静かに笑みを浮かべ、
「おい。ウィンス。お前には、あの化物の方を任せるぞ」
「ちょっと待て。俺はまだ戦うなんて言って無いぞ! それに、化物って、どっちも化物じゃねぇか!」
ウィンスが声を荒げるが、ワノールは腰にぶら下げた剣の柄を握る。だが、ウィンスは不服そうに唇を尖らせ、
「ふざけんなよ! 俺は戦わねぇ! 俺にだって、戦いたい奴が居るんだ!」
「オイ。ガキ。それは、俺らじゃ、役不足だっていいてぇのか?」
黙っていたガゼルがウィンスを睨む。だが、ウィンスは相変わらず態度を変えず、
「お前等なんて眼中に入ってないんだよ! 俺はこの手で殺さなきゃいけない奴が――」
「いい加減にしろ! 目の前の相手に集中しろ!」
「集中しろも何も、俺が戦いたいのは、コイツ等じゃねぇんだよ!」
ウィンスが怒鳴る。この態度に、ワノールは小さく舌打ちすると、
「もういい。だったら今すぐ俺の視界から消えろ」
「くっ! 分かったよ! 消えてやるよ! じゃあな!」
ウィンスはそう言うと背を向け、手を軽く振りながらその場を去っていった。
その様子にジャガラは目を細め、
「いいのか? 俺が見た感じ、お前に俺とガゼルの二人を相手にする力があるとは思えん。と、言うより、本当にその力で俺達を倒せると……思ってるのか?」
「そうだと言ったら?」
「……いや。何でもない。当然だな。なら、俺はお前を全力で叩き潰す」
ジャガラの右手に握られたナイフの切っ先が、ワノールへと向けられた。その宣戦布告に、ワノールも腰の剣を抜くと、美しい漆黒の刃をジャガラの方へと向け、
「ああ。そうして貰えると助かるよ。俺も、自分の全力を試したいからな」
「そうか。だが、試している余裕があるとは思えんがな」
ジャガラが低い体勢で地を駆けると、右手に持ったナイフを逆手に握り直し、下から上へと真っ直ぐに振り抜く。その際、切っ先が僅かに地面を割き、土煙が舞い刃が一瞬視界から消える。だが、ワノールはその刃に合わせる様に剣を振り下ろす。
両者の刃がぶつかり合い、舞っていた土煙が吹き飛ぶ。衝撃は僅かに広がり、互いが同時にその場を離れる。両者の対照的な黒髪が揺れ、互いに睨み合う。
「ふむ。言うだけの事はある。力は、ほぼ互角……いや。力ではそっちに分があるか……」
「おいおい。力で向うに分が? んなわけないだろ。コッチは魔獣人だぞ。力じゃ圧倒的だろ」
「お前は黙ってろ」
ジャガラに一喝され黙るガゼルは、ゆっくりと視線をウィンスの方へと向けた。背中を向け歩くウィンスの姿に、不適に笑みを浮かべる。その一瞬をワノールは見逃さず、瞬時にウィンスの方を振り返り、
「ウィンス!」
ワノールが叫ぶと同時に、ガゼルが駆ける。声に気付き足を止めたウィンスは、面倒臭そうにゆっくりと振り向く。が、その視界をガゼルの手が覆い、そのまま後頭部から地面へと叩きつけられた。砕石が舞い、土煙が二人の姿を覆う。
その光景に奥歯を噛み締めるワノールに、背後からジャガラが静かに語る。
「全力で戦うと言った傍から余所見とは、残念だ」
ワノールが見せた隙に、ジャガラは素早く反応し、間合いを詰められた。突如、間近で聞こえた声にワノールも素早く反応するが、それよりも早く、ジャガラの右手に握った大型のナイフが腹部へと突き立てられた。
「ぐっ!」
咄嗟に身をよじり突きを避けた。だが、ジャガラは手首を返し、切っ先が脇腹を深く切りつけた。腹部から血が滲み、切っ先から血が落ちる。
衣服が貫かれ、激しく血が飛び散る。苦痛に表情を歪めるワノールは、その場を飛び退き、ジャガラとの間合いを取る。
「ハァ…ハァ……くっ……」
「中々の反応だな。不意打ちにあれ程の反応を見せる奴はそうはいない」
ナイフの切っ先に付着した血を拭い、長い黒髪の合間から鋭い眼差しがワノールを見据える。その目は冷酷で、感情のない冷たい目をしていた。傷口を押さえながら、その目を真っ直ぐに見据えるワノールに、ジャガラはゆっくりとナイフを構えなおす。ワノールも、傷口を押さえ、剣を構える。
「まだ、戦う意思はある様だな」
「当然だ。この程度の傷で、くっ……」
「痛むだろう。このナイフは、傷口から徐々にお前の体を蝕む」
その言葉の意味をワノールはすぐに理解する。この痛みの理由が毒であると。苦痛に表情を歪めるワノールは、静かに息を吐く。
苦しそうなワノールを見据えながら、ゆっくりと間合いを測る様に足を動かすジャガラ。
息を吐ききったワノールは、傷口から手を離すと、一気にジャガラとの間合いを詰め、漆黒の刃を振り抜く。その鋭い一太刀を紙一重でかわすジャガラは、瞬時に右手に握ったナイフを突き出す。
更新、遅くなりました。
出来るだけ、早く更新できる様に頑張りたいと思います。
これからも、よろしくお願いします。