第124回 違い
照準を確りと合わせ、引き金に人差し指を掛けた。少しでも力を込めれば、いつでも引き金を引ける状態で、静かに息を吐く。
硬弾を受け動く事の出来ないクローゼルに、当てる事は簡単だが、グライブはいつも以上に慎重に狙いを定めていた。
乾いた風が静かに流れる。この程度の風なら普段のグライブにとっては問題ではないが、今のグライブにとってはその微量の風でも手元が僅かに狂う。ダメージを受けすぎたのだろう。腕が震える。引き金に掛かった指も震え、緊張に息を呑む。
額から雫が一つ零れ、頬を伝い顎先から落ち、ライフルのグリップを握る右手の甲に落ちた。硬弾の効き目もどの程度もつのか分からず、焦りが更にグライブの手を震わせた。
「落ち着いてください。時間はありますから」
「分かってる……んな事……」
アリアにそう言われ、一度構えを崩し呼吸を整えてから、もう一度ライフルを構えなおす。
静かに吹き抜ける風が青みがかった黒髪を揺らす。腕の震えを押さえ、もう一度引き金に指を掛けた。そして、息を呑み、一気に引き金を引く。
轟音が周囲に広がり、グライブの両肩に激しい衝撃が襲い、同時にライフルに詰めた鋭く尖った刃が勢いよく放たれた。あまりの衝撃に後方に吹き飛んだグライブの手からライフルが飛び、空を舞い地面へと叩きつけられ壊れた。
一方、放たれた刃は雷撃を纏い、乾いた空気も作用し、速度は急激に加速。そして、鈍い音と血飛沫を派手に撒き散らせながら大蛇の腹へと突き刺さった。
「ぐおおおおっ!」
刹那にクローゼルの悲鳴が轟いた。
腹の中に居たカシオにも、その声は聞こえ、目の前に居たクローゼルが腹を押さえ膝を水面へと落とす。
「ぐっ……貴様ら……」
「どうやら、このデッカイのが本体と見て間違いないみたいだな……」
「なんだと……ぐふっ」
膝を落としたクローゼルは、口元を右手で覆うとそのまま口から血を吐き出した。指の合間から鮮血が零れ、液の中へと溶け込む。奥歯を噛み締めるクローゼルは、口元から手を離し、息を荒げながらカシオを睨む。
その目を真っ直ぐに見据えるカシオは、右手に握った渦浪尖を構え直し、ゆっくりと液の中へと体を沈める。体がジリジリと痛む。体が消化され始めているのだろう。それでも、カシオは深く底まで潜ると、渦浪尖を底へと突き刺した。
「ぐふっ! き、きさ……」
もう一度吐血するクローゼルは、奥歯を噛み締めると、周囲から生える腕を一斉に振り下ろす。一直線にカシオへと向う無数の腕。それに対し、カシオは素早く突き刺した渦浪尖を引き抜き、一本槍へと変え、向かい来る腕を切り裂く。今までとは明らかに違う軽やかな動きにクローゼルは、表情を歪め、更に無数の拳を振り下ろす。
「何度やっても同じだ! これで、お前は終わりだ!」
迫り来る腕を素早く避け、右手に握った渦浪尖を苦しむクローゼルへと投げた。渦浪尖は渦を巻き加速すると、そのままクローゼルの胸を貫き、壁へとその体を張り付けにする。その瞬間、全ての腕の動きが止まった。肩で息をするカシオは、その様子を見て、ホッとした様に肩を撫で下ろし、水面へと顔を出した。
「はぁ…はぁ……。くっ……」
息を呑んだカシオは、突き刺さった渦浪尖の柄を右手で握り、更に奥へと差し込む。
「ぐぅ…ぐふっ……き、貴様……」
「これで、終わらせるから、安心しろ……」
「くっ…終わって……たまるか……」
胸を貫かれたクローゼルは、静かに右腕を上げる。それと同時に力を無くしていた周囲から生えた腕が、浮き上がりカシオへと襲い掛かった。だが、落ち着いた面持ちのカシオは、更に渦浪尖を奥へと突き刺すと、その腕が動きを止め力を失う。吐血すると同時に体から血が染み出し、渦浪尖の柄を伝いカシオの手に届く。
生暖かな血。それは、そこらへんに居る人となんら変わらない。違うのはその身体能力と体に流れる血筋だけ。それだけの違いで、今こうして殺しあう。たったそれだけの違いで……。
色んな思いがカシオの胸を締め付ける。それでも、カシオは決意を濁す事なく、もう一度渦浪尖を深く突き刺す。
「悪いな……。まだ暫く痛みが続くが、すぐに――」
「くっ…ふっ、ふっ……。いいさ。この痛みが、生きていた証……ぐふっ……」
「なら、無駄な足掻きなんてしないで、死を受け入れろよ!」
もう一度渦浪尖を力一杯押す。すると、その刃の先に何か硬い物が触れ、小さく金属が擦れ合う音が聞こえた。そこでようやく渦浪尖の柄から手を離し、呼吸を整えるとクローゼルの顔に一度目を向け、
「これで最後だ。ゆっくり眠れよ!」
と、言い残し液の底まで素早く潜る。十数秒で底まで辿り着くと、渦浪尖に突き刺さったクローゼルを静かに見据え、瞼を閉じた。
再び瞼が開かれると、その目からはいつもの穏やかさは無く、鋭い眼差しがクローゼルへと向けられた。口から息が吐き出され、気泡がプクプクと浮き上がる。刹那、カシオは足を屈め、力一杯に底を蹴った。それから、程なくして両足がもう一度液中を蹴ると、カシオの体が加速する。弾丸の様にクローゼルに迫るカシオは体を反転させると、渦浪尖の柄頭を足の裏で押し込んだ。勢いに乗ったカシオの蹴りで渦浪尖が血飛沫を巻き上げながら一気に奥まで押し込まれた。
キンッと、遠くの方で小さな音が聞こえ、クローゼルに撃ち込んだ刃が空中へと飛び出す。
そして、遅れて渦浪尖の刃が外へと飛び出し、アリアは横たわるグライブに叫ぶ。
「今です! 先ほどの雷撃を!」
刃を撃った衝撃でまだ肩が痛むグライブは、体を起してアリアを一度睨んだ。だが、アリアの透き通る様な黒い瞳に見つめられ、小さく息を吐きグライブは渋々とライフルに玉を詰めた。
「うくっ……言っておくが、今回は上手く狙いは定まらねぇぞ」
「少し位ずれても大丈夫です! とりあえず、さっき放った刃に何発も撃ち込んでください!」
「んじゃ、行くぞ!」
グライブは適当に狙いを定めると引き金を引く。雷鳴が轟き雷撃が飛び出す。空中を回転する刃よりも僅かに低い弾道だったが、雷撃は突然吸い寄せられる様に刃へと命中した。
聊か驚いたグライブだが、アリアが急かす様に叫ぶ。
「早く次を撃ち込んでください!」
アリアに急かされ素早く玉を詰め二発目を放つ。今度はやや高めの弾道だが、それでも刃に吸い寄せられる様に雷撃は命中する。宙を舞う刃は二発の雷撃を受け、蒼白い光を点滅する。その刃に向って、グライブは何度も雷撃を撃ち込む。光りは徐々に眩くなる。
「もういいですよ。後は……」
アリアが真剣な目をクローゼルの腹から突き出した渦浪尖へとむける。すると、渦浪尖がゆっくりと下り、腹が裂かれ胃液に塗れたカシオが外へと飛び出す。
「くっ…はぁ…はぁ……」
「カスオさん! 渦浪尖を中へ戻してください!」
アリアの声で、カシオがすぐに渦浪尖をクローゼルの腹の中へと投げた。と、同時にアリアがグライブへと顔を向け、
「グライブさん! もう一発だけ、今度はあの腹の穴に向って、撃ち込んでください!」
「これが、最後だからな!」
そう怒鳴りながら、グライブは引き金を引く。轟音に遅れ飛び出す雷撃。蒼白い光りが直線を描きながら、クローゼルの腹へと進む。すると、その雷撃に吸い寄せられる様に雷撃を纏った刃が高速で動き出す。そして、一瞬で消えると、突如雷鳴が轟き雷が落ちたかの様に眩い光りと激しい衝撃が周囲を襲った。