第123回 次の段階へ
幾度と無く重なる打撃に、沈み行くカシオの体。
眼では追えるその動きに奥歯を噛み締めるが、畳み掛ける様に更に拳が降り注ぐ。
血が薄らと液内に広がり、気泡が漏れる。
「くくくくっ……さっきまでの勢いはどうした?」
クローゼルの声が液内にいるカシオに届いた。それでも何も出来ず、カシオはただ殴られ続けていた。殴られるたびに口から漏れる血と気泡。
それでも尚、抵抗しようと渦浪尖を握りなおしたカシオは、力任せにそれを突き出す。切っ先が真っ直ぐに伸び、無情にも気泡だけをばら撒く。苦痛に表情を歪めるカシオは、もう一度渦浪尖を引き、次は向って来る拳に向ってそれを突き出した。だが、拳はそれを避け、カシオの体を殴打する。
「ぐふっ……あぐっ……」
殴打され口から息が漏れる。朦朧としながらも静かに渦浪尖を引くと、その目を見開いた。
「いつまでも、やられてると思うな!」
奥歯を噛み締めもう一度渦浪尖を突き出すと、切っ先に渦が生じそれが前方に広がる腕を全て絡めとる。
「これで、どうだっ!」
更に渦浪尖を一本槍へと変化させ、絡んだ腕を上昇しながら切り裂いていった。そのスピードは全快時に比べて遅いものの、常人に比べたら早く数秒もせず水面へと顔を出した。絡んだ腕には薄らと切れ目が走り、血が噴出す。液内に広がる血を見据え、クローゼルが口元に笑みを浮かべる。
「いつまで、その勢いが続くかな?」
「何が言いたい?」
「その傷で、いつまでも、そのスピードをキープできると思ってるのか?」
「……大丈夫だ。すぐに終わらせてやる」
カシオはそう言うと、渦浪尖の切っ先をクローゼルの方へと向けた。だが、クローゼルは余裕の笑みを浮かべ、
「お前に俺は殺せないよ……絶対に」
そう発言した。
その発言に対し、カシオも静かに笑みを浮かべ、
「いつまで、その笑みが続くか見ものだよ」
「貴様こそ――グッ!」
突如クローゼルの表情が歪む。
不適な笑みを浮かべるカシオに、鋭い眼差しを向けるクローゼルは、突如吐血すると膝を水面へと落とした。口から零れた血が液中に落ち広がる。
「はぁ…はぁ……何を……した……」
「何を? この玉に見覚えないか?」
カシオは懐から青い玉を取り出し液中へと落とした。それが、液中でユラユラと揺らめきそこへと触れると、衝撃で破裂し動きを止める。
「貴様!」
「ようやく理解したか? あの時、何で避けずに殴られ続けたか?」
不適に笑うカシオは小さく息を吐く。
あの時、カシオが避けずに殴られたのは、体が動かなかったからだけではなく、全てはこの青い玉、硬弾をクローゼルに知られる事無く体内にばら撒く為だった。その代償は大きいが、今この状況はカシオにとって最大のチャンスだった。
一方、その頃、外のアリアとグライブにもその異変に気付いた。突如動きを止めた巨大な蛇を見据え、アリアが不適な笑みを浮かべる。
「作戦は次の段階へと以降すます!」
「次の段階? 何をするつもりだ?」
アリアを抱えるグライブは足を止め、アリアを降ろす。肩で息をしながらも、右手に持ったライフルに黄色の玉を詰めるグライブに、アリアは自らの剣を差し出した。その行動に眉間にシワを寄せるグライブの手に、無理矢理に剣を握らせると、
「さぁ、これを撃ち込むのです!」
「……無茶言うな。どうやって撃ち込めって言うんだよ」
「もちろん、そのライフルでですよ」
当然と言わんばかりに、自信満々で胸を張る。多少なりに膨らんだ胸を張るアリアに、僅かに頬を赤く染めるグライブは、視線を逸らす。今まで一人で旅をしていたグライブには、女性との接点が無かった為、アリアが無意識に行ってる行動にも、過剰に反応してしまっていた。その行動に、不満げな表情を浮かべるアリアは、唇を尖らせ、
「なんですか! その反応は? わたすの考えに何か不満があるんですか!」
「いや、不満は無いが……あんまり、俺には近付くな」
「なんですか? 別に、これくらいの距離は気にする程度じゃないですよ?」
「お前が気にしなくても、俺が気にするんだよ」
背を向け表情を引き攣らせるグライブ。アリアの様なタイプの女が特に苦手だった。普通なら突き放してその場を去る所だが、現状が現状の為、大人しくアリアの方へと体を向けると、受け取った剣とライフルを差し出す。
「撃ち込むだけなら、お前でも十分使えるだろ」
「ダメです! グライブさんは、わたすにそんな危険なモノを扱えって言うんですか!」
鼻息を荒げ怒鳴り散らすアリアに、公然と立ち尽くすグライブは、手に持った剣を見つめる。これは危険じゃないのかと、問おうとしたが、その言葉を呑み、小さく息を吐き、
「分かった……それで、どうすればいい?」
「おや? 何だか、急に素直ですね。てっきり、これは危険じゃないのかって聞いてくるかと思ってたんですが?」
不思議そうに首を傾げるアリアに、グライブは小さくため息を吐き、言わなくて正解だったと、目を細めた。その態度に憮然とした表情を見せるアリアは、もう一度唇を尖らせ、
「なんですか! その態度。まるで、わたすをバカにすてるみたいじゃないですか!」
「してるみたいじゃなくて、してるんだよ。で、これをどうすればいいんだ?」
「って、何サラッと話を進めようとすてるんですか! わ、わたすは怒ってるんですよ!」
怒声を響かせるアリアに、面倒臭そうに対応するグライブ。それが更にアリアの怒りを買う。
「な、なんですか! その態度は!」
「態度? どうだっていいだろ。それより、これを――」
「話を逸らさないでほすいです! 大体、あなた歳は幾つなんですか!」
「歳? 十七だ。それが何かあるのか?」
「うぐぅっ……お、同じ歳……」
悔しそうに拳を震わせるアリアがそう呟くと、グライブが怪訝そうな目をアリアへと向けた。アリアと自分が同じ歳と、言う事に引っかかったのだ。幼さが僅かに残る可愛らしい顔の所為だろうか、グライブはアリアをずっと年下だと思っていた。体つきはそれなりだった為、それでも一つ二つ程違うだけだろうと、あんまり気にはしていなかったが、これで同じ歳だと言われれば、疑いたくもなる。
疑いの眼差しを向けるグライブ。口にはしないが、その視線がアリアに疑っていますと伝えたのだろう、アリアは額に青筋を浮かべ、
「なんです? その目は……私が同じ歳だと、問題でも?」
「別に、そうは言ってねぇだろ?」
静かにそう答えるグライブだが、相変わらず怪訝そうな視線をアリアへと向けていた。
その視線に拳を胸の前で握り締めるアリアは、引き攣った笑みをグライブへと向ける。
「あのですね……その視線が疑ってるって物語ってるんですよ!」
拳を勢いよく振り抜くと、それが見事にグライブの額を捉えた。あまりの突然の事に全く反応すら出来なかったグライブの上半身が大きく仰け反り、フラフラとよろめく。ニ・三歩後退したグライブは、ライフルを持った手で額を押さえ、
「な、なにしやがる!」
「いや。避けるかと思ったんですが? 意外でしたね」
「いきなりで避けれるか! くぅっ……もういい! 貴様と話してても疲れるだけだ! それより、話を進めろ!」
「短気は損気ですよ? まぁ、私もそろそろカスオさんが心配になってきたので、作戦の方を進めますが……」
相変わらず、カシオの事をカスオを呼ぶアリアを無言で見据えるグライブに、アリアが歩み寄りライフルと自らが渡した剣を受け取る。
そして、鼻歌を交えながら自らの剣を分解し、刀身だけをライフルの銃口へと詰めた。怪訝そうな目を向けるグライブが、不思議そうに首を傾げると、アリアが銃口をグライブの方へと向ける。
「ぬわっ! あ、あぶねぇだろ! 銃口をコッチに向けるな! 間違って発砲したらどうするんだ!」
「んーん。その場合は、残念ですが、あなたの頭が……」
「怖い事をサラッと言うな。それで、もういいのか?」
「はい。後は、引き金を引くだけです」
「そうか……」
静かにライフルを受け取ったグライブは、それをゆっくりと構え、小さく息を吐いた。
程なくして、乾いた風が吹き微量の土煙が舞う。意識を集中するグライブは、それらを考慮しながら、丁寧に照準を合わせる。