第118回 アリア
空から降り注ぐ火の粉。
何が起こったのか分からず驚くグライブは、青い玉を取り出しライフルに詰める。
これなら、絶対に直撃できる。そう確信して――引き金を引く。
乾いた発砲音。
遅れて聞こえる風を切る音。
発射されると同時に透明に変わった玉が、どうなったのかは分からないが、グライブはすぐに赤い玉を詰め、引き金を引く。
しかし、結果は同じだった。
紅蓮の柱は空高くで吹き上がり、地上に火の粉だけを降り注いだ。
「な、何で……」
驚き肩を落とすグライブは、地面を見据え引き攣った笑みを浮かべる。だが、すぐに気持ちを切り替え、もう一度赤い玉をライフルに詰めた。その直後――。
「グライブ! 上だ!」
カシオの声が響き、グライブの顔が上がる。視線は先ほどまで化物がいた正面に向けられるが、そこに、奴の姿は――無い。そして、突如目の前に影が差し、視線を上げると同時に、グライブの頭は顔面から地面に叩きつけられた。
衝撃が広がり、地面が砕ける。砕石と土煙が僅かに舞い、激しい風がカシオの方まで届いた。
長くしなった腕。その先にある至って普通の手が、グライブの頭を掴み上げる。意識を失っているのか、動く様子の無いグライブの体は、大きくしなりもう一度顔面から地面に叩きつけられた。
一瞬だけ見えた血塗れのグライブの顔に、カシオは目付きを鋭く変え、怒声を響かせた。
「やめろ! これ以上、ソイツに手を出すなら……俺は、テメェを許さねぇ」
「ぐっ……ぐふふふっ……貴様……コノ俺ヲ……十二魔獣ノ……クローゼルニ……勝テルト思ッテイルノカ?」
聞き取り難い濁った声だったが、その声はカシオに確り聞こえた。鋭い目付きで真っ直ぐにクローゼルを睨み、渦浪尖をゆっくりと構える。まだ両足は動かないが、それを悟られぬ様に強気な態度を保つ。
ゆっくりとグライブの頭から手を離したクローゼル。その長い腕を地面に引き摺りながら、一歩一歩と歩みを進める。肌の上に薄らと見える鱗模様に、口から出し入れしている長い舌。まるで蛇の様な動きをするクローゼルの両腕が、地をうねりながら地を這う。
その動きを見据えるカシオは、右手で渦浪尖を回すと、それを地面へと突き立てる。衝撃が広がり、爆風が吹き荒れ、地面が砕けた。土煙でカシオの姿はクローゼルの視界から消える。だが、クローゼルの目にはカシオの姿がくっきりと映し出されていた。
「ぐふふふ……ソレデ、目晦マシノツモリカ?」
地面を這う腕がゆっくりと持ち上がり、振り下ろす様に腕を振ると、土煙に向って一直線に腕が伸びる。そして、その腕がカシオの体を土煙の中から弾き飛ばす。体が地面を抉り、仰向けのまま動かなくなる。
額から血を流し、苦痛に表情を歪めるカシオ。今の一撃でようやく両足が動く様になり、ゆっくりと体を起す。だが、視点が揺らぐ。顎を思いっきり殴られた所為だろう。
「くっ……ヤベェ……頭が……くらくらする……」
ボンヤリと正面を見据える。霞む視界に僅かにクローゼルの姿が映る。笑っているのか、両肩が大きく揺れている様に見えた。
呼吸が大きく乱れるカシオは、渦浪尖を地面に突き立て立ち上がると、ゆっくりと足の感覚を確かめる。足が動く事を確かめ、目の前のクローゼルの姿を確りと目視する為に、目を細める。霞む視界が僅かに鮮明に映り、そこに一人の少女が立ちふさがる。
「いやいやいや。探しますたよ。まさか、こんな所で戦闘してるとは思いませんですたよ」
光沢の美しい甲冑を身に纏い、腰まで届く鮮やかな真紅の髪が揺れる。両手には鎖で繋がった二本の剣。一本は刀身は細く先端が鋭く尖った突きに特化した剣。もう一本は細い片刃の刀身で、極限まで薄く鋭く研ぎ澄まされた切る事に特化した剣。
特殊な二本の剣を構える少女は、朦朧とするカシオに笑顔を見せる。
全く面識の無いその少女を警戒するカシオは、渦浪尖を構え強気な視線を見せた。だが、そんなカシオに爽やかで透き通る様な可愛い笑顔を見せる少女は、体をカシオの方へと向け丁寧にお辞儀する。
「すいません。わたす、フォースト王国国王直属特別部隊参謀アリア=フラウリー。助太刀いたすます」
僅かながら妙な喋り方のアリアは、ニコッと可愛らしく微笑み、鮮やかな真紅の髪を揺らして、クローゼルの方へと体を向けなおす。
渦浪尖を構えていたカシオも、アリアがブラストの直属の部下だと聞き、その警戒を解き深く息を吐きながら、フラフラと二歩後退する。
「大丈夫ですか? フラフラですが? それに、あの化物はなんです? もしかすて、あれが魔獣人ですか?」
「あぁ……あれが、魔獣人。しかも、十二魔獣の一人だってさ……いきなり、襲ってきたからビックリしたよ……。けど、アリアが来てくれて助かったよ。本当、やばい状況だったから……ちなみに、あっちで倒れてるのが、俺の弟で――」
「結構、お喋り……なんですね? あんまり、感心すませんよ……」
笑顔のアリアだが、全くカシオの方に顔を向けず、ただ武器を構え真っ直ぐにクローゼルを見据える。小さく息を吐いたカシオは、呼吸を整える為に何度か深呼吸を繰り返す。冷たい空気が肺に入り、腹から吐き出される生暖かな風。
ようやく膝の震えが止まり、視点が定まる。全く動く様子の無いクローゼル。先程までの笑みも失せ、真っ直ぐにアリアを見据える。
一方のアリアも動く様子は無く、武器を構えたままジッとクローゼルを見据える。異様な静けさにカシオが息を呑むと、その緊張に気付いたのかアリアが静かに口を開く。
「私も出来るだけの事はすますが、ハッキリ言って勝てる確率は低いです。ですので、あなたが回復次第、二人で一気に攻め落とすます」
「それまで、君が一人で持ち堪えるのか? 幾らなんでも無理があるだろ……君一人で、魔獣人を――」
「見くびらないで欲すいです。こう見えても、特別部隊の参謀。時間を稼ぐ戦術位幾らでも思いつきます」
「どんな戦術か言ってみろよ。返答によれば、俺も協力する」
フラフラながらも男らしくそう述べたカシオだが、アリアは顔を少しだけカシオの方に向け、冷やかな視線を送る。
「あす手まといですよ。それに、この戦術は私にすか出来ませんから」
「……あ、あのさ……さっきから気にはなってたんだけど、その喋り方おかしくないかな? 所々で“し”を“す”って発音してるよね?」
「そうですか? わたすは全くそう言う事を意識すてませんね」
当然と言わんばかりの口調に、流石のカシオも言葉を失い、引き攣った笑みを浮かべた。
そんなカシオから視線をクローゼルへと戻したアリアは、右手に持った薄い刀身の剣をゆっくりと逆手に持ち替え、それを腰の高さに刃を逆さにして後ろ手で構える。
一方で、左手に持った鋭く尖った剣を前に突き出す様に構え、左足を踏み込み背筋を伸ばし腰を僅かに落とす。
緊迫した空気が更に張り詰め、クローゼルも静かに両腕を振り上げた。
「行きますよ……」
アリアはボソリと呟き、その場から消えた。