第117回 兄弟
激しい爆音が轟き、爆風と土煙が周囲に広がる。
ここはフォースト王国都市ブルドライの目と鼻の先。フォースト王国軍と魔獣達の壮絶な戦いが繰り広げられる場所とは、全く逆の場所ではあるが――。
そんな戦いとは無縁の場所で飛び交う咆哮と一つの叫び声。首にぶら下げたゴーグルを激しく揺らす青年が、その咆哮から逃げ惑う。
青白い光り、紅蓮の閃光、白銀の風。三種類の激しい砲撃が青年の後方で轟き、爆風と土煙が青年の背中を押す。
「うおおおっ!」
叫び声を上げる青年の深い蒼の髪が激しく揺れ、地面を二・三度転げ、すぐに立ち上がり、
「やめ、ヤメロ! 俺は、今、お前と――」
と、叫ぶがそれを掻き消す爆音が響き、爆風がもう一度彼の体を吹き飛ばす。土煙が大量に舞い上がり、彼の体が二度、三度地面を転げ大木に額から衝突する。鈍い音が僅かに聞こえ、青年の体が地面にうつ伏せに倒れたまま動かなくなった。
衝撃で大木には亀裂が走り、青年の額からは血が溢れている。地面に真っ赤な血溜まりが出来る頃、目を開いた青年は静かに体を起す。僅かに眉間にシワを寄せ、ゆっくりと息を吐く。――刹那、雷鳴が轟き、青白い閃光が青年の背中へと迫る。
「……いい加減に――しろ!」
青年が一本の筒を出す。それは薄い青と濃い蒼が混ざり合った複雑な色の筒だった。筒の表面に三つのボタンが備え付けられており、青年の指が素早くそのボタンの一つを押す。すると、筒が突如長く伸び、その先から色鮮やかな蒼い刃が現れる。
一瞬にして現れた一本の槍を構え、素早く閃光へと突きを見舞う。眩い輝きが槍の先端に集まり、激しい雷撃と衝撃波が空中に広がり、先程衝突した大木が音を立てて折れ曲がる。
静かに息を吐き、槍を下ろす。三つに分かれた刃を地面へと向け、首からぶら下げたひび割れたゴーグルを額へと掛ける。特に意味のある行動ではなかったが、青年の表情は一変し、鋭い眼差しで正面を真っ直ぐに見据える。
「言っておくけど、俺だって怒る時は怒る。今、お前の相手をしてる暇は無いって、言ってるだろ。いい加減、邪魔ばっかりするのはやめろ! 弟だからって、加減はしないからな」
早口でそう述べる青年に、大きな銃口の奇妙なライフルを構える少年が、背中に背負ったカバンから拳ほどの大きさの赤い玉を取り出す。
「俺は、貴様を兄と思った事は一度も無い」
「んなっ! グライブ! お前、実の兄貴にそれは無いだろ! 俺はお前の事を――」
「黙れ! お前は、母の仇……それだけだ! カシオ!」
グライブと呼ばれた少年は手に持った赤い玉をライフルへと入れ、大きな銃口をカシオの方へと向け静かに引き金を引く。
紅蓮の閃光が空を裂きカシオに迫る。弾丸は然程早くは無い。どちらかと言えば、普通の弾丸に比べて遅い位だが、カシオはそれをかわす事が出来ず、正面から弾丸を受けた。
爆音が響き、土煙と共に火柱が昇る。衝撃が熱風を運び、グライブの黒みの強い蒼髪が揺れ、鋭い切れ長の目の奥に見える淡い黒の瞳は微動だにせず火柱を見据える。そして、ゆっくりと背負ったカバンから黄色の玉を取り出す。
「……」
無言でライフルに玉を入れ、銃口を火柱の方へと向ける。
「貴様が、あの程度でくたばるなどとは思っていない。とっとと姿を現したらどうだ?」
グライブが声を上げると、突如火柱が縦に割れ、黒煙だけを残し消滅する。その黒煙の向うに佇むカシオの手に握られた槍、渦浪尖の切っ先が地面を砕いていた。鮮やかな蒼い刃の先が、僅かに赤く染まり、その場の空気に溶け込むように、また元の蒼さへと戻る。
静けさが周囲を支配し、両者の間に流れる空気が張り詰める。流れる風に二人の髪が揺れ、草木が観衆の様にザワメキ声を上げる。
向けられた銃口を見据えるカシオ。
引き金に指をかけるグライブ。
二人の視線が交わり、時は動き出す。咆哮と共に――。
放たれた弾丸。走り出すカシオ。蒼い閃光が空を裂き、瞬く間に衝撃がカシオを襲う。
「くっ!」
咄嗟に渦浪尖で体を庇ったが、凄まじい衝撃に体は弾かれた。体勢が僅かに崩れたカシオに、グライブは続け様にカバンから取り出した青い玉をライフルへと入れ、引き金を引く。乾いた発砲音に遅れ、弾丸が銃口から放たれる。だが、弾丸は目で追う事が出来ず、音もなくカシオの両足に着弾するが、痛みは無く、血が出る事も無い。
見た目では何も起っていない様に見えるが、カシオの体には異変が起きていた。
「くっ! ま、また……」
異変に戸惑うカシオに、ゆっくりとした足取りでグライブが近付く。手には黄色の玉が握られ、不敵な笑みをカシオに向ける。
上半身を激しく動かすカシオは、グライブを睨み付け口を開く。
「さっきも、これを使ったんだな……卑怯だぞ! 動きを封じるなんて! それでも、男か!」
カシオの言葉を鼻で笑ったグライブが、玉を入れたライフルの銃口を、ゆっくりとカシオの額へとむける。その距離は二メートル程。渦浪尖がギリギリ届かない距離に立ち、引き金に指をかける。全てがグライブの思惑通りだった。初手からこの状況に持っていくまで、カシオの動き、タイミング、そして、運すらグライブに味方していた。
まず、この乾いた空気が、グライブの持つライフルの二つの玉を強化していた。
グライブの使うライフルの玉は主に三種類。
一つは赤い玉、炎弾。名の如く、当たれば烈火の如く燃え上がり、たちまち空高く火柱を上げる。発射速度は三種類の中で一番遅く、正直使い勝手はあまり良くない。
二つ目が黄色い玉、閃弾。雷撃を纏う弾丸は、雷火の如く大気を裂き、雷鳴と共に全てを裂く。発射速度は三種類の中で最も早く、青白い閃光を瞬かせる事からその名が付けられた。グライブが一番多用する玉だ。
三つ目は青い玉、硬弾。発砲する熱で無色透明に変化する。故に相手に気付かれる事無く着弾する事が出来る。ただし、威力は無く、特殊な液体を相手に付着させる事により、筋肉を硬直させる。これにより、現在カシオは両足の動きを封じられているのだ。
乾いた空気により火力を強化された炎弾と、発射速度の強化された閃弾。そして、この二つを確実に当てるための硬弾。どの玉をいつ撃つのか緻密に計算されたグライブの策により、拘束されたカシオ。
向けられた銃口を見据えるカシオに、不適に笑うグライブは、引き金に指をかけ、長年の悲願に口を開く。
「これで……全てが――」
「ウオオオッ!」
「――?」
「――ッ!」
突然轟く遠吠えに、カシオは首を傾げ、グライブは危険を察知し、遠吠えのする方へと体を向ける。両足の動きを封じられるカシオの正面。そこに蠢く一つの影。細く長い体つき。腕は長く、ユラユラと僅かに揺れる。漂う殺気が、肌を刺す様に刺激し、カシオとグライブの全身の毛を逆立てる。
ようやく、その殺気に気付くカシオだが、その場を動く事が出来ず、ただ正面の影を睨みつけ、右手にもつ渦浪尖を静かに構える。
一方で、グライブも、その右手のライフルの銃口をその影へと向け、様子を窺う様にゆっくりと足を動かす。
「ふぅーっ! ふぐぅーっ! うぐぐぐぐぅ!」
言葉にならない呻き声を上げるその影に、銃口を向けるグライブは、その引き金をゆっくりと引く。響き渡る轟音に遅れ、蒼い閃光が空を裂く。だが、閃光はその影に直撃する前に風を切る音が聞こえると突如消え、遥か上空で爆音と衝撃を広げた。
「なっ、なにを……」
驚くグライブは背中のカバンから赤い玉を取り出し、ライフルへと詰める。そして、素早く影に向け引き金を引く。乾いた破裂音と共に放たれる赤い玉。相変わらずの発射速度だが、それもまた風を切る音と共に上空へと打ち上がり、爆音と紅蓮の柱を吹き荒らし、消滅した。