第115回 限界
眩い光が空へと撃ちあがった。
地上では凄まじい衝撃が残り、ブラストを中心に半径五メートル程、地面が陥没していた。埃の様に土煙が僅かに舞い、ブラストの手に握られた大型ボーガンから微かに煙が昇る。
小さく長く息を吐くブラストは、ゆっくりと空へと視線を向けた。そこにディクシーの姿は無く、ぽっかりと穴の開いた雲だけが浮かんで見える。
両肩を揺らすブラストは、構えていた大型ボーガンを下ろし、ここで初めて苦しそうな表情を見せた。どれ程までの衝撃がブラストを襲ったのかは定かじゃないが、相当疲労しているのは見て取れる。それだけの体力を消耗したのだろう。
そんな疲労状態のブラストだが、すぐにボーガンを構え直し、ゆっくりと笑みを浮かべる。
「上手く……かわしたみたいだな……」
言葉を向けたのは、瓦礫の下から這い出たディクシーにだった。殆ど無傷のディクシーだが、背中の漆黒の翼が片方消え去っていた。それは、間違いなく先程のブラストの放ったモノが、抉っていったのだろう。
片翼を失ったディクシーにもう空を飛ぶ手段はなく、これでブラストはようやくディクシーと互角に渡り合える。そのはずだったが、今のブラストにディクシーと互角にやりあう力は残っていない。それ程疲れ切っていた。
ブラストの状態を知ってか知らずか、ディクシーはゆっくりと大剣を構えなおす。
「これで、私と対等だと思うな」
「そんな事……思っちゃいないさ。コッチが……不利なのは……変わらないからな」
途切れ途切れの言葉に、ディクシーが不適に笑う。
「クフフフフッ……。お前にもう、私と戦う力は無いな」
「さぁ……どうかな?」
「強がるな。お前の状況は分かっている」
不適に笑みを浮かべるディクシーは、ゆっくりと右手の大剣の切っ先をブラストの方へと向ける。その先を見据えるブラストは、ボーガンを分解し、天翔姫を刀身の細い剣へと変えて構えた。
「安心しろ……俺は、何事に置いても、手を抜く事はしない」
「私も手を抜く気は無い。全て全力で行く」
両者の視線が交錯し、静かに風が流れる。両者とも表情は変わらず、ゆっくりと足を動かす。円を描く様に右へと歩む両者は、一定の距離を保ったまま静かに睨み合う。様子を窺う様な動きの両者。その二人が同時に足を止め、刃を構えなおす。
「どうした? 掛かって来ないのか?」
「俺はレディーファーストなんでね」
冗談ぽく笑みを浮かべるブラストを、ディクシーは小さく鼻で笑う。
「貴様、それを本気で言ってるのか?」
「さぁねぇ。何処まで本気かは、キミの判断に任せるよ」
両者共、腹を探りあうが、一切隙など見せない。それだけ、集中していた。
意識を集中する二人の内、先に動き出したのはディクシーの方だった。右手に握った大剣で地面を裂き、土煙を巻き上げ自らの姿を消す。その刹那に、ブラストも動き出す。だが、その手に握られたのは天翔姫ではなく、二本の長さの異なるナイフだった。右手に刃の長いナイフを逆手に握り、左手に刃の短いナイフを普通に握る。
低い姿勢で地を駆けるブラストが土煙の中へ入ると同時に、金属音が響き土煙の中で火花が散る。それに遅れて、ブラストとディクシーが土煙から飛び出す。
「――チッ!」
「女性が舌打ちは良くないねぇ」
「貴様にとやかく言われる筋合いは無い!」
ディクシーがブラストへと迫り、鋭い一撃を横一線に見舞う。それを右手に握ったナイフで受け止めると、左手に握ったナイフを突き出す。その刃がディクシーの右頬を掠め、鮮血が散る。二人の視線が交錯し、両者が刃を弾き合い距離をおく。
疲弊するブラストは肩を大きく揺らし、荒々しい呼吸を繰り返す。それでも、それを感じさせぬ強気な態度で口を開く。
「太刀筋が、雑じゃないか?」
「貴様こそ、大分動きが鈍いじゃないか」
「いやはや……。言ってくれるじゃないか」
引き攣った笑みを浮かべるブラストが、地を蹴りディクシーとの距離を詰める。だが、間合いにブラストが入ると同時に、ディクシーの大剣が大気を裂き、金属音を響かせブラストの体を横へと弾いた。
衝撃が全身を襲い、ブラストの体が地面を二・三度バウンドする。砕石と土煙が舞い、ブラストの体が地面を抉っていた。
「イッ……」
ゆっくりと体を起すブラストは、血にまみれた右腕を見据える。
「あらら……これは、痛々しい……」
「クフフフフッ……。どうやら、もう踏ん張る力も無いらしいな」
「いやいや。さっきのは単なる油断だよ」
「油断? なら、もう一度吹っ飛ばしてやるよ」
ディクシーが間合いを詰め、大剣を振り抜く。それをかわそうとしたが、足に力が入らず仕方なく右手のナイフで刃を防ぐ。腕に圧し掛かる衝撃、それがブラストの体を弾き飛ばした。いつもなら踏ん張ることが出来たが、今のブラストにそんな余力は残されていない。
軽々と弾かれたブラストは、体を地面に何度も激しくぶつけ、ようやく勢いを止める。体中擦り傷だらけで、血でまみれていた。
「イッ……」
「クフフフフッ。やはり、お前に私の一撃を耐える力は無い」
「は、ハハハ……その様だね。けど、負ける気は無いね」
体を起しそう答えたブラストは、いつの間にか右手に天翔姫を、左手に双牙を握っていた。そして、ディクシーと視線が交わると、同時に双牙から風の矢が放たれる。一瞬の事だった。構えすら無く放たれた無数の矢が幾度と無くディクシーの体に直撃する。血飛沫が舞い、ディクシーの体が地面を転がった。
深く呼吸をするブラストは双牙をもう一度構え直し、それに右手に持った天翔姫を添える
「悪いな……。不意打ちなんて真似は、好きじゃないんだがな」
「くっ……」
口角から血を流すディクシーがゆっくりと体を起す。体には殆ど傷が無いが、ディクシーの足元はふら付いていた。
「やっぱり、至近距離だと鋭さは無いみたいだね」
「くっ……貴様!」
「そんな目するな。別に手を抜いたわけじゃないさ」
ブラストが笑ってみせると、ディクシーが「黙れ」と叫んだ。苦笑するブラストに対し、鋭い眼差しを向けるディクシー。先程の双牙での攻撃が手を抜いたものだと思ったのだろう。だが、今のブラストに手を抜いて戦うほどの余裕は無く、先程の双牙での攻撃も全力で行ったものだった。
思ったよりもダメージの薄いディクシーは、切っ先をブラストの方に向け大剣を構える。二人の視線が交錯すると同時に、両者が動き出す。
大剣を構え駆け出すディクシーに、双牙に添えた天翔姫の切っ先から風の矢を無数に放つブラスト。一撃一撃が鋭く徐々に勢いを増す風の矢を、ディクシーは大剣で弾きながらブラストへと迫る。
「その程度で――ッ!」
ディクシーが動きを止めバックステップでその場を離れた。漆黒の髪が僅かに宙に舞い、ブラストの右手が大きく振りぬかれていた。
「あと半歩……」
「チッ!」
「舌打ちは、良くないな」
舌打ちしたディクシーに対し、右足を踏み込み、双牙を振るう。思わぬ連撃にディクシーのバランスが崩れ、双牙の切っ先が右肩を掠める。鮮血が飛び、ディクシーが素早くその場を退く。
二人の距離が離れ、お互い荒い息遣いを続ける。やがてその息遣いも静まり、冷たい風が吹き抜けた。