第114回 探り合い
激しい衝撃が周囲に広がる。
爆音と爆風。舞い上がる土煙と瓦礫。土煙はディクシーの両翼により、すぐさま掻き消され、刃を交える二人の姿がすぐに映し出される。ひび割れた地面に僅かに両足を減り込ませるブラストが、ディクシーの振り下ろした剣を弾く。
弾かれたディクシーは、もう一度空へと舞い上がり、体勢を整える。
一方のブラストも地面に減り込んだ足を抜き、小さなため息混じりに空を見上げる。両翼を大きく羽ばたかせるディクシーは、不敵な笑みを浮かべブラストを見下ろす。両者の視線がぶつかり合う。静かに流れる風が二人の衣服を揺らす。
右手に握られた漆黒の天翔姫を下ろしたブラストは、小さくため息を吐くと、天翔姫を肩に担ぐ。
「お前、ずるくないか?」
「お前は、戦争で奇襲をされてずるいと言うのか? それが、戦略と言うやつだろ?」
「まぁ、そうだが、これは戦争じゃない。俺とお前の一騎打ちじゃないか? 同じ条件じゃなきゃ不公平だろ?」
ブラストの言い分を笑いのけるディクシーは、静かな口調で問う。
「不公平? 戦いは常に自分が優位に立って行うモノだ」
「あらら。優位な状態に立ってないと戦えないって、臆病者の考え方じゃないかな?」
「安易な挑発だな。言っておくが、私は挑発に乗るつもりは無い」
堂々とした態度のディクシーが、もう一度不適に笑う。困った様に頬を掻くブラストは、天翔姫をボックスへと戻し、地面に突き立てた双牙を手に取り分解する。それをボックスへと組み合わせる。鼻歌混じりのブラストはカチカチと機械音を響かせ、試行錯誤しながら一本の大剣を作り出す。
双牙が鍔となり、何やら不気味な印象を漂わせるその大剣に、ディクシーも警戒心を強める。そんなディクシーを見上げ、ブラストが呟く。
「さて、それじゃあ、降りて来て貰おうかな」
「降ろせるのもなら、降ろしてみろ」
「ああ。そうするつもりだよ」
左手で大剣を持ち上げたブラストは、切っ先をディクシーに向け右手を鍔に添える。そして、矢を射る様に右手を引くと、切っ先に風が渦巻く。甲高い風音が周囲に響き、突風が吹き荒れる。
狙いを定め、摺り足で右足を踏み込むと、静かに右手を広げた。刹那、切っ先に渦巻く風が放たれ、ブラストが衝撃で吹き飛ぶ。風が鋭い矢と化し、風を取り込みながら、ディクシーへと迫る。
「この程度で、私を地面に降ろすつもりか!」
振り上げた刃が風を取り込む。金色の鍔が輝き、大きな刃が振り下ろされた。両方の風がぶつかり合い、衝撃と爆風が広がる。大地が揺れ、衝撃が地面を僅かに砕いた。
爆風を直に受けたであろうディクシーは、衝撃で地上へと叩き付けられていた。額から流れる血が、シトシトと地面に落ち、ゆっくりと立ち上がる。口から漏れる吐息が荒々しい。
公言通り、地上へとディクシーを降ろしたブラストは、天翔姫と双牙を組み合わせた大剣を構え、
「さて、これでいいかな? 地上へと引き摺り下ろしたぞ」
「ふざけろ……テメェが降ろしたわけじゃねぇだろ」
「まぁ、どっちでも良いけど、これで公平な戦いが出来るな」
「公平? んなわけねぇだろ。この翼がある以上、何度でも飛べるんだよ」
両翼を羽ばたかせ空へと舞い上がるディクシーを見据え、「あーぁ」と呟いたブラストは、小さくため息を吐いた。
「懲りないな」
「お前に何度もあれを撃たせると思うか?」
「やっぱり、撃たせてもらえないかな?」
ため息混じりにそう呟いたブラストに、ディクシーがその漆黒の翼を広げ、無数の羽を飛ばす。刃の様に鋭い羽が勢い良くブラストへと飛ぶ。向かい来る羽を見据えるブラストは、右手で鍔となる双牙の短い刃のナイフを抜き、逆手でそれを振るう。澄んだ金属音が聞こえ、漆黒の羽が地上へと散る。小さく息を吐いたブラストは、ナイフを戻しゆっくりとディクシーを見上げた。
「もう止めないか? こう言うチマチマした攻防は?」
「何だ? 持久戦は嫌いか?」
「持久戦……か。俺が言っているのは、そう言う腹の探り合いを止めようって事なんだがね」
ブラストはそう問い、首を左右に振る。
お互い探り合う様に言葉を交わすが、どちらも隙を一切見せない。摺り足で横移動するブラストは、大剣の切っ先で地面を抉る。
僅かに舞う土煙。
静かに吹き抜ける風。
ブラストの足音に、ディクシーの翼の羽ばたき。
静かに時が過ぎる。穏やかな時が。
たった数分の時が流れ、また動きだす。激しい風を巻き上げ、砕石と土煙が空中を舞う。
ディクシーの再度行った急降下。衝撃が瞬く間に周囲に土煙を広げ、爆音がこだまする。後方に飛び退いたブラストの姿が土煙に呑まれ、直後に金属音が響く。一度ではなく何度も。土煙の中で、二人の攻防が行われているのだろう。
衝撃が幾度となく広がり、土煙の中からブラストがはじき出される。それに数秒遅れ、土煙から飛び出すディクシーが右手に握った大剣を横一線に振り抜く。激しい金属音が響き、火花が散る。
凄まじい衝撃がブラストの両腕を襲い、足が地面から離れ後方へと吹き飛ぶ。それでも、体勢を崩す事の無いブラストは、すぐに両足を地に着き刃を構えなおす。
何度も刃を振るうが、攻めきる事が出来ず、苛立つディクシーはその身体を徐々に変貌させていく。黒髪が刺々しく、目の色が赤く、漆黒の翼はより一層大きく膨れ上がる。
「それが、魔獣化か……。随分と様変わりして……」
「変わったのは姿だけじゃ――ない!」
ディクシーがブラストの視界から一瞬で消える。残されたのは土煙と爆風のみ。だが、ブラストはすぐに状況を判断し、大剣の鍔から刃の短いナイフを抜く。それに遅れ降り注ぐ漆黒の羽。何とかナイフでそれを捌くが、それは先程のモノよりも数段スピードアップしており、徐々にブラストの動きが鈍くなる。
「くっ!」
「これで、終わりだ!」
ディクシーの声が高らかに聞こえ、甲高い風切り音が周囲に響く。視線を上げれば見える。急降下してくるディクシーの姿。羽を捌くだけで手一杯のブラストに、急降下してくるディクシーをとめる術は無く――直撃を受ける。
激しい爆音。砕けた地面がその破壊力をものがたり、飛び散る砕石は雨の雫の様に地上に降りたった。乾いた音だけが周囲に聞こえ、土煙の中からディクシーが飛び立つ。
「くふふふふっ…どうした? いつもの様にかわさないのか?」
皮肉った言葉に、土煙の中で瓦礫の崩れる音が聞こえた。
「……イッ! 派手にやってくれるな……」
瓦礫の崩れる音に遅れ聞こえたブラストの声に、ディクシーが更に含みをきかせた笑いを響かせる。
「くふっ……くふふふふっ」
「随分余裕だな」
「当然だろ。今、私を貴様は捉える事が出来ないのだからだ」
自信に満ち溢れた言葉にブラストも小さく笑い声を漏らす。その笑い声が聞こえたのか、ディクシーは眉間にシワを寄せる。土煙が徐々に晴れ、鮮血に染まる地面があらわとなった。そこに佇むブラストの手に握られるは巨大なボーガン。ボックスの両端に長さの異なる二本のナイフ。そのボックスを縦に貫く様に伸びる一本の槍。その先に集まるのは光の粒子。
その瞬間に危険を察知するディクシーだが、それよりも先にブラストの笑みと同時に収縮された光が放たれた。
大分更新が遅れました。申し訳ありません。
次回からは早く更新できる様頑張りたいと思います。
……毎度同じ事を言って……本当に申し訳ないと思ってます。
楽しみにしている読者の皆様には、ご迷惑お掛けしていますが、今後は頑張って更新していきたいと思います。




