第113回 オリジナル
漆黒の翼が風を掻く。
龍の刻印の刻まれた剣が、突風を生み出し、周囲を激しい風音が包み込む。細い漆黒の刃の剣を地面に突き立てたブラストは、上空に渦巻く風を見据え静かに息を吐く。懐から取り出した一本の筒。その筒に付いたボタンを一つ押せば、筒が一瞬で槍へと変化する。
鼻歌混じりでその槍を地面に突き立て、更に腰にぶら下げた二本のナイフを取り出す。長さの違う二本のナイフを組み合わせ、何かを調整する様に刃に左手の人差し指を沿わせる。それを終えると、刃の長い方を下に向け地面に突き刺す。全ての準備を整えたのか、ゆっくりと伸びをすると、背後に佇むツヴァルの方へと体を向け、
「よし、ツヴァルいいぞ」
「いいぞって、何だよ。僕にどうしろって、言うんだ?」
「下ろせ」
「無茶言うな」
「フッ……第三十六代将軍は腰抜けなんだな」
馬鹿にする様な口振りに、ツヴァルが引き攣った笑みを浮かべる。
「それは、どう言う意味ですかね? 返答次第では許しませんけど」
「言葉通りの意味だ。まぁ、出来ないなら、俺がやるしか――」
その言葉にツヴァルが表情を引き攣らせ、額に青筋を浮かべる。だが、落ち着いた様に小さなため息を吐くと、眉間にシワを寄せ呟く。
「何と言われても、無理なモノは無理です。大体、双牙で打ち落とせば早いでしょ」
「はぁ〜っ」
馬鹿にした様なため息を吐き、首を振るブラストが、呆れた目をツヴァルに向けた。しかし、そのブラストを呆れた目で見据えるツヴァルは、右手で頭を押さえると、渋々と足を進める。
「自分でやってください」
「全く、使えないな」
「ウルサイ! 僕は疲れてるんです! 少しは自分で何とかしてください!」
怒声を響かせ、ツヴァルがその場を去る。その背中を見据えるブラストが、小さく笑う。
「相変わらずか……」
ボソッと呟き、地面に突き刺した二本のナイフを組み合わせた武器を手に取る。これは、バルドの持つ双牙のオリジナル。まだリミッターも付いていない破壊力を重視した不安定なモノだ。
それ故、扱える者もおらず、製造者であるブラストですら、上手く扱う事が出来ない。それでも、オリジナルを使うのは、それ程の相手だからだった。小さく息を吐き出し、心を静めるブラストは、左足を踏み込み左手に握った双牙をゆっくりとディクシーの方へと向ける。右手を双牙に沿わせ、静かに引く。大量の風を集め形成された矢の先が、暴走する様に震える。
「――クッ! 大人しく……言う事を……聞け!」
右手を離すと、風の矢が鏃を震わせながらもディクシーへと向って飛ぶ。だが、それと引き換えに、ブラストの体を重々しい衝撃が貫く。吹き飛ばない様に両足に力を込めるが、ブラストの上半身は大きく仰け反る。
一方、放たれた風の矢は、大きくディクシーから逸れ消滅した。小さな舌打ちをして、上半身を起こすブラストは、もう一度双牙に右手を添える。
「今度は、真っ直ぐ飛んでくれよ」
双牙に言い聞かせる様に呟き、右手をゆっくりと引く。風が圧縮されもう一度矢が形成される。先程よりも、大きく強靭なモノが生まれた。鏃が大きく揺らぎ、狙いが定まらない。それでも、何とか狙いを定め、矢を放つ。衝撃に上半身が仰け反る。先程とは比べ物にならない衝撃に、ブラストの表情が僅かに引き攣る。
放たれた風の矢は、更に風を取り込み甲高い音を響かせた。その音にディクシーも気付き、視線を落とす。刹那、迫り来る風の矢が僅かに顔の横を掠めた。頬が裂け血が弾ける。と、同時にディクシーの口に笑みが浮かぶ。
「見つけたぞ!」
「ありゃ、見つかってしまったかな」
ディクシーの言葉におどけてみせるブラストが、双牙を地面に突き刺し、漆黒の刃の天翔姫を地面から抜く。これも、ティルの持つ天翔姫のオリジナルとなったモノだ。刃の強度も、切れ味も改良版を凌ぐ。オリジナルの中では唯一ブラストが扱う事の出来るモノだ。
華麗に天翔姫を回し、漆黒の刃の先をディクシーへと向けたブラストは、多少引き攣った笑みを浮かべながら述べる。
「キミとは以前にもあったね」
「忘れもしない。この翼の傷を!」
「あ〜ぁ。本当だ。酷い傷だね」
他人事の様な口振りのブラストだが、その翼の傷はブラストが付けたモノだった。その口振りが気に食わなかったのか、持っていた剣を乱暴に振り下ろすと、疾風が駆けブラストの体を襲う。だが、その風を断ち切る様にブラストが天翔姫を横一線に振り抜く。
無音で振り抜かれた刃が、疾風を完全に断ち切り、ブラストの灰色の髪が僅かに揺れただけだった。小さく吐息を落としたブラストは、落ち着いた目でディクシーを見据える。両者の視線が交わり、その間を静かに風が流れる。
両者共に目を睨んだまま動かない。二人の間だけ、時が止まった様に静かだった。小さく短い呼吸を繰り返すブラストは、ゆっくりと右足を前に出す。下段に構えた天翔姫を更に低く構え、静かに息を吸う。その行動にディクシーもゆっくりと握っていた剣を上段に構える。隙だらけの構えだが、上空に居るディクシーにとって、それはどうでも良かった。空を飛べない種族が相手なのだから。
双方の対照的な構え。先に動いたのは――ディクシーだ。漆黒の翼が大きく羽ばたき、刹那に無数の羽が刃となりブラストに向って急降下する。その羽を見据えるブラストは、上半身を僅かに逸らすだけの動きで、全ての羽をかわした。
「随分と安易な攻撃をするね」
「フフフッ……安易だと? 違うな。今のは単なる挨拶がわりだ。次は本気で行く」
「いやいや。俺としては、もう少しウォーミングアップを――」
「黙れ!」
翼を折りたたみ、ブラスト目掛けて急降下するディクシー。切っ先がブラストの胸に向って伸びるが、それを天翔姫が右方向へと受け流す。その瞬間に翼が広がり、突風を巻き上げディクシーの体が上空へと戻る。巻き上がった土煙がブラストを包み込み、ディクシーはそこに向ってもう一度鋭い羽を飛ばす。
しかし、それが土煙に入る前に、全てを呑み込む様な大きな竜巻が起きた。土煙を呑み込み、大きく揺らぐ竜巻がディクシーに迫る。
「チッ……小ざかしい!」
ディクシーが手に持った剣を一振りすると、竜巻が裂け土煙が散布する。そよ風がディクシーの頬を撫でる。視線の先には薄らと見えるブラストの姿。ブラストからもディクシーの姿は土煙の向うに薄らと見えていた。手には渦浪尖。その矛先は三つに別れ、その先に小さな風が渦巻いていた。
この渦浪尖も、カシオが持つモノのオリジナルで、やはり他のオリジナルと同じく扱いが難しいモノとなっている。その代償として、現在ブラストの右腕は血に塗れていた。
「ハァ…ハァ……。コイツが一番性質が悪いな」
渦浪尖の矛先を見据えながら、そうぼやいたブラストは、引き攣った笑みを浮かべる。
右腕を震わせながら、渦浪尖を地面へと突き刺したブラストは、左手で天翔姫を握りディクシーに切っ先を向ける。その行動に、ディクシーも切っ先をブラストに向け、「決着をつけよう」と呟き、もう一度急降下する。