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第111回 不気味

 ツヴァルは意外に冷静だった。

 魔獣人を二人相手にし、最悪の状況だと言うのに、口元には笑みが浮かんでいる。右手に握る短刀を軽やかに回し、ゆっくりとした足取りで前進する。

 異様な空気にディクシーは眉間にシワを寄せ、武器を構えなおす。一方で、不適な笑みを浮かべるクローゼルは、細長の体を揺らしながら、長い両腕をブラブラと左右に振る。振り子の様に動く両拳が、しなやかに空を裂く。風を裂く鋭い音が聞こえ、ツヴァルの体が弾かれる。

 だが、二・三歩よろめいただけで、ツヴァルの足が止まる事は無い。それが更に不気味さを増し、ディクシーが危険な臭いを感じ取った。


「クローゼル! 離れるぞ!」

「何、言っちゃってるの〜。こんな雑魚に〜背を――ッ!」


 振り抜いた左拳に激痛が走り、一瞬にして手を引く。拳が裂け血が滴れる。何が起ったか分からず、表情を顰めるクローゼルにツヴァルの静かな笑い声を上げた。


「フフフフッ……フフフフフッ……フフフフフフフッ」

「てっめぇ!」

「行くよ……フフフフッ……」


 突然の変貌振りに流石のクローゼルも異変を感じ取り、その場を離れる。が、ツヴァルがそれを許さず、すぐに間合いを詰める。焦りから小さく「クッ」と声を漏らすクローゼルに、ツヴァルの右手の刃が伸びた。

 切っ先が首筋に触れる刹那、下から振り上げられたディクシーの剣が刃を弾き、更には間合いを詰めツヴァルの左肩を切っ先が貫く。だが、表情一つ変えず、ツヴァルの口元に笑みが浮かぶ。


「クッ!」


 逆に表情を引き攣らせたディクシーが、その身を一歩引き、同時にツヴァルの左肩を貫いた刃を抜く。鮮血が溢れ、ツヴァルの服が真っ赤に染まる。一瞬動きが止まった様に見えたが、すぐにツヴァルの右腕が振り抜かれた。殆ど一瞬の事で、ディクシーも反応する事が出来なかった。

 切っ先が漆黒の髪を裂き、ディクシーの左頬から血が流れる。刃が触れた感触すら感じさせないその一撃に、思わず翼を羽ばたかせ間合いを取った。

 距離を取ったディクシーとクローゼルの両者を見据えるツヴァルは、静かに息を吐き出す。赤紫色の髪がゆっくりと揺れ、構えられた右腕が静かに下ろされた。


「はふーっ……やめたやめた。な〜んで僕が痛い思いして戦わなきゃいけないんだよ」


 突然の豹変っぷりに、ディクシーとクローゼルも構えを解く。驚きと困惑が混ざり合った表情を見せる二人に対し、ツヴァルは短刀をしまい、背を向けてしまった。

 その行動に怒りをあらわにしたのはディクシーだった。戦いの最中背を向けると言う行為が、自分への侮辱。そう感じたのだ。


「貴様! 殺す!」


 ディクシーが駆け出し、右手の剣を振り抜く。が、その刃が突如砕け切っ先が地面へと突き刺さった。首筋に当てられた短刀の刃に、ディクシーの額から汗が流れる。


「止めましょうよ。無駄な争いは」

「無駄な争いだと? 私には目的がある」

「僕にも目的はありますよ」


 口元に浮かんだ不適な笑みが、ディクシーの体を硬直させる。だが、恐怖よりも怒りが先にディクシーの体を支配した。

 風を切る音が聞こえ、ツヴァルの体が血を吹く。いつ振り抜かれたか分からないディクシーの剣先に付着する血が、シトシトと地面に落ちた。右脇腹から左肩かけ綺麗に切り上げられ、背中から地面に倒れたツヴァルの体が二回程バウンドする。

 指一つ動かさないツヴァルの手から短刀が落ちた。血がドクドクと脈を打ちながら溢れる。


「貴様の目的など知るか……」


 ディクシーがそう述べ、右手の剣を構えなおす。

 ムクッと体を起したツヴァルは、静かに息を吐く。


「ツマンネェな。全く、すぐキレるんだからさ」

「き、貴様!」


 驚きの声を上げるディクシー。確かに手応えを感じたからだ。それに、ツヴァルの体の傷も相当深いはずなのに、それを感じさせない態度。ゆったりとした動きと共に抜かれた短刀が、空を裂く。

 血を流しながらも平然とするツヴァルに、引き気味のクローゼルは、引き攣った表情を浮かべる。普通の人間が、あの傷で平然としていられるわけが無いからだ。自らを落ち着ける為に深呼吸を繰り返すクローゼルだが、それがより良くクローゼルの思考回路を働かせ、更なる恐怖を植えつける。


「な……なんだ……アイツ……」


 恐怖で体が震え、瞳孔が開く。自然と体が後退し、その場から逃げ出しそうになった。だが、それをツヴァルは許さない。突如向けられた視線が、足を凍りつかせたからだ。これ程まで、死を間近に感じたのは初めてで、クローゼルは息をする事すら忘れる程だった。

 その場から逃げ出そうと、足を引いたクローゼルの耳元で、ツヴァルの囁き声が聞こえた。


「逃がさないよ……皆殺しだ」


 向けられた不適な笑みに、流石のディクシーも身を退いた。

 漂う殺気に、膝を折ったディクシーは、剣を地面に突き立て何とか体を支える。一瞬意識が飛びそうになったが、それに耐え呼吸を整え叫ぶ。


「貴様など、私の剣で――ッ!」


 言い終える前に右肩から血が吹き出る。

 いつの間にか振り抜かれた右手が空を指し、その手に握られた刃の先に血が付着していた。ふら付くディクシーは、地面に突き立てていた剣を抜き、構えながら後退する。

 二つの血が地面で混ざり合い凝血し、生臭い匂いを漂わせていた。

 鼻を刺す様な匂いに、顔を顰めたディクシーだが、すぐにその表情を真剣に変える。目の前に佇む、得体の知れないツヴァルを相手にする為に。

 振り上げた右腕を静かに下ろしたツヴァルは、両肩を小刻みに揺らし小さな声で笑う。それが、一層ツヴァルを不気味に見せる。

 細い刃の刃先をツヴァルに向けるディクシーは、奥歯を噛み締め背後で蹲るクローゼルに叫ぶ。


「何、蹲ってやがる! 敵は目の前に――」

「クフフフッ」


 突然背後から聞こえてきた笑い声に振り返ると、そこにツヴァルの姿があった。蹲るクローゼルの首筋に短刀をあてがうツヴァルが、口元を緩め不適に微笑む。背筋がゾッとする程の殺意にディクシーは冷静さを失う。


「うおおおおっ!」


 腹の底から吐き出した雄叫びで自らを鼓舞し、大地を蹴った。土が欠け、砕石が舞う。漆黒の翼が広がり、自らの体を大きく見せる事でツヴァルを威嚇する。野生的本能が行った行動だったが、それを嘲笑うかの様にツヴァルがゆっくりと立ち上がり両手を広げた。


「さぁ、僕の心臓はここだよ」

「貴様ァァァァッ!」


 叫ぶと同時に刃を突き出す。切っ先がツヴァルの胸に吸い込まれる様に突き刺さる。だが、その感触に違和感を感じた。それが何か気付く前に、顔面を何かが殴打し、ディクシーの体が大きく揺らめく。

 二、三歩後退したディクシー。ツヴァルを貫いていたはずの刃は簡単に抜け、綺麗な刃を輝かせた。

 よろめいたディクシーは左手で顔を抑え、指の合間からその刃を見据える。そして、気付く、刃に血が付いていない事に。


「クッ! 貴様、一体!」


 顔の前の左手を振り下ろし、ツヴァルにそう怒鳴る。鼻からは血が流れるが、それが気にならない程怒りに満ちたディクシーが、右手の剣の切っ先をもう一度ツヴァルへと向けた。そんなディクシーに不適な笑みを浮かべるツヴァルが、一歩足を踏み込みその手に持った短刀をむける。

 前作から数えれば211回目を迎えるわけですが、長いですね。

 毎度あとがきを書くと、言ってる気がします。

 そろそろ展開にも飽きてきた所でしょう。なるべく早く完結できる様努力しているしだいであります。

 こんなにも長い作品を毎度見に来てくれる読者の皆様には、本当に感謝しています。これからも、よろしくお願いします。

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