第11回 さよなら
朝方、呻き声が森の中に響く。静かで薄らと霧が辺りを包み込む森の隅々まで響く呻き声に、風が騒ぎ出す。すると、森の木々も慌ただしくザワメキたつ。何かの訪れを予期するかの様に慌ただしくなりだす。
その呻き声に目を覚ますルナは、その呻き声が近くから聞える事に不思議と胸騒ぎがする。それが、何なのかはっきりとは分からない。でも、胸騒ぎは一層強まる。霧で視界の悪い中、辺りを見回すルナは、ワノールとウィンスの二人の姿を確認し、再度辺りを見回す。しかし、フォンの姿だけどうしても見つからない。この時、胸騒ぎがより一層強まり、胸の鼓動が早まる。
立ち上がり更に遠くまで見回すが、霧が濃く遠くまで見る事が出来ず、ルナはゆっくりと歩きながら霧の奥まで確認する。霧の中へと入っていき、ルナの視界に黒い影が映った。木の陰に蹲るような形で座り込む影が。そして、それが呻き声を発する者だった。
その人物に歩み寄るルナは、恐る恐る声を掛けた。
「フォンさん?」
呻き声を発するのがフォンなのか、ルナは分からない。だが、そう声を掛けたのには訳があった。それは、その座り込む姿がフォンの様に見えたからだ。しかし、呻き声はとてもフォンの声とは思えないほどの濁った声だった。息を呑むルナに、その濁った声が返事を返す。
「ルナ……。オイラニ…近付クナ……」
声は違えど、その言葉遣いはまさしくフォンそのものだった。苦しむ理由を知らないルナは、すぐさまフォンの傍に駆け寄ろうとする。だが、次第にフォンの体に変化が現れ始めた。
縮こまっていた体は、徐々に膨れ上がり、苦しそうだった呻き声が獣の様な遠吠えへと変化する。霧の中で二つの黄色の目が輝きを放ち、血を求める獣の様に剥き出しの牙から涎を滴らす。普段の何倍にも膨らむ腕周り脚周りは、メキメキと軋みをあげている。
そんなフォンの姿に、ルナは驚き一歩後退する。この姿を見るのは初めてじゃない。でも、今回のはいつもと違う。怒り? いや、それとは違う何か殺意の様なものを感じる。それは、まるでルナをここで殺してしまいそうな雰囲気だった。体が恐怖からか動く事を拒絶し、ルナはその場に立ち尽くす。霧の中の黄色の目がルナを真っ直ぐ睨み付け、徐々にルナに近付く。
この時気付く。あの時の違和感を。あの時感じた嫌な予感。全てがここで繋がった。が、もう手遅れだ。完全に、フォンの体は中に眠る獣に蝕まれ、獣の意思が外に出始めている。それでも、フォンの意思がまだ残っていたのだろう。歩みを止め動かないルナにかすれた声で言う。
「逃ゲロ……。早ク……。オイラ……モウ…駄目ダ……」
その声は今にも途切れそうで、完全にフォンの意思は遠退いている。薄れていく意識の中、フォンは必死に願う。ティルが無事にミーファを見つけ出してくれる事を。集まった仲間が無事、グラスターの首都に辿り着ける事を。そして、この世界が平和にどの種族も仲良く暮らせる様に。
「ガアアアアアアッ!」
響き渡る遠吠え。苦しみから解き放たれた様な叫びは森の隅々まで聞え、ウィンスもワノールも目を覚まし、あの森の奥地にある村の人々もその遠吠えに目を覚ました。木々は騒ぎ立て、鬱蒼と生えた草達は恐怖に震え上がる。
「な、何だ! 一体!」
「ウィンス! ルナとフォンの姿が見当たらないぞ!」
「この霧じゃあ、探し様がないよ!」
「お前の風で何とか出来ないのか!」
「さっきからやってるって! でも、風が集まらないんだ!」
ウィンスがそう叫ぶと、「役に立たないな」と、ワノールは小声でぼやく。その声はウィンスには聞えず、真剣な面持ちでウィンスは右手に風を集めようと必死だった。左目を凝らすワノールは、霧の中に影を見る。何か獣の様な影を。それは、黄色い瞳をワノールの方にむけ、逃げる様に背を向け霧の奥深くへと消えてゆく。一つ残った黒い影。立ち尽くしたまま動かず、ただジッとしている。小さなその影は、暫くして、ゆっくりとへたり込んだ。森は依然騒いだままだが、霧は徐々に薄れてゆく。そして、へたり込んだ影が霧から露になった。
「ルナ!」
「大丈夫か! あの魔獣は何処へ行った!」
「違います! あれは、魔獣なんかじゃ……」
薄ら涙を零すルナに、ウィンスもワノールもただ黙り込む。あの霧の中で何があったのか、分からない二人はただルナが泣き止むのを待つしかなかった。初めて泣いたルナは、まるで今まで我慢していた悲しみを、ぶちまけるかの様に涙を流す。声は出さず、涙だけ目から止め処なく流れ出し、ルナの悲しみがヒシヒシと伝わる。ウィンスもワノールも声を掛けられず、俯きルナをソッとした。
地を駆ける音が響く。霧の濃い中をひたすら走り続ける。皆を襲わない為に、必死に走り続ける。自分の意識が獣となる前に。何度も木にぶつかるが、もう痛みを感じる事はない。右手の感覚が徐々になくなり、その手がフォンの首を絞める。フォンの意識を消そうと目覚め始めた獣が、フォンに襲い掛かる。息が苦しくなり、意識が薄れる。それでも、遠くに行こうと駆けるフォンの脚は止まらない。だが、フォンの意識はなくなった。霧で視界を遮られ、前に崖がある事を知らず、そのまま下に転落したのだ。突き出た岩肌に激しく体を打ちつけながら。
フォンが目を覚ますと、体の自由が利かなかった。獣に完全に体を乗っ取られたのか、それとも体を打ちつけたのが悪かったのか、原因は不明だがフォンは崖にもたれたまま動くことは出来ない。今の所、意識はまだはっきりしている為、獣に乗っ取られたと言う事は無い様だ。だが、すぐに意識が飛びそうになる。そして、頭の中に醜い声が響く。
『俺ニ体ヲヨコセ!』
「ウアアアアッ!」
頭に響く声に苦しみ地に疼くまり悲痛の声をあげる。体を襲う激痛。また、変化を始める体。軋む節々が悲鳴を上げ、フォンの意識を遠退かせてゆく。そんなフォンの耳に足音が聞える。静かにこちらに近付いてくる足音が。爪は鋭く伸び、牙がむき出しになり、目も獣の様に変貌するフォンの体は、もうフォンの意識など吹き飛ばしそうだった。
「来ルナ……。誰モ…近クニ寄ルナ……」
そのフォンの言葉も虚しく、フォンの傍で足音が止まり声がする。
「黄色い瞳……君が、フォンか……」
「誰ダ……。オマエ……」
濁った声でそう言うフォンは、ゆっくりと顔を上げる。そこには、黒い髪を靡かせる優しげな面持ちの男が居た。歳は殆どフォンと変わらないであろう、その男はその場に屈みこみフォンの顔を真っ直ぐ見据える。
「可哀想に。こんなにも、獣に蝕まれてしまうなんて……。全くの想定外だよ。ここで獣に乗っ取られたら、俺の計画が全て駄目になってしまう。悪いけど、それだけは阻止しなきゃならないんで、ここで死んでもらうよ」
「フザケルナ! 俺ハ、死ナナイ! 俺ハ神ノ使イナリ! 魔獣如キニ何ガ出来ル!」
「魔獣如き? 残念だけど、俺は、魔獣じゃなくて魔獣人! 呪いで授かったこの力を試してみるか!」
「ホザケ! 魔獣モ魔獣人モ、所詮ハ神ノ手駒ニ過ギン!」
その声と同時に不気味な笑みを浮かべながらフォンが男に掴みかかる。鋭く伸びた牙で、男を噛み砕こうとしたその時、体に衝撃が走る。背中から突き出た男の右手。鋭く伸びた爪の先から真っ赤な血が滴れる。
「グッ……。貴様……」
「俺の計画の邪魔はさせない。さよなら獣人よ」
力強く右腕を抜く。貫かれた胸から血が噴出し、フォンの体が背中から地面に崩れる。弾む様に倒れこんだフォンの体は、みるみる小さくなっていきむき出しの牙は小さくなる。血がフォンの体を覆う様に広がった。
第十回 キャラクター紹介。今日は『ノーリン』の紹介です。
名 前 : ノーリン=バジーヌ
種 族 : 空鳥族
年 齢 : 22歳
身 長 : 200cm
体 重 : 92kg
性 格 : ケチの金好き。だが、怪我人には優しく命を誰よりも大切に考える。
好きなモノ: 金・握り飯・星・漬物
嫌いなモノ: けちな奴・麺類・女
作者コメント:
空飛ぶ種族空鳥族の男。お金さえ貰えれば、どんな所の用心棒も引き受ける。細目で開いているのか不明。だが、目を開くと人格が変わる。
女は皆、金遣いが荒いと思い込んでおり、全ての女性を嫌う。少し変わった性格。
以上を持ちまして、キャラクター紹介を終ります。後々、他のキャラも紹介すると思います。それでは、また会う日まで。