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第107回 漆黒の龍の降臨

 吹き荒れる風。

 舞い上がる土煙。

 轟く咆哮が次第に大きく、確実に大気を震わせる。

 刺々しい殺気が肌を刺す。リオルドもアルドフもその殺気にたじろぐ様に一歩退く。それは極々当たり前の行動だったが、リオルドにとっては屈辱でしかなかった。奥歯を噛み締め、剣を握る右手に力が篭る。拳が震え、膨れ上がった腕に血管が浮き上がる。足の爪は確りと地面を喰らい、ゆっくりと下半身に力が篭る。

 血液が煮えたぎる様に熱く、リオルドの体を爆発させるかの如く活発に心臓を躍動させた。静かに息を吐き出し、下半身に溜めた力を一気に解き放つ。地が砕け、リオルドが一瞬にしてフレイストの間合いに入る。


「死ねエエエェェェッ!」


 咆哮と同時に右腕が唸りを上げる。切っ先が地面を裂き、砂塵を巻き上げフレイストへと迫る。が、それも束の間。その動きは一瞬にして止められた。例の尻尾によって。刃だけが震え、リオルドの表情が引き攣る。その眼に映るのは右頬まで亀裂の走ったフレイストの顔。体の中から轟く不気味な声が、リオルドの腹まで響く。それは恐ろしく、身震いすら感じる程だった。

 奥歯を噛み締めるリオルドは、右手をもう一度大きく振りかぶる。しかし、それを振り下ろす事を、尻尾が許さない。鋭く尾先でリオルドに突きを見舞う。咄嗟にその場を飛び退き、尾先が地面だけを砕いた。二人の間に砕石が舞い、鋭い視線がぶつかり合う。

 二人の距離が離れ、リオルドはもう一度下半身に力を溜める。が、突如足元の地面が砕け、鋭い尾先がリオルドの右肩へと突き刺さった。

 鮮血が迸り、リオルドの体が宙に舞う。苦痛に歪んだ表情に「クッ」と、短音の声が聞こえた。激しく地面を転げたリオルドの体。地面には血の跡が残り、土煙が巻き上がる。


「隊長……。一つ聞いておきたいんですが、あの尻尾は……」


 フレイストとリオルドの攻防を見ていたレヴィが、アルドフの後ろでそう尋ねると、表情を変えずアルドフが答える。


「あれは、龍の尾だ。強靭克しなやかで、尾先は刃の様に鋭く、鱗はどんな刃をも跳ね返す」

「でも、あれはさっき隊長が使っていたのと――」

「違う。奴は別格だ」

「それじゃあ……」


 息を呑むレヴィに、アルドフは小さく息を吐く。険しい表情は変わらず、淡々とした口調で更に言葉を続ける。


「現・国王の中に居るのは、歴代最強の龍と言われている」

「隊長は見た事があるんですか? その……龍を」


 僅かに頭を振り、深く息を吐く。


「俺はまだ見た事は無いが、当時その場に居た者は悪魔の様な龍だったと口々に言っていた」

「悪魔の様な龍?」

「ああ。俺が丁度別の任務の為、城を離れていた時に目覚めたらしい。原因は母親の死だ、そうだ」


 少々口調が切なげに変わった。それは、アルドフも経験があった早すぎに母親との別れ。少しだけ瞼を閉じ、すぐにいつもの顔付きに戻るが、言葉を紡ぐ声色だけはやはり切なげだった。


「その結果、この町の半分を破壊した」

「そ、そんな話、聞いた事ありません。一体、いつの――」

「二五〇年前の話だからな」

「……二五〇年」


 驚き息を呑む。あのフレイストの体の中にそんな凶悪な龍が居る、そう考えるだけで恐ろしくなる。それはアルドフも一緒なのだろう。険しい表情に、深く息を吐く。頬に浮き出る細かな鱗模様が美しく輝き、みるみるアルドフの体を包む。

 周囲の騒がしさすら静かに感じる程の咆哮が衝撃を広げる。突然の事に眼を伏せるレヴィだが、衝撃はいつまでもやってこず、緩い風が髪を撫でた。瞼を開くと目の前に佇む大きな背中。赤い鱗と大きな翼がレヴィを守る様にしていた。

 一瞬困惑するが、聞こえてきた声ですぐに状況を理解する。


「大丈夫か?」

「え、えぇ。大丈夫です」


 僅かに頷く。空気が震えるのを感じ、レヴィは恐る恐る尋ねる。


「何で、今頃になってその龍が……」


 その質問にアルドフの声色が変わる。


「多分、カーブン様の死が、関係している」

「カーブン様の? どう言う事ですか?」


 慌てた口調に、アルドフが静かに返答する。


「ああ。あの龍の目覚めは母親の死だ。それを考えると、今回は父親の死を受けてのモノだろう」


 意外と冷静な分析に、レヴィも納得する。

 それから、二人は黙った。目の前で起きる事を、その眼に記憶する為に。

 激しい風がアルドフの体を襲い、土煙が視界を妨げる。見えるのは亀裂の走るフレイストと、正面に佇むリオルド。表情までは詳しく見取れないが、リオルドもその衝撃に圧倒されているのは、何と無く分かった。

 奥歯を噛み締め全身を襲う激痛に耐えるフレイストは、表情を歪めながらも僅かに口元に笑みを浮かべる。


「この身は……ッ……朽ちる……。それでも……貴方を……クッ……消せるのなら……」

「フザケロ。テメェに、俺が消せるかよ!」


 もう一度リオルドが地を蹴る。広がる衝撃が全身を襲い、リオルドの皮膚が裂け血が飛ぶ。膨れ上がった右腕に浮き上がった血管すらも傷付き、血飛沫が上がる。それでも前進する事を止めず、雄叫びを上げながら右腕を振り抜く。太い刃が腕の振りに遅れ、衝撃を裂き刃を震わせながらフレイストの首へと伸びる。が、その刃が触れる寸前で、腕が止まりリオルドの表情が苦痛で歪む。

 動きを止めたリオルドの体を数秒遅れで振り抜かれた、龍の尾が弾き飛ばした。地面を激しく転がり、リオルドの動きが止まる。血と荒い吐息だけが流れる。口から漏れる赤い線が地面へと落ち、リオルドの体がゆっくりと起き上がった。


「……ぐっ……カハッ……ふざけ……」


 口から漏れる言葉に耳を傾けながら、フレイストは膝を地に落とした。口から漏れる息が、次第に弱々しくなり、遂には両手を地に付く。

 体が裂ける様な痛み。聞こえるのは体が砕ける様な不気味な音。外に漏れる咆哮が、次第にハッキリと聞こえる様になり、背中から遂に鋭い爪が露となった。


「――ヴゥゥゥッ……外気が……久方振りの……我を……眠りから……呼び戻す……」


 不気味な声が聞こえ、大気が震える。今まで広がっていた衝撃が収まり、風がその背中へと吸引されていく。小さな竜巻が生まれ、全てを吸い込む。


「グッ! 来るぞ……、俺の後ろに隠れてろ」


 そう叫ぶアルドフだが、その声がレヴィに届いたかは定かではない。だが、次の瞬間、弾けた様に吸収された風が凄まじい衝撃となり、周囲に広がった。それは、漆黒の龍の訪れと、全ての破壊を意味する。

 程なくして、舞い上がっていた土煙が消える。急激に静まり返り、兵士も魔獣も手を止めその瞬間を固唾を呑んで見守る。


「ヴゥゥゥゥッ……。我は……どれ位寝ていたのだ……」


 静けさを破る様に一つの声が聞こえる。その不気味な声は、間違いなくフレイストの体から聞こえていた声だが、そこに居たのは龍と言うには小さく可愛らしい生物だった。

 皆がその外見に唖然とし、失笑が所々で聞こえる。

 しかし、その失笑すら聞こえていないのか、周囲を見回すその生物は、小さな両翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がった。

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