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第103回 バラバラ

 風を取り込みながら突き進む一本の矢。

 甲高い風の音に化物は耳を僅かに動かし、咆哮を止める。激しい衝撃から解放されたノーリンの体が揺らぎ、地上へと落下する。真下にはティルが待ち構え、巨体のノーリンを――受け止められなかった。

 地面に背中を打ちつけ、盛大に土煙を巻き上げる。その横でむせ返るティルは、目を細め口を押さえながら声を掛けた。


「大丈夫か?」

「…………」


 返答が無い代わりに、振りあがった化物の左前足が三人に向って振り下ろされた。爆風が吹き荒れ、土煙が街道を流れる。直撃を避けたティルは暴風で宙に投げ出され、地面に激しく体を打ち付けた。

 ノーリンとフォンの姿は無い。左前足に押し潰されたか、衝撃で飛ばされたかのどちらかだ。風が静まり土煙が晴れる。

 痛みに耐え立ち上がったティルは、目を凝らし周囲を確認する。ノーリンの姿は無い代わりに、細道の方にフォンが横たわっているのが見えた。脳裏に一瞬、悪いイメージが浮かび、それを払う様に首を振りフォンの方へと足を進めた。息はある。外傷も見当たらない。とりあえず、フォンの無事だけは確認し、ティルは化物の顎下を見上げる。


「こんな化物とどう戦えって――」

「騒がしいと思ってきてみれば……」


 突然背後から聞こえた声に、ティルの表情が強張る。この状況で更に魔獣人。天翔姫を握る手に力が篭り、額から汗が零れ落ちた。

 重々しい足音に、鉄の擦れ合う音が聞こえる。どれ位の距離があるのか、どんな能力があるのか、刃は届くか、様々な考えが脳裏に浮かび、やがて消えていく。そんな考えが無謀だと、告げる様に。そして、首筋へと突きつけられた冷たい刃に気付いた時、ティルは現実へと意識を引き戻された。


「動かない方が身の為だ」

「クッ……」


 発した声に男が笑う。穏やかで何処か不気味な笑い声に、ティルが渋い表情を見せる。



 化物へと向ったバルドの放った矢は、衝撃を広げ消滅した。化物の目を貫くその一歩前で。

 手を床に付いているバルドは表情を歪め、背中に刺さった注射針の様なモノを引き抜いた。乾いた音が鳴り響き、血の着いた針が床を転がる。深く息を吐き、双牙を握り閉めたバルドは、振り向き様に数発の矢を放つ。それが、何かに直撃し弾けて消えた。


「いきなり攻撃とは、何とも乱暴な挨拶だ」

「…………」


 何も言わず矢を引く。大きな体に三つの目がバルドを見据える。二人の間に流れる乾いた風。それが一瞬揺らぐと、矢が二発放たれた。風が切り裂かれ、矢が甲高い音を奏で弾かれた。

 渋い表情を見せるバルドは、もう一度矢を引く。風が矢を形成し、高音を奏でる。呼吸を整える為、息をゆっくり長く吐き出す。

 相手の肉体はハッキリ見えている。外す様な距離ではなく、手を放せば矢が間違いなく当る距離。しかし、バルドの手は一向に矢を放す気配は無い。得体の知れない相手に、矢を放つのを躊躇した。それが、バルドの見せた唯一の隙。その隙を相手も逃さず、目の前から姿を消す。

 一瞬の事で戸惑うバルドだが、瞬時に上空へと無数の矢を放った。これは一種の賭けだった。あらゆるパターンからの攻撃を予測し、その内の一つ『上空からの体重を乗せた攻撃』に、全てを託す。

 ――が、矢は無情にも夜空へと消え、衝撃がバルドの腹を抉る。腹から背中へと抜ける衝撃に、体がくの字に曲がり、両足が地から離れた。口から血が吐き出され、床を激しく転げる。


「グッ……う、ウッ」


 蹲るバルド。その手に握った双牙は、いつの間にかナイフへと分離しており、右手に握った長い刃のナイフを地面に突き立てていた。


「まだ動けるか。まぁ、あの程度でくたばってもらっては困るがな」


 表情を変えず、拳を握り三つの目でバルドを見据える。



 屋上で燃える様な紅蓮の髪を揺らすカインは、突如現れた殺気に振り向き様に刃を振るった。朱色の刃が大気を裂き、熱風を漂わせながら鋭い刃音を鳴らせる。

 長い髪を揺らしその場を飛び退いた影が、指先から糸を吐く。無数に伸びる糸を一掃する様に刃を振るうと、炎が糸を焼き払う。


「フフフッ……。流石、ロイバーンの作品だわ」


 陰湿な声にカインの鋭い目が向けられる。右手に握った青天暁の切っ先が床を二度叩き、スッとその先を女性の方へと向けた。


「邪魔をするな。俺の標的はお前じゃない」

「フフフッ……。私にはそんな事関係ないわ」

「邪魔をするなら――斬る」


 声と共に地を蹴る。疾風の如き速さで朱色の刃が振られ、熱風が業火と化し女性に襲い掛かった。だが、不適な笑みを浮かべた女性の体が宙へと舞う。糸が空へと伸び、その先が隣りのビルの屋上へと巻き付いていた。

 その動きを見据えるカイン。小さく鼻で笑い、「逃げるか」と小さく述べる。それと同時に、烈火が女性の後を追う。

 自分を追う炎を見据え、左手から糸を吐き壁を作った。容易く燃えてしまったが、すぐに変化が起きる。炎が弾け青白い光りを放ったのだ。


「――!」


 その変化に驚いたカインはすぐに炎を消し、鋭く女性の方を睨む。不適な笑みを浮かべ、右手を伸ばす。


「あなた、思ったより弱いのね」

「キサ――ッ!」


 言葉を言い終える前にカインが床に膝を着いた。


「クッ! な……何でだ! ふざけ――ッ!」


 頭を襲う激痛。締め付けられる心臓。動悸が激しくなり、視点が揺らぐ。腕から零れた青天暁の刃が元の蒼刃に戻り、紅蓮の髪が金色へと戻る。吐き出された血が床へと散ばり、左手で胸を押さえる。脳が揺さぶられる錯覚を感じ、平衡感覚を失ったカインは、そのまま床に崩れた。



 薄暗い中に響く気味の悪い笑い声。

 巨大モニターに映された映像を見据え、ズレ落ちた眼鏡を掛け直す。


「クハハハハッ。想いの他上手い事バラけさせる事が出来ましたよ。後は――」

「後は……何じゃ?」

「――!」


 突然の声に振り返ると、そこにノーリンが立っていた。頭に被った土を払いながら、細い目を向ける。

 静かに対峙する両者。首の骨を鳴らすノーリンは、右手首を回し臨戦態勢をとる。白衣を揺らす男は、ズレ落ちた眼鏡を掛け直し懐へと右手を差し込む。澄んだ鉄音がノーリンの耳に僅かに聞こえた。それと共に右手が勢い良く振られ、注射針が無数飛ぶ。が、それはノーリンに届かなかった。


「さて、こんな狭い所で戦うよりも、外に出てみんかのぅ」


 右手に持った板には注射針が無数刺さり、それを床へと放り投げる。乾いた音が響き、男が不適に笑う。


「勘がいいんですかねぇ? 結構不意を突くのは得意なんですけど」

「ワシも少々感覚が鋭くてのぅ」


 ノーリンの目が開かれ、鋭い眼差しが男へと向けられる。その目付きに僅かに身を引く男が、右手で壁に触れると、風の流れる音が聞こえた。それに素早く反応したノーリンに、無数の注射針が飛ぶ。棚の向うへと身を隠し、注射針がそれを追う様に棚へと突き刺さる。遅れて聞こえてくる男の笑い声に、ノーリンは右手で棚を吹き飛ばす。

 飛んで来る棚を見据え、不適な笑みを見せた男が、右手を翳すと風を切る音と共に棚が真っ二つに裂けた。真っ直ぐに見据えるノーリンの視界に映るのは、一人の少年。刃と同化した右腕を地面スレスレに構え、膝から突き出た鋭利な角がノーリンの方へと向けられていた。


「残念ですが、貴方の相手は私ではなく彼ですよ」

「敵ヲ殲滅ス」

「ふむ……。やるしかないかのぅ」


 静かに右頬に刻まれた三ツ星に触れ、ゆっくりと息を吐く。そして、その眼差しは鋭く目の前の少年へと向けられた。

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