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第101回 静かなる夜

 異様な程静かな街並み。

 深夜だと言うのに生暖かい風が吹き、悪臭を運ぶ。

 あの騒ぎを利用し、ディバスターへと侵入したティル達五人だったが、あまりの静けさに疑問を抱き、建物の中で待機していた。フォンは目を覚まさず、カインの疲労も回復していない。バルドも大分落ち着いた様に見えるが、その表情は青ざめている。

 ひび割れた窓から外を窺うティルは、やはり魔獣の姿を発見する事が出来ず、怪訝そうな表情のままノーリンの方に顔を向けた。その表情で状況を把握し、ノーリンも渋い表情を見せる。

 茶色のコートを叩き、腕を組み壁へともたれ掛かったティルは、切れ長の目を更に鋭くし、右手の人差し指を眉間に当てた。出来る限りの思考を働かせ考える。頭の中で情報がゴチャゴチャと混じり合う。

 混ざり合う情報は徐々に幾つかの答えを弾き出し、ティルは複雑そうに重々しく口を開く。


「どう思う?」

「それは、先程の奴の事か? それとも、現状か?」

「この街の事だ」

「魔獣が少ないと言う点ですか?」


 ボソッと呟いたカインが、小さく息を吐きティルの方へと目を向ける。呼吸は落ち着いている様に見えるが、やはり何処か辛そうだ。


「まぁ、そう言う事だが、大丈夫か?」


 カインの体調を気に掛けると、無理に笑顔を作り、


「大丈夫ですよ。それより、話を続けましょう」


 真剣な目を向けられ、渋々と話を続行する事にした。

 小さくため息を吐くノーリンは、右頬の星の刺青に触れると、そのまま考え込む。カインの言った通り、魔獣の数が少ないのは変だが、その理由ならハッキリしている。あれだけ派手に爆音を響かせたのだ、ここに居た魔獣達は既にそちらに向った可能性が高いと、ノーリンは考えていた。それなら、フォルトが現れた事も納得が行く。

 しかし、その考えを口にはしなかった。その場に居る皆が恐らくその考えを一番最初に導き出したであろうからだ。

 深く息を吐き、刺青に触れていた手を下ろし、視線を窓の外へと向けた。本当に静かだった。このまま何も起らず、夜が明けるのでは無いか、と思わせる程だ。


「静かだな」


 ノーリンの心を見透かした様に、ティルがそう呟いた。ティルも同じ事を思っていたのか、表情はやけに哀愁が満ちていた。


「このまま、何も起らなきゃいいがのぅ」

「……そうだな」


 少し間が空いて、ティルの言葉が返って来た。不思議とそれが当たり前の様に感じ、ノーリンは小さく笑う。

 突然の事に憮然とするティルは、鋭い目でノーリンを睨んだ。


「悪いのぅ。別に、ヌシを笑ったわけでは無い」

「ああ。俺も、自分が笑われたとは思いたくないな」

「それじゃあ、何がおかしかったんですか?」


 不思議そうな表情でカインが問う。そのカインに目を向け、落ち着き温かみのある声で、


「出会って間もないと言うのに、どうも懐かしい感じがしてのぅ……。それが、何じゃまぁ、おかしくてのぅ」


 その言葉でティルの目付きも緩む。確かに出会って間もないが、不思議とこの感じが懐かしく、当然の様に思えてしまう。いつの間にこんなに人と普通に接する事が出来る様になったのか、不思議に思うティルだが、全てはフォンと出会った時――あの時既に自分の中で何かが変わっていたのかもしれないと、結論付けた。

 誰もが口を閉ざし窓の外へと目を向ける。殺風景な風景に、あの頃のディバスターの面影は無い。カインにとっては思い出の地なのだろうが、それももう見る影は無く、全てがくすんで見えた。


「荒みましたね」

「仕方ないさ。黒の十字架は隊長と副隊長を同時に失って機能しなくなってたんだからな」

「黒き十字架です……」


 僅かに引き攣った笑みを浮かべる。だが、すぐにその表情も沈む。思いつめた様に深く息を吐く。


「やっぱり、僕の所為なんでしょうか……」


 ボソリと呟く。その言葉に眉を僅かに動かしたティルは、何も言わず目を伏せた。ティルも分かっていた。ディバスターがこうも荒んだ原因は、間違いなくワノールとカインの二人が黒き十字架から抜けたからだ。そして、その引き金となったのは、フォンだろう。

 複雑な心境。もしあの時ワノールやカインがここに残って居れば――と、思うと胸が苦しくなる。奪われた命、失ったモノの重みを――責任を感じてしまう。

 重苦しい空気に、ノーリンは言葉を発する事無く、二人の様子を見守る。

 だが、二人が言葉を発する前に、その沈黙を一人の男が破った。それは、今まで何も言わず窓の外を真っ直ぐに見据えていたバルドだった。


「隠れろ! 何か来る」

「――!」


 窓ガラスが割れ、破片が飛ぶ。窓の近くに居たティルはコートを翻し破片を防ぐ。

 咄嗟に動き出したのはノーリンで、まだ意識の戻らないフォンを右腕で担ぎ、そのままカインの方へとぶん投げる。膝に力が入らず、フォンの体を全身で受けたカインは、背中から床に倒れこむ。

 咄嗟の行動で、自らが逃げ遅れたノーリンの右脹脛に何かが掠った。


「――ッ!」


 苦痛に表情が歪み、ノーリンの体が床に崩れ落ちる。埃が舞い上がり、刹那に無数の矢が放たれた。それは、バルドが衝動的に行ったモノで、頭で考えるよりも先に体が勝手に動いていたのだ。

 矢は窓枠の内側を潜り、外へと飛び出していく。何処から攻撃されたかも分からぬ内の反撃が、思わぬ反撃を呼ぶ事となる。激しい轟音が大地を揺らし、建物の屋根が激しい咆哮に遅れ吹き飛んだ。突風が吹き抜け、建物の残骸が空から降り注ぐ。


「クッ! ノーリン!」

「ワシは平気じゃ。ヌシ等はひとまず――」

「逃がしちゃダメですよ。オルーグちゃん」


 不気味で不適な声に、カインの表情が変わる。突如発火する金色の髪。白煙と共に変わり行くカインの目。いつ抜いたのか分からないが、美しい蒼い刃が朱色へと変化していた。吐き出された息が真っ白に染まり、体から放出する熱が高熱である事がハッキリと分かる程だ。

 カインの豹変ぶりに驚くティル・ノーリンの両者に対し、双牙を構えるバルドが素早く矢を放つと同時に怒声を響かせる。


「ボーッとするな!」


 放った矢が空へと突き刺さる。その瞬間に気付く。それが巨大な魔獣の顎だと言う事に。


「な、何じゃあれは……」

「――クッ!」

「来るぞ」


 振り上げられた右前足が、風を巻き込みながら五人へと振り下ろされた。爆音が響き、建物が崩壊する。砂塵が巻き上がり、周囲の建物を呑み込む。

 空を舞うノーリンの右腕にはフォンが握られ、他の三人の姿は無かった。遅れて吹き付ける風がノーリンの白髪を揺らすが、バランスを崩すこと無く立ち続ける。右脹脛から流れる血が、風に吹かれて静かに地上へと散乱する。

 百メートル――いや、それ以上はあるであろう巨大な化物。夜でも美しく輝く純白の毛並みを揺らす化物は、大きく裂けた口を開き咆哮を吐く。咆哮は衝撃波となり、前方に佇む建物全てを全壊する。それを見届ける金色の瞳が、静かにゆっくりとノーリンへと向けられ、おぞましい程不気味な殺気が周囲を呑み込む。

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