第10回 罪深き者
轟々しく鳴り響く地響きは、地を激しく揺らし亀裂を走らせる。衝撃波が近隣の家々の窓ガラスを砕き、家の内側にいた村人達に襲い掛かった。土煙が地面に落下してきたノーリンとザノメの体を隠し、姿は見えない。地面に走る亀裂は深くカインの踵の方まで届いていた。所々、地面が突起して鋭利な切り口を上に向けている。
息遣いの荒いカインは、体に走る激痛から振り向く事も出来ず、ノーリンの安否を確認する事も出来ない。地面に刺さっていた青空天は、突起した地面により地面に突き刺さりながら横に倒れていた。そうとも知らず、カインはどうにか青空天を取りに行こうと考えていた。
地響きが収まり静まり返る。土煙が消え衝撃で陥落し砕けた地面が露になる。だが、そこにノーリンの姿もザノメの姿も無い。あるのはただの瓦礫だけ。それを、見ると魔獣は笑い出す。
「グハハハハッ! 馬鹿め! 自分から死を選択したか!」
笑い声が村中に響き、その声に村人達は怯える。俯き下唇を噛み締めるカインは、目の前にいるこの魔獣をどうするか考える。だが、ノーリンの安否が心配で頭が働かない。その時、カインと魔獣の上空から声が響く。もちろん、その声はノーリンだった。
「大きな笑い声だ事。何か良い事あったんかね?」
その声に、驚き辺りを見回す魔獣は、ふと空を見上げる。すると、そこにはノーリンの姿があった。宙に浮き魔獣を見下すノーリンは、魔獣と目が合う。細目のノーリンは、魔獣と目が合うと、目を見開く。その瞬間、魔獣はその眼光に殺気を感じ一歩後退る。ノーリンの目さえ見る事の出来ない魔獣は、視線を逸らし息を呑む。完全にノーリンの殺気に飲み込まれていた。
宙から静かに地に足を着く。フラフラなカインと目が合い言葉を交わす。
「己の命は大切にしろ。人の命は儚い。こんな戦いで命を粗末にするな。せめて、天命尽きるまで生き延びよ」
目を見開いたノーリンは、今までと雰囲気が違い、何か威圧感の様なものを感じる。
静かに魔獣の方に目をやるノーリンは、ゆったりとした足取りで魔獣に歩み寄る。近寄るノーリンに、強靭な尻尾を力強く振り抜く魔獣。だが、左手で軽々とそれを受け止めたノーリンは、背を向ける魔獣に問う。
「ウヌに問う。ウヌはどれ程の魂を砕いた? ウヌはどれ程、未来ある者達の命を無駄に奪った?」
「お、俺は、人の命を奪った事は無いね」
すぐさまそう答える魔獣に、ノーリンが更に目付きを鋭くし一喝する。
「真実を述べぬとは! 何という罪深き者! 儚き命を奪っておき、なおも罪を償おうともしない愚か者! 砕かれた魂の重みをその身に刻め!」
力強く尻尾を弾き返す。その勢いで体が反転し、ノーリンの方に向き直る。大きく上半身を捻り右拳を鋭く振り抜く。空気を切り裂く様な鋭くも轟々しい音が魔獣の耳に届く。そして、気付いた時には魔獣の腹に、ノーリンの右拳が突き刺さっていた。めり込んでゆくノーリンの拳は、一瞬にして辺りに衝撃を走らせ、魔獣の体が地面を抉りながら吹き飛び、丸太で作るられた柵を意図も簡単に打ち抜き森の奥へと地を抉りながら姿を消した。スッと拳を引くノーリンは、カインの方に体を向ける。
「大丈夫か? だから、止めとけって言ったのに。また、怪我増やしよって」
「す…すいません」
「まぁ、最後まで止めんかったワシもワシだったし。今日は、許してやる。次、こんな風に命を捨てる様な戦いしてみぃ、ワシはお前を許さんからな」
「は…はい。すいませんでした」
「さて、ワシは壊れた柵を修理せにゃならん。お前は小屋でゆっくり休んどれ」
軽く笑みを浮かべノーリンは壊れた柵の方に向って行った。その後ろ姿を見据えるカインは、自分もあんな風になりたいと感じ、そして自分の不甲斐なさに下唇を噛み締めた。
「――グフッ」
森の奥地。真っ直ぐ地面が抉られた先に血を吐いて倒れた魔獣がいる。硬い体の魔獣は、ノーリンの拳を貰った腹が砕け血が滴れていた。体に走る激痛に表情を歪める魔獣は、木に掴まりまりながら何とか立ち上がり、右手で腹部を押さえる。ドロドロの血が右手を真っ赤に染め、指と指の間から、止め処なく血が流れ出る。
よろめきながらも木から木へと移動する魔獣は、背後から聞える足音に気付き足を止めた。地面には魔獣の血が点々と続き、所々の木の根には大量の血が溜っている。木にもたれながら真っ直ぐに闇の中を見据える魔獣に、足音は近付いてくる。
「誰だ……」
肩で息をする魔獣は弱々しく闇の中に問いただす。だが、返事は返ってこない。しかし、足音は徐々に大きくなり、闇から白衣を着て眼鏡を掛けた男ロイバーンが現れた。ズレ落ちた眼鏡を右手で直すロイバーンは、傷ついた魔獣を見据え微かに笑みを浮かべる。まるで、魔獣を馬鹿にする様な笑みを。
腹部を押さえる魔獣は、ロイバーンの姿を見ると同時に、ゆっくりと座り込み笑みを浮かべた。
「失敗した様ですね。残念ですよ。全く」
「フッ……。失敗しただと。よく言う。お前の改良が完全じゃなかったからだろ」
「何を言うかと思えば……。呆れてものも言えませんね。私の改良は完璧。あなたがその力を使えなかっただけ。全く。私の研究はこれでまた、中断をしなければなりませんね」
首を左右に振るロイバーンは、呆れた様にため息を吐く。そして、苦しむ魔獣を観察する様にジッと見据える。もう動く事も出来ないのか、魔獣は木にもたれ空を見上げながら、弱々しく息を吐く。
指先に感覚も無く、体から血が無くなって行くのが分かる。腹部から流れる血も徐々に勢いを失い、これ以上体に血は残っていないと言っている様だ。少し目も霞み魔獣は、いつ意識を失ってもおかしくない。心臓の鼓動ももう小さく、止まってしまいそうだ。
「ウッ……。最後に…聞きたい……。あの…ガキに……一体、何が……。俺には…何も……感じ…な…か…った……ぞ……」
そこまで言って、魔獣は息を引き取った。力なく頭がうな垂れる。そして、微かに流れる風で体が地面に崩れ落ちた。横たわり、息をしない魔獣を真っ直ぐ見据えるロイバーンは、ズレ落ちた眼鏡を掛けなおし、静かに答える。
「死に底無いが、妙な事を気にするか……。まぁ、貴様程度の魔獣に教えた所でどうなる訳でもない」
「自分の改良した魔獣なのに、随分と冷たいな」
闇の中から声がする。ハッとするロイバーンはすぐさま振り返るがそこには誰もいない。そして、気配すらも感じない。辺りを見回すロイバーンの背後にスッと、黒いマントを身に纏った男が姿を現した。少々穏やかな目つきだが、その瞳の置くには憎悪が眠っており、それを知られない様に黒髪が長く伸び、目を微かに覆う。スラッとした体型だが、黒いマントがそれを隠す様に広がっていた。
スッとマントの中からナイフを取り出した男は、ロイバーンの首筋に刃を当てる。ヒヤリと冷たいナイフの刃を、首筋に当てられたロイバーンは、ここで初めて気付く。
「珍しいですね。ジャガラ。あなたが私の所に来るとは」
「最近のお前の行動は、聊か気に掛かる。何を企む」
「企む? 何を言ってるんですか? 私は何も企んでいませんよ」
「ならば、何故ゼロの指示無く魔獣達を動かす」
ナイフの刃がロイバーンの首筋に薄ら赤い線を走らせる。表情を歪めるロイバーンは、不適に笑い、当然の様に答える。
「私達は、別にゼロの指示に従うと言う決まりは無いはずですよ。それに、私がゼロの元に居るのは、研究を最優先にしていいとのルールがあり、そうしているだけで、それが無ければあんな所に何の用もございません」
「ならば、魔獣を動かすのは研究の為だというのか?」
「そうですね。まぁ、どちらかと言えば、研究の成果を見たいというだけです。何処を改良すれば良いのか調べなければなりませんから」
「お前の研究の為に我等の同士が命を絶たれるなど、堪え難い事だ」
ジャガラが更に力を加える。だが、ロイバーンは笑みを浮かべ「残念」と小さく呟く。その瞬間、ジャガラの前からロイバーンの姿が消え、声だけが響く。
「そいつは、私の作り出したコピーですよ。まだ、未完成ですが、実験は成功したようですね」
「ロイバーン! 逃げるか!」
「逃げる? 心外ですね。私は無謀な挑戦はしない主義ですので」
その後、「ヌハハハハッ」と、ロイバーンの笑い声が森に響き消えた。
第九回 キャラクター紹介! 今日は『フレイスト』の紹介をしたいと思います。
名 前 : フレイスト=レガイア
種 族 : 龍臨族
年 齢 : 21歳(人間の歳で252歳)
身 長 : 183cm
体 重 : 72kg
性 格 : 真面目で勇敢。だけど、女性が苦手
好きなモノ: 剣術の稽古・食事・空を見上げる事・果物
嫌いなモノ: 怠け者・やる気の無い奴・人を襲う魔獣・レバー
作者コメント:
まだ、一回しか登場していないキャラクターです。一応、主力のキャラクターなのでここで紹介を。
北の国 グラスター王国の王子。幼い頃から、兵士達に混ざり剣術の稽古に励んでいたため、女性と話した経験が無く、女性の前に行くと緊張して上手く喋れなくなってしまう。
龍臨族は12年で一つ歳を取ると言うとても長生きな種族で、これも龍の血を引く者だからと言う。
これ以上、詳しい事は今はちょっと言えません。まぁ、色々と小説内で明らかにしていきましょう! 次回は『ノーリン』の紹介をしたいと思います。