第1回 空色の髪と瞳の少女
広く静かな寝室で一人の少女が目を覚ました。大きなベッドから体を起こし、ゆっくり両足を床に着く。朝日が窓から射し込み、明かりの灯っていない寝室を明るく照らす。
ベッドの淵に座り、俯く少女の透き通る様な空色の髪が、窓から射し込む朝日に照らされ、美しく輝きを放つ。何故、ここに居るのかと、考える少女だが、頭が全く働かない。ただ、長い間、夢の中を彷徨っていたと事しか思い出せない。
不意に顔を上げた少女は、部屋の中を見回す。見た事も無い綺麗な壷や、見た事もない美しい絵。部屋中、高価なものが沢山飾ってある。そして、少女の寝ていたベッドも、高価なものだと少女は気付き立ち上がる。
少々小柄な少女が立ち上がると、空色の髪は腰の位置まで届く。全てを見透かす様な澄んだ空色の瞳が、長く伸びた前髪の隙間から窺えた。こじんまりとした胸をホッとなでおろした少女は、ふと視線を感じ部屋を見回す。すると、部屋の隅の方に一人の男が立っていた。まだ、若く二十歳位の男。背丈は少女よりも幾分高く、180いくか、いかないか微妙なところだ。
隅の方は暗くてよく見えないが、そのグリーンに輝く瞳の色だけは分かった。そして、その瞳がジッとコッチを見つめている事も。恐怖に足が震える少女は、恐る恐る声を掛け様としたが声が出ず、逆に声を掛けられた。
「め、めめ目が覚めましたか。ず、ずずずずずっと、め、めめ目を覚まさなかったんで、し、ししし心配していたのですが、よ、よよよ、よかったです」
男の凛々しい声が震え、何を言っているのか理解するのに、少女は二十秒位掛かった。何で男の方が怯えているのか分からず、少女は微かに首を傾げる。沈黙が続き、男も恐る恐る隅から出てきて少女に近付く。
やはり、男は少女より背丈が高く、男前な顔付きだ。だが、何処か落ち着きが無くグリーンの瞳が微かに泳いでいた。朝日に当てられ輝くオレンジブラウンの髪は窓から入る微量の風にも靡き、男が静かに少女の方に目を落とした。
「あの〜、ここは一体?」
「えっ! わっ、えっ!」
少女の突然の声に、驚き後退する男は少女から距離をとる。何だか複雑そうな表情を見せる少女は、長くなった前髪を右手で掻き揚げ静かにため息を漏らす。半ば呆れた様子の少女だが、こんな人が悪い人な訳無いと少しホッとした。そのお陰で、何と無く心が落ち着く少女は、部屋をもう一度見回し、今度は笑みを浮かべながら問う。
「ここは一体、何処なんですか? それに、私どうしてここに?」
男を空色の瞳で真っ直ぐに見据える少女に、やはり少し怯えた様にグリーンの瞳を泳がせながら答える。
「こ、ここは、北の大陸グラスターです。あ、ああなたは、この国の南の浜辺で倒れていたので、発見した旅の一座の者達が、ここへ運んでくれたので」
「そ、そうですか……」
未だに怯えている男に、笑みも次第に引き攣った笑みに変わっていた。一体、自分が何をやったのだろうと、考え込む少女はふと自己紹介をしていないのに気付く。やっぱり、相手に自己紹介をしないのは、失礼だと思いまた明るく微笑みながら男の方を見る。その瞬間、男の体がビクッとして、男が顔を逸らした。何だか、イラッとしたが少女は怒りを堪えた。
「私、ミーファ=クロストです。色々とお世話になったみたいで。それで、あなたのお名前は?」
少し丁寧な口調でミーファはそう訊く。空色の髪の隙間から見える透き通る様なミーファの瞳に、真っ直ぐ見つめられ男は混乱し頭が真っ白になる。急にあたふたとし始めた男は、耳まで真っ赤にして「あ、ああああっ」と、妙な声を上げその場に倒れてしまった。
倒れて動かない男に歩み寄るミーファは、隣に屈みこみ体を揺すってみた。だが、反応はない。困った表情を見せるミーファは、次に頬を叩いてみせる。それでも、反応はない。
「一体、私が何したって言うのよ……。それに、ここはグラスターの何処よ。フォンもティルも何してるのよ」
そんな不満を漏らしていると、男が目を覚ましミーファと目が合う。ニッコリとミーファが微笑むが、男は表情を引き攣らせ、
「ギャッ!」
と、小さく悲鳴に近い声を上げその場を離れる。人の顔を診て悲鳴を上げるなんて、失礼だとミーファは思い頬を膨らまし男を睨む。壁に背中を合わせながら、息を荒げる男は微かに引き攣った笑みをミーファに向け、掠れた声で言う。
「あ、あ、あの。わ、私は女のひ、人と接するのが、に、にに苦手でして。し、しっし失礼な態度をとって、申し訳ないです」
「い、いえ。そうならそうで、先にいってもらえたらよかったんですけど」
事情を知り表情を和らげるミーファは男に優しく笑みを向けた。ゆっくりと深呼吸を繰り返し心を静める男は、ミーファの方に背を向け振るえた声で言う。
「お、お願いがあるんですが――」
「お願い? 何ですか?」
何と無く不安が頭を過ぎるミーファは、表情を強張らせながら一歩後退し答える。また、深呼吸を何度かする男は、ようやく落ち着いたのか口を開く。
「あの……。大変、失礼なお願いなんですが、わ、私にその、あの……あんまり目を向けないで頂きたいのですが」
そんなお願いに、右肩を落すミーファは、苦笑いを浮べ「ハハハハッ」と、微かに笑い声を上げ「わかりました」と小さな声で言い目を逸らした。男は恐る恐るそれを確認するために振り返り、ミーファがコッチを見ていないのに、ホッと胸をなでおろし笑みを浮かべる。
ようやく、落ち着きを取り戻した男は、凛々しい声でミーファに言う。
「私は、フレイスト。フレイスト=レガイアです。色々と、失礼な事ばかりしてしまいすいません。何せ、幼い頃からずっとお城の道場で、稽古に励んでいたゆえ、この歳まで女の人を見た事が無く、あなた様には無礼の数々を。本当申し訳ない」
先程とは全く違い物凄く強い口調のフレイストは、背を向けるミーファに何度も頭を下げている。もちろん、背を向けるミーファにはそんな事をしているなどと思うわけも無く、明るく笑いながら答える。
「そ、そうなんだ。それで、ここはグラスターのどこら辺なんですか?」
「ここは、グラスターの中心部にある大都市レイストビルです。ここは、そのレイストビルの最深部にあるグラスター城です。だから、安心してください」
「ハァ……。グラスターの大都市レイストビル……。エッ! じゃあ、グラスター城なの!」
急にミーファがフレイストの方を振り返る。それと同時に、フレイストは顔を背けその場を離れ、ミーファと距離をとる。その素早い動きに感心している暇も無く、ミーファは早口で喋る。
「ねぇ! フレイスト。あなた、グラスター城にいるって事は、この城の兵士でしょ? 私、あなたに頼みたい事があるの!」
「え、ええ。い、いい一応、そうですけど。な、なな何ですか?」
先程と打って変わって弱気な口調のフレイスト。だが、そんな事お構いなしにミーファは言葉を続ける。
「会いたいのよ! ここの王様に!」
「こ、ここの王様に? ま、まままた、どうしてですか?」
少し疑っている様な目を見せるフレイストに、真剣な眼差しを向けるミーファ。空色の澄んだ瞳に、真っ直ぐに目を見つめられるフレイストは、すぐさま頭の中が真っ白になり混乱する。大体、こうなるんじゃないかと思っていたミーファは、ため息を漏らし呆れた様に言う。
「あのね。その性格どうにかならないの? まともに話しも出来ないわ」
「す、すす、すいばぜん! す、すぐ他の人を!」
「あっ! ちょ、ちょっと!」
ミーファの言葉など聞かず、フレイストは部屋を足早に出て行こうとする。扉を開けようとしたその瞬間、扉が開かれ一人の兵士が入ってくる。そして、フレイストと目が合い驚きの声を上げた。
「ふ、フレイスト様! ど、どうして王子がこんな所に!」
「エッ! フレイストが王子!」
ミーファは驚きの声を上げると同時に、兵士が叫ぶ。
「娘! 無礼だぞ! 王子に向って!」
「よいのじゃ。下がってよいぞ」
兵士の後ろから威厳のある声が響き、兵士は「ですが」と、不満そうに言う。だが、すぐに「わかりました」と答えその場をさる。と、同時に部屋に一人の老人が入ってきた。随分と年老いた老人は、白い髭に白髪の頭を掻きながらフレイストの頭を撫でた。
『CROSS WORLD ―クロスワールド― 第二幕』連載開始です。本当、作者の都合で急にきっちゃったんですが、これでよかったんだろうかって、考えちゃいます。
ただ、第二幕としてやるからにやっぱり、今まで登場したキャラクターの事を詳しく知りたいとか思うんじゃないでしょうか? それで、勝手な思いつきですが、次回から後書きで登場人物を紹介したいと思います。
読者の皆さん。『CROSS WORLD ―クロスワールド―』をこれからも、よろしくお願いします。