3/10
異空間内に到着した啓はそこで異形の化物(影)に遭遇する。
魔法少女になった啓は異空間で常にこういった異形のものと戦うのであった。
――そんなこんなで、バトルパートへ突入します。
極力スピード感ある展開にしてみました。
今回でバトルは終わらずまだまだ続きますが、魔法少女はどういう戦い方をするのか。そういうことがわかってもらえるとうれしいです。
啓の知る限りにおいて。五丁目で目立つ建物といえば、そこには大きなシアターがあったはずなのだが、あまりに漠然とした目標は魔法の移動先として適していなかった。
啓にとって、あくまでもイメージできる対象をピンポイントで想像できる場所。それがコンビニ前だった。一度だけ立ち寄ったことがある。
学校に出現したとき同様に、足元からせり上がって啓の形を作った虹の光は、やがて頭上に消え去った。
到着と同時に周囲に目を配らせる。ビルの屋上からは暗闇に包まれて見えたが、異空間の中に入ってしまえば、内部は昼のように明るい。すべての電気は通っているし、現に今もコンビニの自動ドアは開く。ただ、上空を見上げると月が異様なまでに白く輝いていて、地上から見上げる月の円も、普段より大きくなっていた。
そのせいなのか、これだけの光量をもってしても、空も本来の青ではなく、なにかすすけた色をかもし出している。景色が白かった。
信号機は定期的に青、黄、赤へと切り替わりを繰り返していて、街灯も街行く人や自動車など――何事もないかのように、生活する人たちを無意味に照らしている。
何事もあったのはそこで生活を営む『人』そのものに、だった。
石化の魔法。そういったものはあるが、その状況に近いようで遠い。異空間に取り込まれた、実際にそこで生活していた人々は、今、そのままの姿勢で動きを停止している。人が乗った車も、スピードメーターは一定値を指したままその場で停止している。
午後十時を廻ったこの周辺の街並みは、平日でも大変人通りが多い。この空間の中だけの人数を数えることができたなら、数千人は優に超えることだろう。目を閉じて数歩直進すれば、すぐにでも誰かとぶつかってしまう。
それでも、皆一様に動きを停止している。仕事帰りのもの、現在も仕事中のもの、デート中の男女、塾帰りの学生、目の前のコンビニではレジうちの店員にいたるまで。皆が皆、異空間ができる前の――異空間の中に取り込まれてしまったことなど、まるで何もわかっていないように、それぞれに人生を謳歌している顔を、さまざまに浮かべたままで。
加えて、空間内では音も消えていた。自動ドアを開く効果音はするものの、いらっしゃいませと繰り返すチャイムだけが虚しく数回なるだけで、店内を流れるているはずの音楽は止まっている。不自然な静寂が耳を襲う。
不自然もなにも、異空間においてまともな事が起こるわけがない。啓は最大限の警戒を持って、注意深くコンビニ周辺を歩きだした。
異空間自体の様子は、これまで何度も経験したものと変わりはない。空間へ入る度、少なからず共通してこういった現象に見舞われている。それこそが異空間だと証明している。
「どんな感じだい?」
不意に耳元にささやきが届く。モニターを覗きながらの京が声をかけてきた。こういうときにかけてくれる声はちょっとだけうれしい。しかし安堵するわけにいかない啓は、
「まだ何も起こらないわね。もうちょっと見回ってみる」
短く返事するだけに留めた。啓は駆け足に切り替えて、閉店準備をしている――現在はシャッターを下ろす店員も動きを止めたままだが――パチンコ店の角を曲がった。その先は広いバス通りになっていたはずだ。
停止した街の中を、人波を縫うように避けながら片側二車線ある通りへ出た啓は、外から確認していた限りの、異空間への中心を目指していた。決まって放射上に広がるその空間では、その中央部に原因がいる。人も車も通り沿いにはあふれているが、動きが静止しているので遠慮なく車のボンネット上を駆け上がる。人を避けながら進むよりうんと早い。
上へ下へと車の屋根を進む。小刻みにジャンプしながら、身にまとったスカートと一緒に、衣装に圧迫された胸が上下している。二年前の体格に合わずに、小さくなってしまった衣装は動きやすくはあるものの、この時期に運動するには汗ばんで仕方ない。
啓は勢いそのまま。赤い車の上を踏み台にして大きくジャンプした。
「大体、このへんだと思ったけど……」
派手に着地したのはコンテナを積んだ大型トラックの上。立ち止まった啓は、その場でくるりとあたりを見回し、弾んだ息を整えた。同じくしてヘッドセットの向こうから京も話しかけてくる。
「地図上では啓ちゃんのいるその地点がほぼ中心だね。そこから半径三百mくらいの円を描いているみたいだ。特に異常は?」
「まだね……。何か反応があったら教えて頂戴」
「了解」
短い返事を聞いて、一度通信を終えた啓は、トラックの上に座り込んで、背負っていた小さなランドセルを降ろした。小学生が使うようなもとのは違うが、革で作られていてかなり頑丈にできている。魔法少女になってから支給され、当時の衣装のサイズに合わせて作られたそれは、小さくて子供じみたデザインに不満はあるが、かまわず膝の上に置いて留め金をまわす。
その茶色の鞄の中には、事前に仕込んできたたくさんの紙包みと水筒が一本、揺らされながらも片寄らずに詰め込まれていた。
啓は、手を入れると、そのうち一つの袋を取り出して、わしわしと包装紙を広げていく。
ハンバーガーだった
チーズバーガーだった。
ちなみに啓の手づくり。
好物というわけではないが、この二年で一番多く食べたものでもある。
一掴みにかぶりついた。
静止した街の、トラックのコンテナ上で、魔法少女の格好をした十六歳の女の子が、静寂に包まれて、手作りハンバーガーを食べていた。チーズバーガー。
口を精一杯開いても入りきらないサイズのハンバーガーからは、肉汁とソースがはみで滴り落ちそうになっているが、啓は包み紙を受け皿として器用に、そしてあっという間に完食してしまった。
食べ終わると、さらにランドセルの中から水筒を取り出してキャップを捻る。備え付けのコップに注がれた白い液体を飲む。――中身はヨーグルトだったが、それを一息に飲み干して、口元をハンカチで拭った。
「おっと、反応がでだしたよ」
食べ終わった頃と同時に耳に京の声が届いた。
「反応が一つ……二つ……どんどん増えてるね。こりゃあ数が多い。きちんと何か食べた?」
ハンカチをポケットにしまって、
「せかさないでしょ。ゆっくり食事くらい取らせてよね。まだ始まってもないんだから。……とりあえずは、これで……ってこっちでも確認できたわ。確かに、どんどん増えてるわね」
ふぅ。と、ランドセルを閉めて立ち上がる。腕を通しながらトラックの下に広がる景色を見渡してみる。そこには、静止していた人達の何人かが、黒く変色しだしていた。
黒い影のようなもので覆われた人は、次々と異空間の円の外側へと向かって尚も増殖を繰り返している。やがて周囲の人がすべて黒く染まってしまった。そこからさらに、最初に黒くなった人から順に、背中に亀裂が生じていく。
ビシビシと音を立てていくその様子に、啓はうんざりとした表情を浮かべる。亀裂の入った人の背中から、その亀裂を押し破るように黒い影が抜け出し始めている。やがてそれらは、それまで染まっていた黒い人と同じくらいの大きさにまで成長して、人型を作り始めた。
「確かに数が多いわね。でも、人の形をしているだけマシだわ。以前あった霧状の敵なんてどうしていいか、わからなかったもの。人型なら叩けば壊れる」
最後の言葉は京に対してなのか、人から湧き出る黒い物体になのか。あるいはその両方なのか。
啓が、そう口にした時、道路をうろついていた影達は一斉に啓を見据えた。人型をしているが影に目が付いているわけではない。それでも啓を『敵』として認識したらしい。影達は伸びたり縮んだりと安定した形を保てずにいるようで、その体をうねらせながら、その場を動かずに、じぃ、と体の正面を啓の立つ車上へと、目のない視線を向けている。
徐々に影達の動きが同調していく。個別にとっていた不安定な動きは少しずつ重なりだし、やがてお互いに疎通しているかのように同じ動きへと統率されていく。辺りが黒一色で埋め尽くされながら、その波は――一斉に押し寄せてきた。
黒い波がトラックに到達するより早く、啓はその場で大きく跳躍をした。ハンバーガーを食べたことで、一時的に身体能力の向上した啓は、隣に立ち並ぶビルよりも高く舞い上がった。
啓は魔法少女だ。
[どうして魔法少女になった]かというと、それには紆余曲折的ないきさつがあったので次の機会にするが、[どうやって魔法少女になる]かは簡単に説明をする。
啓は食物を食べて魔法を唱える魔法少女だ。
啓は魔法の源として、その体内に取り入れた食物をエネルギー変換させて魔法力に変える魔法少女だ。
異の中にものを入れ、消化、吸収。そしてエネルギーを貯えた上で、呪文による魔法の発動。そうやって魔法少女を務めている。
魔法の種類はおおむね二種類。
内的魔法と外的魔法の二種類。体の内部に影響を与えるか、体の外部――つまりは、啓を中心とした周りの世界に影響を及ぼすかどうか。後者の場合は、同時に魔法効果をイメージして、呪文や合言葉を声に乗せて、起こす現象の効果が及ぶ範囲まで届かせる必要がある。
啓の食べたハンバーガー。
体内に取り入れられたハンバーガー。これによって今の啓は身体的能力を格段に増加させていた。その主成分は小麦粉の炭水化物と牛肉の脂質・タンパク質のミックス。肉体強化に必要な成分は複雑に絡み合うが、炭水化物は純粋なエネルギーとして体力の増強を。脂質やタンパク質は筋肉の強化を促す。
それらは啓の魔法の源であり体内に取り入れることで魔法を身の内に発現させる。
肉体を強化していた上で、勢いよく、上空高くへ舞い上がる啓は、すぐそばに立っていた十階はあるビルの、屋上も見下ろせる高さへ到達していた。尚も上昇を続けていく。
啓の魔法衣装も魔法によって作り出されている。どうやって魔法少女になるかという答えもそこにある。魔法少女と呼ぶために、『特定のコスチュームを着る』ということを定義として位置づけるならば、啓は自身の魔法によって衣装を着ることで魔法少女へと変身していた。
外的効果なので合言葉によって作り出される。エネルギーを得、最近ちょっと恥ずかしくて人前では言いたくない合言葉を唱えることで魔法少女に変身した啓は夜の務めに繰り出していた。
そのエネルギーの源はヨーグルト。
トラックの上でヨーグルトを飲んだのは、その効果を強化持続させるための事前の策だ。
説明していた間にも、長い滞空時間が経過していく。果てしない跳躍に、大地に広がる黒い影達は蟻が群がっているように小さくなっていた。
やがて推進力を失い、跳躍地点の頂点まで到達した啓は、わらわらとトラックの上で積み重なって啓を追いかけようと集まる影を見据えた。
今度は体を重力に預けた。
一転して落下が始まる。地上を埋め尽くしている影に向かって落ちていく。しっかりと目を見開いたまま、体勢を逆さにして、頭を下に影へと向かう。力強くこぶしを握った。魔法衣装として強化されたグローブがみしりと音を立てた。
「ハアッ!」
気合を吐き出してもう一度、今度は空を蹴った。空気を蹴り、落下している啓は重力の影響よりも早く落ちていく。もう、落ちている段階を超えた。加速して大地へと突き進む。眼前は既に黒一色になっていた。
落下というよりほとんど体当の格好で地面に激突する。先ほどまで居たトラックはもはや影に埋まってしまってまったく見えなかったが、そんなことはお構い無しに、そのトラックごと、影たちを巻き込んで地面にこぶしを突き立てた。
衝撃が啓のこぶしを中心に爆風を振り撒いていく。突き出されていたこぶしに近かった影は文字通り影も形もなく蒸発していき、比較的遠くに居た、直接こぶしに触れていないものまで、巻き起こす衝撃波と爆風に巻き込まれて、あたりかまわず吹き飛ばされていた。
そのまま空高く飛ばされる影。電柱にぶつかってそのまま二つに割ける影。ビル壁に叩きつけられて粉々に砕ける影。一斉に散らかっていく。ビルの窓ガラスは、衝撃波と飛んできた影達によって粉々に砕けた。挙句、車やバイク、自転車など、いろいろな物が突き刺さっている。
――もちろん、静止した街の人を含めて。
影達は異空間の中、その場に居た人の数だけ作り出されていたのだから、当然その元となった人物も周辺に存在していた。止まったままの人は抵抗することもなく抜け殻のように、物体としてそのまま影とほとんど同じ末路を迎えていた。
大地に膝を付いてこぶしを突き立てたまま、啓を中心にちょっとしたクレーターができている。舗装がはがれてむき出しの大地に刺さった腕を強引に引き抜いた啓は、立ち上がるとクレーター内の坂道をゆっくりと歩いて登った。むき出しだ水道管には亀裂が入りそこから水が噴出している。
クレーターの穴から出てきた啓は、一面が平らとなった視界を見渡し、その効果を確認していた。
「ちょっとこれ。この前より強力になってない? 全くひどい有様ね」
何もなくなった道路の真ん中で愚痴を呟く。
「自分でやっといてそれはないんじゃないかな……」
京が口を挟んできた。
「啓ちゃんも日々成長してるんだから、効果は上がって当然だと思うけど?」
「これ以上成長してどうするのよ? 怪人にでもなるつもり?」
落胆まじりに啓は答える。
「いや、だからもっとスマートな方法はあったと思うんだけど、最近ますます荒っぽくなってきたんじゃない?」
「余計なお世話よ。そもそも、なにやったって全部終われば元に戻るじゃない」
「そりゃぁそうだけど、それでも、もうちょっと加減ってもんが……。魔法力だって無限じゃないんだし必要以上に暴れるとガス欠になっちゃうよ。なんだか最近の啓ちゃん見てると可憐さというか女の子らしさっていうか、そういうものがなくなっていってるよね。魔法少女っていうより魔法おっさん化してい」
「あなたのお店にこれ以上の規模のクレーターができるわね。きっと隕石が空から振ってきたと新聞の一面に載るわ。それ以上口を開くと、怪我人があなただけでは済まなくなっていくわよ」
「うっ。ぐぅぅ……。店がそうなるのは決定してるんだ」
だらだらと話をはじめていた京を一言で啓は打ち切った。話にうんざりしているのわけではなく、むしろ、それはいつものことだからこの際気にしていられないのだが、本題は影がまた群がりだしたからだ。
道路に穴をあけてもそれはあくまでそこにいた影たちを打ち消しただけに終わった。半径三百mに及ぶ異空間の中、そこに取り込まれた人たちは数千人に及ぶ。数百程度の影を破壊したからといってまだまだその数に底は見えていない。
交差する道路やビルの隙間を埋めるようにこの空間全部の影が啓をめがけて集まりだしていた。
「これ全部となると、一匹一匹にあまり時間はかけてられないわね。残り時間約一時間半。さっさと終わらせて帰りましょう」
迫ってくる黒い影と対峙して、啓はポニーテールを結んでいたリボンを解く。同時にもう片方の手をポケットにしのばせると、そこから数匹の小魚らしき煮干を取り出す。
右手に持ったリボンをなびかせて煮干を口に放り込むと、奥歯で噛み砕きごくりと飲み込んだ。ゆっくりと瞳を閉じてイメージを起こしていく。
「剣よっ!」
合言葉を唱える啓。握られたリボンは風にたなびくのをやめ、輝きながら硬直化していく。光が消えるころには右手に握られていたリボンは、まるで剣のように真っ直ぐに伸びた刃物へと変わっていた。
柄の部分――実際はリボンなのでその境界は明確にはなかったが、そこに柄があるかのように両手で掴んで。構える。
静かに腰を落として、振りかぶった。
リボンはそのまま、風の抵抗も受けずに啓の動作に従って、剣そのものになったといわんばかりの鋭さをもって振り下ろされた。
『ビュゥ!』と刃の切っ先から、斬撃によって放たれた衝撃波。それはアスファルトを削りながら一直線に前方の影の群れに進んでいく。
衝撃波に触れた影が二つに分かれる。反発することもなく数十の影を通り越して、刃状の衝撃波は正面に立っていたビルの壁にぶち当たってそこで消えた。裂かれた影はその場で崩れ落ちて大地に溶けた。
「まぁまぁね」
手元のリボンを見やって啓は、もう一度と、構えを作り直した。周囲には衝撃波を受けなかった影は今も啓に迫ってきていた。
少し短いですがキリがいいのでここまでで。
原稿用紙200枚中60枚まできました。(先は長いですね)
週末にUPすると言っておきながら週明けになってしまいました
ごめんなさい。何かと忙しかったです(いいわけ)
啓の戦いは続きますが次回は思わぬ展開になっていきます。
貴重な時間をいただきありがとうございました。




