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シンガポールのお食事事情 第7章

作者: junju

物語はあと1章を残すのみ!

 第7章 スシ・スキ?      


シオは最近、クマを追いだそうと思っていない。慣れたと言うかこんなもんだと思い始めた。相変わらずクマのすることはいちいちシオの神経に引っかかるが、それでも一人でいるよりはマシだった。おかげで自分のワガママな性格を嫌でも考えさせられる。何もかもうまくゆく相手なんかいない。クマがだんだんシオを変えていった。 父親に対する気持ちもいままでとは違う。おとうさんもおかあさんが死んで大変だっただろうと素直に想う。親でも子でもどうしようもない事ってある。お互い協力し合えない親子も親子だ。ハリネズミの親子が自分の体より小さい(家という)箱の中で住んでいただけだ。クマと嫌々生活することで息が詰まりそうな父親との日本での生活を思い出していた。

 自分も相手も気に入らないけど誤魔化してやり過ごす。たぶんみんなそんな風に日々暮らしている。もちろん楽しい相手と生活したいけど我慢してる方が絶対多いはずだ。クマの図太い神経がうらやましい。


 クマとの共同生活をが一ヶ月を過ぎた頃、クマに一通の手紙が来た。クマがなかなか帰らなかったのはオーストラリアからの連絡を待っていたからだった。

 手紙を読んだクマは大きな声で泣いた。そばにシオがいることもまったく気にしていない。シオはびっくりして見ていた。涙と鼻水で汚い顔だ。ものすごい迫力でわんわん泣いている。いったい何が起きたかわからない。

 シオは聞きたくなかったが、一応何かこう聞かないといけないような雰囲気なので聞いた。こういうところが自分の弱いところだと思う。まったく。

「どうしたん?」

「クリスにガールフレンドが・・・。」

「・・・・。」(だからクリスって誰よ。男か?うそ~。)

「落ち着いてよクマちゃん。どうしたん?」

「クリスが私を裏切った。あんなに愛し合ったのに!」

「はあ・・。(汗)」

 シオはそれから一時間近くオーストラリアでのクマの恋愛について聞くはめになった。その間ずっと泣いていたのでクマは(泣いた)赤鬼のような顔だ。正直怖い。

「でもさあ。クマちゃんの気持ちはわかるけど相手十五歳なんでしょ。それ犯罪じゃん。」

「犯罪ってどういう意味やねん。」

「クマちゃん二十五歳、クリス十五歳。年、離れすぎ。そりゃ、八十五と七十五だったら大差ないけど。相手未成年じゃん。オーストラリアって児童淫行とかないの?マジやばいよ。よかったじゃん彼女できてさ。やっぱ子供は子供とね、恋愛すべきなんじゃない。」

「そんなこと無いわ。本当に愛し合ったら年とか関係ないわ。それにクリスは私と別れてまだ一ヶ月しかたってへんのやで。そこが許せないんや。」

「あーでも、付き合うとか別れるとか言っても、子供にはわかんないっしょ。本当の愛ってどんなもんなん?私も知りたいわ。クマちゃん強制退去みたいなもんやん。そりゃもう仕方ないよ。親に告訴されなくてよかったじゃん。」

慰めるような顔をしてクマの傷口をグリグリする。愉快だ。へこむクマを見るのは楽しい。今までさんざんシオをへこませてくれたお返しだ。

クマは一晩中泣いていた。翌日になっても泣いている。シオの学校にも付いてくる様子がない。いつものクマの様子じゃない。でも、シオはクマを部屋に残して学校に行った。恋愛って本人が悲壮がるほど笑える。それにクマはヒロインってキャラじゃないじゃん。

でも一応早めに帰って来る(あーもう、めんどくさ)とクマが朝の状態のまま固まっていた。

「クマちゃん。ずっとそうしてたの。御飯は食べたん?」

「欲しくない。」(うそ~)

初めてシオはクマの事を心配した。シオから見るとクマは鉄の胃袋の持ち主だ。何を食べてもあたらない。かつ好き嫌いが全くない。おまけにチャレンジャーだ。どんな物でもまず食べてみる根性の持ち主である。そしてとてつもない食いしん坊であった。太る筈だわ。ダンプカーはミニカーの何倍もガソリンを食う。クマは妙の一週間分を一日で食べていると思ったことがある。そのクマが昨日からほとんどなにも食べていない。今までになかった話だ。何か買ってこようかと聞いても首を横に振るばかりだ。今までの蓄えがあるから少しぐらい食べなくても大丈夫だろうとほっといたら一週間で6㎏痩せた。声も泣いて泣いてガラガラになっている。

「クマちゃん。何か食べないと。」

シオは本気で心配して言った。

「ありがとう。でも欲しないねん。」

「シェラトンホテルの雲海にお寿司食べに行こう。大阪で食べるみたいなおいしいお寿司出してくれるよ。こういう時は贅沢でお腹をいっぱいにしたら、心も少しはいっぱいになるよ。」

「・・・うん。あたし、寿司好きや。」

 クマと一流の店に何かを食べに行くのは初めてだと思う。いつも安い・汚い・臭いのYKK店や道ばたの露店や屋台に付き合わされたからだ。おかげで今月は節約出来た。その分、クマに奢ってやろうと思う。シオにとって、思いがけない感情だ。

 だが、結局寿司屋は割り勘と言うことになった。

クマはお金に対してとても律儀な所がある。このとき初めて、クマが銀行に勤めていたと知った。そういえばシオのお金の使い方について、勿体ない、無駄遣いだといつもごちゃごちゃと言っていた。まったくうっとうしい。シオは、クマのことを貧乏でケチなだけと思っていたから聞くわけがない。シオのお金なんだし、ほっといて欲しいと言ったら、シオが稼いでいない親の金だから、「使う意味」を考えろと言った。だから、こういう時においしい物を食べるのは贅沢ではない「意味がある」と言うことだった。

 シオは、今ちょっと反省している。クマの言うことは説教くさいが、父親の仕送りで遊び歩くと何故かいつも楽しめないシオがいたからだ。

雲海のにぎり寿司は新鮮でサイドメニューも充実している。シオは絶食状態のクマの為に茶碗蒸しも注文した。クマは茶碗蒸しを一口食べ鼻を啜った。

「シオちゃん。あたし大阪に帰るわ。長いこと居座って悪かったね。ほんま、ありがとう。」

クマが日本に帰るという。それを言い出すのをずっと待っていたのに、どうしたんだろう、とても寂しい。

「急にどうしたん。別にクマちゃんいてても私ぜんぜん構わないよ。」

「うん。なんか茶碗蒸し食べたら日本に帰りとうなった。ここにいてる理由も無くなってしまったしなあ。」

「クリス、なんて手紙に書いてたん?」

「なんかね。あたしにサンキュウーって。」

「何が?」

「だから、あたしと色々したから自信を持ってガールフレンドをリード出来るって。」

「はあ?」

「学校でも、クリスほど経験豊富な男子がいないんだって。セックスのカリスマらしいよ。」

「はあ・・。」

「ほんとはね、たぶん失恋するって判っていたんだけど、ある日突然終わったんで、踏ん切りが付かなくて。」

「クマちゃん、もう一度クリスときちんと話さなくていいの?」

「だってこれ以上、こっちから連絡なんかしたら児童淫行で訴えられるかも知れんし。」

「・・・色々、いじわる言ってゴメン。」

「ええ?何を?」

シオの惨敗である。相手が感じてなければ、意地悪もし甲斐がない。やっぱりクマは図太い奴。たぶんこのぐらいのことではへこたれないだろう。


 8月の終わりにクマは日本に帰っていった。クマとの共同生活は気がつくと2ヶ月になっていた。

シオはクマをチャンギ国際空港まで見送りに行った。

行きはクマと二人だが帰りは一人になってしまう。

「プラス5ドルで待ってる。」

運転手はしつこく言う。でも帰りまで待たせておくのも落ち着かない。クマは空港でまだおみやげを買っている。それに飛行機の搭乗時間まで、まだ暫くある。シオはタクシーを空港から帰した。

 シオは空港の中華料理のファーストフードでまずいナシゴレンを食べた。クマの最後の晩餐はホッケンミーだ。日本で食べればシオは焼きめし、クマはラーメンの組み合わせである。

「シオちゃん、ナンプラー大丈夫になったみたいやん。」

「はいはい。郷にいれば郷に従い。学生はこれで充分。」

「どしたん。シオちゃん。すごいいい子になったやん。」

「へいへい。クマちゃんのお陰です。」

シオの言い方が可笑しかったので二人ともふいた。

「んっじゃ。元気で。」

クマは何度も手を振って入国審査のゲートをくぐっていった。シオは何か熱い気持ちがこみ上げて来て、飛んでゆくクマの乗ったヒコーキを見上げて手を振った。そんな自分が感動的だ。ところが・・・。

帰りのタクシーでシオはぼられた。一人で空港から市内に行くシオを観光客だと思ったようだ。シオの英語があやしいのも運転手に舐められた。市内をぐるぐる回ったあげくにチャイナタウンのYMCAで下ろそうとする。運賃も市内に入る税金を差し引いても普通に帰った時の3倍の料金だ。いつものシオなら言われるまま支払って別のタクシーを探しただろう。しかし、シオはタクシーの中で地図を開き懸命にYWCAの場所を英語で説明した。そして、

「ふざけんな!。」

YWCAに到着したのを見計らってタクシーの運転手に怒鳴った。車の中で日本語と中国語の大げんかになった。

運転手が車を動かそうとしたので、シオは請求された半分のタクシー代を投げつけてタクシーから飛び降りた。

「ポリス!ポリス!」

車中で運転手が叫んでいる。シオはおまえこそポリスに行けと指を立てて日本語で怒鳴った。ついでに、車のドアを蹴った。運転手が車から降りてきそうになったので、走ってYWCAに逃げ込んだ。ロビーに入ると、全身がガタガタ震える。シオのお抱え運転手がしきりに見ている。

「おれを空港に待たせておけば良かったんだ。」

と言いたいらしい。つまようじを使いながらニヤニヤして一部始終を見ていた。となりでフロントの女が大げさに眉をひそめてなんか言ってる。嫌みな感じだ。チェックインした時、肌は黒いけど天使みたいな顔だと思ったが、毎日見ているとそうでもない。まったく愛想がなくニコリともしない。


「クマちゃんのせいでアホみたいなことしてしもたわ。」

関西弁までも、うつってしまったようだ。

お久しぶりです。

・・・誰も待っていないか・・・。

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