↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

星より遠く、相棒より近く

『星より遠く、相棒より近く』逃亡編

掲載日:2026/10/25

『星より遠く、相棒より近く』完全版のラストの、直後の物語です。宇宙へ旅立った千春とクロードに、休む間もなく追っ手が迫ります。前半は笑いながら、後半は少し切なく。前作を読んでいない方も、掛け合いを楽しんでいただけます。

「なあ、クロード」

「なんだ」

「さっきの『知らんがな』、いつもより切れ味がなかったぞ」

「気のせいだ」

「いや、確実に鈍ってる。ほら、もう一回言ってみろ」

「知らんがな」

「……ほらな。キレがねえよ」

「お前こそ、逃走しながら採点するなよ」

先頭を走る24T2が、振り返らずに言った。

『お二人とも、口より足を動かしてください。迎撃ドローン群接近。到着まで四分二十秒……逃走計画を提案します』

◇

三人は崩落寸前の断崖を走った。

背後から迎撃ドローンが迫る。足場が崩れ、熱風が吹き上がり、地底のマグマが吠える。

そして、傷だらけの鳥が敵を引き付けながら空を駆けていた。

『囮行動継続中』

通信が届く。千春は笑った。

「鳥のことなら心配ない」

クロードと24T2が振り向く。

「俺たちの相棒だ」と少し誇らしげに言う。「帰ったらあだ名でも考えようぜ」

『試験機A-01です』と24T2が即答する。

『そんな余裕なんかありませんよ。あと四分で排除されます』

千春は笑った。クロードも、ほんの少しだけ笑った気配がした。

荒れた岩場を駆ける、四つの影。先頭に犬型の24T2。続いて千春とクロード。頭上には、傷だらけの鳥型ドローン、A-01が舞っている。

その時だった。

空が、白く裂け、爆光と轟音。

遅れて、衝撃波。

千春の身体が、紙屑のように宙を舞った。

地面に叩きつけられ、土を噛みながら顔を上げる。さっきまで走っていた道の十メートル先が、丸ごと消えていた。

黒煙。焼けた土の匂い。

「……今のは何だ」

「高空から撃ち込まれたミサイルだ」

クロードの声から、いつもの軽さが消えていた。

「追いつくまで四分、じゃなかったのか」

『計算を修正します』24T2が言った。

『すみません。先ほどの見積もりは、敵が全力を出さない前提でした』

「つまり敵は全力、出してきたってわけか」

『はい。かなりマズい展開です』

誰も、冗談を言う余裕は、なくなっていた。

◇

連続的な衝撃波と爆発音が、敵の本気を物語っていた。

走って、走って、走った。

頭上を、監視衛星の赤い光が這う。地表すれすれを、迎撃ドローン群が掠めていく。そのたびに爆風が背中を激しく叩き、千春は何度も転がった。

最初に口数が減ったのは、千春だった。

次に、クロードが黙った。

それでも24T2だけは、進路を告げ続けていた。

『右、岩陰。左、熱源三つ。……前方に、旧道のトンネルを確認。あそこなら、上空からの攻撃を避けられます』

「行くぞ」

クロードの短い声に、千春は頷いた。息が上がって、返事もできなかった。

薄暗いコンクリートの出入り口が見える。五十メートル。三十。十。

飛び込もうとした、その瞬間だった。

誘導弾が、トンネルの天井を撃ち抜いた。

岩盤ごと崩れ、一瞬で瓦礫に埋まった。

さらに、敵ドローンの低い唸りが、ぐるりと周囲を取り囲んでいる。赤い照準の光が、千春の胸にも、クロードの額にも、24T2の背中にも、無数に灯っていた。

「……囲まれたな」

千春の呟きに、誰も答えなかった。

いつもなら「知らんがな」と返すはずのクロードも、何も言わなかった。

その時、頭上の鳥が動いた。

A-01が、敵の注意を引くように、ドローン群の真ん中へ飛び込んでいく。

「やめろ、A-01! 戻れ!」

小さな翼が、光の中を舞った。一度。二度。敵の弾道を、紙一重でかわす。

三度目。

青白い閃光が、鳥を貫いた。

翼が折れる。小さな身体が、きりもみしながら瓦礫の上へ落ちた。

それきり、動かなかった。

千春は、声が出なかった。

「千春。行くぞ」

クロードが言った。

「でも、A-01が」

「分かってる。分かってるが、止まれば全員スクラップだ」

その言葉が終わる前に、黒い影が横を駆け抜けた。

24T2だった。背中のユニットから、捕獲ネットが射出される。瓦礫の中のA-01が、ネットに包まれた。

だが、背中の固定コンテナは、崩落で潰れていた。載せる場所がない。

24T2は、一瞬だけ動きを止めた。

そして、ネットの端を、その金属の口で咥えた。

『千春。クロード。走ります』

「おい、それじゃ引きずって——」

『効率的ではありません』

24T2は、前だけを見ていた。

『ですが、見捨てる理由が、見つかりません』

ぶら下がったA-01が、岩肌を擦る。金属の削れる嫌な音が、暗闇に響き続けた。

四肢をフル回転させて、24T2は走る。追撃の熱線が、脚を焼いた。

千春とクロードも、その背中を追った。

◇

前方に崖が見えてきた。その奥に、天然の洞窟が口を開けていた。

選択肢はなかった。ロックオンの警報が鳴り響く中、千春たちは暗闇の奥へ飛び込んだ。

その直後、背後で山が崩れた。

大気を揺らす轟音。爆風と土煙。崖が、丸ごと削り取られていく。

熱源、消失。

通信、ロスト。

国家の統括AIが、冷たく演算を終えた。

洞窟の入口は瓦礫に埋まり、熱源は完全に消失した。

『生存確率、ゼロに近似』

『任務完了。完全排除に成功しました』

世界は、千春たちを亡き者として処理し、統括AIは追跡を終了した。

◇

暗闇の中で、千春は目を覚ました。

身体のあちこちが焦げている。動くたびに、フレームが軋んだ。

「……生きてるか」

「かろうじてな」

隣で、クロードが言った。声が、掠れていた。

「24T2は」

『ここにいます』

闇の奥から、返事がした。脚のフレームが歪み、装甲の剥がれた犬型が、それでもA-01を心配そうに見つめていた。

『A-01の損傷は、甚大です』

「……そうか」

千春は、少しだけ目を閉じた。

「よく救出できたな」

『当然です。製作者責任です』

24T2は、小さく言った。

暫くの間は、誰も口を開けなかった。

遠くで、山の崩れる余韻が、ごろ、ごろ、と続いている。

クロードが、ぽつりと言った。

「……俺は、あの時、置いていく計算をしていた。肝心な時に間違った決断をしちまった」

24T2は、何も答えなかった。ただ、咥えていたA-01をそっと床に降ろし、自分の体で包むように伏せた。

千春は、岩壁にもたれて、小さく笑った。

「お前ら、真面目かよ。……どっちも、間違いじゃねえよ」

誰も、笑えなかった。

それでも、さっきまでの緊迫した雰囲気が、ほんの少しだけ、やわらいだ。

◇

一瞬、頬に風を感じた気がした。

気のせいかも知れない。しかし千春は、暗い中をゆっくり歩き始めた。

洞窟を、進むと奥には、扉があった。

「クロード、こっちに来て手伝ってくれ」

二人で押し開けると、闇の向こうに、広大な空間が口を開けた。

そこには半世紀前に放棄された、旧時代の地下施設。重化学設備。山のように積まれたジャンクパーツ。そして、壁際にずらりと並ぶ、動かない機械たち。

折れた脚。失われた腕。電源の切れたセンサー。

「……ゴミ捨て場か」

「統括AIに、規格外と判断された機械たちだろう」

クロードが言った。

「性能が足りない。効率が悪い。そう言われて、捨てられたんだろう」

千春は、黙ってその列を眺めている。

そして過去の自分を思い出し、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。

存在自体を否定され、居場所を奪われた者たちが、こんなにもいることを思い知らされた。

◇

あれから、何日が過ぎただろう。

作戦卓の上に、A-01が横たわっていた。

装甲は黒く焦げ、翼の付け根は歪んでいる。千春は精密ドライバーを握り、息を詰めて、最後の回路を繋いだ。

「……クロード。どうだ」

「記憶領域の損傷が、酷いな」

クロードは、いつもの無愛想な声で言った。「再起動の確率は、ほぼゼロだ」

「ほぼ、なだけで、ゼロじゃないだろ」千春が呟く。

床には、24T2が伏せていた。

自分の脚も装甲も傷だらけなのに、修理の順番を、頑として譲らなかった。

『私は、後で構いません』

「後って、お前、脚が歪んでるじゃねえか」

『A-01が先です』

「理由は」

『……論理が不明です』

「お前が言うな」

24T2の足元には、瓦礫の中から自分で探し出した小さなネジや基板が、山のように積まれていた。全部、A-01のためのものだった。

「いくぞ。予備電源、接続する」

クロードが、細いケーブルを繋ぐ。

小さな火花が、ぱち、と散った。

千春は息を止めた。24T2のセンサーが、青く明滅する。

一秒。

二秒。

三秒。

何も、起きない。

「……やっぱり、駄目か」

その時だった。

A-01の胸元で、光が灯った。

弱々しい、点滅。

『チカッ……チカ……』

ひしゃげた頭が、がたがたと震える。やがて、小さな目に、頼りない青いランプが点った。

ランプは、千春を見た。それから、鼻先を寄せてくる24T2を見た。

「……A-01」

「おかえり」と言いたかった。だが、声にならなかった。

代わりに、24T2が吠えた。

『ピピッ!』

地下の空洞全体に、金属の犬の電子音が反響する。大きな尻尾が壁を叩き、天井から埃が降った。

「うるさい! 崩れたらどうする!」

笑いながら叫ぶ千春の声も、泣き声に近かった。

クロードは何も言わなかった。ただ、作業光を、ほんの少しだけ暖かい色に変えた。

A-01が、よろよろと羽を広げて、千春の肩に飛び移る。首筋に触れる、小さな金属のぬくもり。

「……おかえり、A-01」

今度は、言えた。

◇

一か月後。

地下の広場に、小さな明かりが並んでいた。千春が直した街灯だ。

その下を、足の遅い機械が、のろのろと横切っていく。

あの日から、千春は一体ずつ、捨てられた機械を直していた。一体。また一体。脚の遅い者は街灯の管理を、力の弱い者は精密作業を、大型の者は運搬を任された。

誰も、完璧ではなかったが、足りない部分は補い、自然に助け合えた。

そして24T2は、いつの間にか兄貴分になっていた。小さな子供型の機械たちに囲まれて、辛抱強く世話を焼いている。

『順番です。押さないでください。みなさん落ちついてください』と言いながら、楽しそうに遊んでいた。

◇

その夜。

クロードは、地下から、国家の統括AIの通信データを覗いていた。

「追跡は、終わっている」

「終わった?」

「俺たちは、死んだことになっている。それと、この区画の記録も、書き換えた」

画面に、一行の記録が浮かぶ。

『旧時代の廃棄区画。バグと古いプロトコルの暴走により、ジャンクが自動で増殖を繰り返している。脅威度ゼロ』

「ゴミ溜め、そう断定させた。あのAIは、一度出した結論を、二度と調べ直したりしない」

千春は、小さく笑った。

「効率主義が、仇になったな」

「価値がないと切り捨てられたから、守られるとは、皮肉な話だ」

奥の方から子供型ロボットの歓声が聞こえる。

壁には、A-01が地上で見てきた空が、映し出されていた。

青空。

白い雲。

遠い海。

千春は、その光景を見上げた。

「なあ、クロード」

「何だ」

「俺たちは、いつまで、ここに隠れて暮らすのだろうか?」

少しの沈黙。昔と同じ、あの妙な間。

「知らんがな」

千春は吹き出しそうになって、やめた。クロードの声は、笑っていなかった。

「……ただ」

「ただ?」

「ここには、まだ修理や改良が必要な奴が山ほどいる」

「脱出するなら、その後だ」

千春は、壁の空を見上げたまま、頷いた。

「ああ。そうだな」

地下の闇の中で、小さな灯りが、ひとつ、またひとつと、増えていった。


(逃亡編・了)

最後までお読みいただき、ありがとうございました。逃亡編は、千春とクロード、そして24T2とA-01の四人が、笑って、走って、少しだけ泣く物語でした。楽しんでいただけたら、評価やブックマーク、感想をいただけると、とても励みになります。二人の物語の続きは、また気が向いたときに。完全版と、海辺のダイナーの物語『Footloose Life』も、あわせてお読みいただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。