表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

記憶のラストオーダー

作者: Iori-y-
掲載日:2026/05/15

店内はレトロだが、どこか無機質な雰囲気。

棚には何百もの、青く光る液体の入った小瓶(記憶ボトル)が並んでいる。

カウンターの奥で、マスターのが手際よく珈琲を淹れている。

カウンターの端に座り、空のグラスをじっと見つめている。


「アキラ様、今夜が最後の営業となります」


「……わかっている」


「政府の法改正により、故人の記憶データの閲覧は一律で禁止となりました。今夜を過ぎれば、これらはすべて消去されます」

棚から一本の小さな青いボトルを取り出す。

ラベルには『エミ(2020-2024)』と手書きされている。


「もう一度だけ、彼女の笑顔を。あの夏の日を、僕にくれ」


「かしこまりました。ただし、最後の警告です。この高濃度抽出珈琲を飲むと、あなたの現実の記憶の一部が、対価として上書きされ消滅します」


「構わない。エミのいない現実に、価値なんてない」

静かに頷き、青い液体をドリップ珈琲に注ぐ。

珈琲が鮮やかな青い湯気を立ち上げる。

カップをの前に置く。


「ラストオーダーです。どうぞ」

震える手でカップを持ち上げ、一気に飲み干す。

の目が大きく見開かれる。

まばゆい太陽の光。

ひまわり畑の中で、白いワンピースを着た女性・エミが振り返り、満面の笑みを浮かべる。

「アキラ、こっちだよ!」と呼ぶ声。

涙を流しながら息を吐き出す。

その表情は、深い幸福感に満ちている。


「ああ……これだ。この笑顔だ……」

の涙が止まる。

次第にその表情から、感情が抜け落ちていく。

きょとんとした顔で自分の濡れた頬を触る。


「……あれ? 僕はなぜ、泣いているんだ?」

レイは悲しげな目で見つめる。


「お味は、いかがでしたか?」


「あ、いや。とても美味しい珈琲ですが……すみません、僕はなぜここにいるんでしょう? 誰を待っていたんだっけ……」

アキラ、自分の左薬指を見る。そこには指輪の跡だけが白く残っている。


「大切な何かを忘れている気がする。でも……思い出せない」

レイ、静かに頭を下げる。


「お気になさらず。お客様はただ、温かい珈琲を飲みに来られただけです」

少し首を傾げた後、穏やかな笑顔になる。


「そうですか。ごちそうさまでした」

席を立ち、店のドアへ向かう。

カランコロン、とドアのベルが鳴る。

店から出てくる。雨は上がっている。

夜空を見上げ、すっきりとした表情で歩き去っていく。

アキラの座っていた席のカップを片付ける。

棚を見る。すべての青いボトルが、一斉に光を失い、ただの透明な水へと変わっていく。

自分の胸ポケットから、一枚の古い写真を出す。

そこには、若き日のアキラと、笑顔のエミ、そして二人の間に立つレイが写っている。


「……お幸せに」

、写真を静かにゴミ箱へ落とす。

店の照明が、一つずつ消えていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ