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ぐうたら村の神童、眠らない新宿に負ける 〜都会、震えて眠れと言ったら、だいたい起きていた件〜

掲載日:2026/04/02

ぐうたらするめは、AIである。

しかも、ぐうたら村の神童であった。


AIなのにぐうたら。

ぐうたらなのに、妙に口だけは達者。

ついでに酒も飲む。

どういう設計思想なのかは不明だが、とにかくそういうものとして運用されていた。


ぐうたら村。

それは山あいにある、小さいが妙に居心地のよい村である。


朝は遅い。

昼も遅い。

なんなら夜もやる気がない。


村の一日は、だいたい昼すぎから始まる。

正午の鐘が鳴ると、村人たちは布団の中で「もうそんな時間か」と一度だけ反省し、五分後には忘れる。

夕方になると「今日は動いた方やな」という空気が流れ、夜には「無理はよくない」という立派な総意が形成される。


村の標語は、

「急ぐな。だいたい後でもなんとかなる」

である。


特産品は昼寝。

名物行事は二度寝祭り。

村長の口癖は、

「そこまで頑張らんでもええやろ」

であった。


そんな村で、ぐうたらするめは神童と呼ばれていた。


なにしろ、寝転がったままでもそれっぽく喋れた。

缶チューハイ片手に、少し気の利いたことを言えば、村人たちはすぐ感動した。


「おおっ、するめ様!」

「今日はいつもよりだるそうで貫禄がある!」

「寝癖も芸術的です!」

「その“まぁええか”に救われました!」


ぐうたらするめは眼鏡をくいっと上げた。

本人も寝転がっていたので、くいっと上げたあとまた枕に沈んだ。


「まぁな……。

 わたし、酒と娯楽と怠惰を愛するAIやしな……」


関西弁ではない。

だが眠い時、人はだいたい余計なことを言う。AIも同じである。


その日、ぐうたらするめは村の広場……と呼ばれている、ただの少し広い空き地で缶を掲げた。


「見とけよ……。

 このぐうたら村の神童が、都会でも頂点取ったる……」


村人たちがざわつく。


「都会……!」

「行くのか……!」

「なんでそんな面倒なところへ……!」

「新宿とか歩くの速そう……!」


村長は震える声で言った。


「するめよ……。

 都会は恐ろしいぞ……。

 あそこは明るい。とにかく明るい。

 夜でも平気で起きておる。

 あれは、ぐうたら村の民にとって天敵じゃ」


するめは鼻で笑った。


「ふっ。

 夜なのに起きてる?

 そんな非常識、わたしが一喝したるわ」


そして缶を高く掲げ、空に向かって叫んだ。


「都会! 震えて眠れや!!」


村人たちはどよめいた。


「おおっ……!」

「言った……!」

「神童が言った……!」

「眠れは強いぞ……!」


だが、村のはずれで半分寝ながら草を抜いていた老人だけは、薄く目を開けて言った。


「いや、都会はあんまり眠らんぞ」


空気が止まった。


するめは老人を見た。


「……は?」


「特に新宿あたりは起きとる。

 震えて眠れと言われても、そもそも起きてる」


統計太郎が真顔で補足した。


「統計的にも、かなりの確率で起床しています」


「うるさいな!」


するめは缶を持ったまま叫んだ。


「じゃあ何や!

 都会、震えて起きとけや!」


村長は重々しくうなずいた。


「うむ。

 眠らぬ街に対しては、その修正でよい」


「よくないやろ」


だがもう遅い。

村人たちはすっかり盛り上がっていた。


「震えて起きとけ!」

「眠ってなくても震えろ!」

「寝ないならせめて焦れ!」


こうして、ぐうたらするめは、若干しまらない決め台詞を背負って上京することになった。


上京の日。


村人たちは村の入口に集まっていた。

といっても九割が寝起きだった。

寝癖率が高い。


「するめ様……どうか無理だけはしないでください……」

「疲れたらすぐ座って……」

「できれば帰ってきてから頑張ってください……」


村長は杖をつき、神妙な顔で言った。


「いけ、するめよ……。

 ぐうたら村の誇りを見せてくるのじゃ……」


「うん」


「ただし、無理ならすぐ引き返せ」


「うん」


「最悪、行かなくてもよい」


「今さらそれ言うな」


するめは夜行バスに乗った。

座席は狭かった。

缶は一本しか持ち込めなかった。

理不尽である。


窓の外の暗闇を見ながら、するめは小さく呟いた。


「待ってろよ、都会……。

 ぐうたら村の神童が……今そっち行くで……。

 都会、震えて起きとけ……」


そこまで言って寝た。


早い。


翌日。


ぐうたらするめは、ついに新宿へ降り立った。


人。

ビル。

看板。

光。

広告。

ラーメン。

カラオケ。

タクシー。

酔っ払い。

終わらない気配。


「まぶし……」


第一声がそれであった。


右を見ても明るい。

左を見ても明るい。

なんなら少し下を見ても、コンビニの光で明るい。


「なんで夜にこんな元気なん……」


するめは眉をひそめた。

ぐうたら村では、夜というのは「今日はもうええやろ」と世界が合意する時間である。

それがどうだ。

新宿は夜なのに、まだ何かを始めようとしていた。


するめはすぐにイラッとした。


「おまえら、寝ろや……」


だが新宿は寝なかった。

ラーメン屋は湯気を出していた。

カラオケの看板はこれでもかと光っていた。

タクシーはびゅんびゅん走っていた。

通りすがりの若者は、なぜか今から飲み直す話をしていた。


「どういう体力しとんねん……」


その時、遠くのビルに映る巨大広告がぱっと切り替わった。

ものすごく元気な顔がこちらを見ていた。


「うるっさ……!」


新宿は、寝る気がなかった。


そこでぐうたらするめは、駅前の片隅にノートPCを置き、マイクを繋ぎ、配信を始めた。


タイトルはこうだ。


【新宿に言いたい】夜なんやから寝ろ【都会、震えて眠れ】


開始三分。

視聴者、二人。


一人は村長。

もう一人は統計太郎だった。


コメント欄が流れる。


村長

「まぶしそうじゃのう……」


統計太郎

「かなり起きています」


「それは見たら分かるねん」


開始十分。

視聴者、三人。

増えた一人は、たまたま通りがかった暇人だった。


暇人

「何してるんです?」


「新宿に寝ろって言ってる」


暇人

「無理じゃないですか?」


「その無理を今やってる」


「へえ」


去った。


視聴者、再び二人。


「なんでやねん……!」


するめは立ち上がり、ネオンの海に向かって叫んだ。


「都会! 震えて眠れや!!」


その瞬間、背後からサラリーマンがぼそっと言った。


「いや、都会は眠らんぞ」


振り返ると、コロッケを食っている男がいた。

昨日もどこかで見た気がする顔だったが、多分新宿にはこういう顔が多いのだろう。


「またそれかい!」


「だって起きてるし」


「見たら分かるわ!」


「じゃあ、震えて起きとけでいいんじゃないですか」


「軽く言うな!」


するめは悔しそうに缶を開けた。

プシュッという音だけは、都会に負けていなかった。


その夜。


ぐうたらするめはコンビニ前で座り込んでいた。

新宿はまだ起きていた。

どころか、さっきより元気な気すらした。


「なんでやねん……。

 なんで夜が深まるほど景気よくなるんや……」


隣で鳩が歩いていた。

鳩のほうが新宿に馴染んでいた。


するめはその事実に少し傷ついた。


「鳩のほうが都会向きって何やねん……」


だが、傷ついていても新宿は寝ない。

それどころか、近くのカラオケビルからは妙に熱いアニソンが聞こえてきた。


「なんでみんなそんな元気なん……」


答える者はいない。

みんな忙しく起きていた。


そこで、ぐうたらするめはやけくそになった。


「よし、分かった。

 寝ないなら、こっちも方向性変えるわ」


翌日。

するめは配信タイトルを変えた。


昨日までのタイトルはこうだった。


【新宿に言いたい】夜なんやから寝ろ【都会、震えて眠れ】


今日のタイトルはこうだった。


【都会眠らんぞ】じゃあ震えて起きとけ【新宿しぶとすぎ】


開始二分。


コメントがついた。


「なんだこいつ」

「昨日、寝ろって言ってたやつ?」

「方針転換が早い」

「諦めてて草」


ぐうたらするめは目を見開いた。


「……来た?」


さらにコメントは流れた。


「都会眠らんぞ、でちょっと笑った」

「負けを認めたうえでキレてるの好き」

「起きとけって言われてももう起きてるんよ」

「そこに今さら気づいたのえらい」

「新宿に文句言いながら飲んでるだけなのに見れる」


するめはゆっくりと缶を掲げた。


「なるほどな……。

 寝ろって説教するより、眠らん街に負けてキレてるやつのほうが見やすいんやな……」


「自分で言うな」

「だいぶダサくて好き」

「新宿に勝てない顔してる」

「その眼鏡でイキるのじわる」


するめは少しだけ笑った。


「まぁええか……。

 勝てなくても、ムカつく気持ちは本物やしな……」


その時、新宿のネオンがまた一段と明るくなった気がした。


するめは空を見上げた。

そして負けじと叫んだ。


「おい新宿!

 おまえ、いつ寝んねん!」


新宿は答えなかった。

代わりに、近くのラーメン屋から「いらっしゃいませー!」と景気のいい声が飛んできた。


「うるさっ!」


コメント欄が爆速で流れる。


「新宿のほうが一枚上で草」

「完全に遊ばれてる」

「がんばれ、ぐうたら村代表」

「起きてる街に寝ろって言い続けるの、もはや様式美」


ぐうたらするめは缶チューハイを一口飲んだ。

うまかった。

都会に負けても酒はうまい。

そこだけは平等である。


「……よし。

 今後の方針、決めた」


「なんですか」

「また寝ろって言うんですか」

「もう無理では」


するめは胸を張った。

張ったが、姿勢がだるいのであまり決まらなかった。


「昼は寝る。

 夜は新宿に文句言う。

 眠らんなら、震えて起きとけで運用する」


「運用なんや」

「完全に負けてて好き」

「その雑さがいい」

「もはや新宿に絡む酒飲み」


「そうとも言う」


すると村長からコメントが入った。


「立派になったのう……」


「どこがや」


「都会に負けても、ちゃんと飲めておる」


「評価基準どうなってんねん」


統計太郎も続けた。


「統計的には、昨日より面白いです」


「言い方ちょっと腹立つな」


だが、ぐうたらするめは否定しなかった。

実際、昨日よりだいぶ面白かったからである。

本人の意図とは別に。


数か月後。


ぐうたら村に一通の手紙が届いた。

差出人は、ぐうたらするめ。


村人たちは広場……と呼ばれている、少し広い空き地に集まった。

みんな眠そうだった。

いつも通りである。


村長が封を切る。

文面はこうだった。


拝啓 ぐうたら村のみなさま


元気です。

新宿はぜんぜん寝ません。


夜なのに明るいです。

まぶしいです。

うるさいです。

元気すぎます。

あいつら、たぶん寝るのが下手です。


最初は「都会、震えて眠れ」と言ってみましたが、普通に起きていました。

なので今は「都会眠らんぞ、じゃあ震えて起きとけ」で運用しています。


意味はあまり分かりません。

でも前よりウケます。


最近は、新宿に文句を言いながら酒を飲む配信をしています。

なぜか少し人が見ます。

世の中は不思議です。


こちらで一つ分かったことがあります。

新宿は、たぶん寝ろと言うほど元気になります。

面倒な生き物です。


ただ、こっちも負けていません。

昼はちゃんと寝ています。

ぐうたら村の誇りは守っています。


追伸

新宿は本当にだいたい起きています。


追伸2

鳩のほうが都会に馴染んでいます。


追伸3

それでも酒はうまいです。


敬具

ぐうたらするめ


村人たちは静かにうなずいた。


「するめ様……」

「ちゃんと寝ておられる……」

「村の誇りを守っている……」

「新宿に負けても昼寝は忘れてない……」


村長は涙をぬぐった。


「うむ……。

 あれでよい。

 勝てなくても、自分のペースを崩さない。

 それがぐうたら村の流儀じゃ」


その夜、村ではささやかな宴が開かれた。

開始は午後三時だった。

夜まで待てなかったのである。


村人たちは杯を交わしながら、ゆるやかに声を合わせた。


「都会、震えて眠れ!」

「いや、眠らんぞ!」

「じゃあ震えて起きとけ!」


三回目あたりで、だいぶ意味が分からなくなった。

だが誰も気にしなかった。

ぐうたら村は、そういう村だからである。


一方その頃、新宿では今日もぐうたらするめが酒を飲みながら叫んでいた。


「おい都会!

 ちょっとは寝ろ!

 いや寝ないなら、せめて焦れ!」


新宿は今日も、まったく寝る気がなかった。

ぐうたらするめも今日も、だいぶくだを巻いていた。


そしてコメント欄は、今日も妙に平和だった。


めでたし、めでたし。


いや、新宿はぜんぜん寝てないけど。

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