7.小さな依頼
冒険者ギルドの掲示板の前で、レイは足を止めていた。
依頼書は、下に行くほど地味になる。
報酬は低く、危険度も低い。
害獣駆除。
見回り。
倉庫整理。
名を上げたい冒険者なら、まず手を出さない仕事だ。
(……今の俺には、ちょうどいい)
腰の剣に手が触れる。
使い古された剣で、まだ完全には馴染んでいない。
「失礼」
背後から、落ち着いた声がした。
振り返ると、白を基調とした法衣の男が立っていた。
年は四十前後。身なりは整い、表情は穏やかだ。司祭だろう。
視線が、レイの首元の簡素なギルド証に向けられる。
「新人の方ですね」
「はい」
短く答えると、男は少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「突然ですが、ひとつお願いを聞いていただけませんか」
世界調和聖教会、ラグナール中央聖堂の司祭。
名はルシオ・エヴァンス。
「郊外の小さな聖堂に付属する畑で、最近、雑魚魔物が出るようになりまして」
「畑、ですか」
「ええ。作物を荒らす程度で、危険はほとんどありません」
ルシオは肩をすくめる。
「ただ、あまりに軽い仕事でして。経験のある冒険者には敬遠されがちなのです」
確かに、この手の依頼は掲示板の下に残りやすいようだ。
「守備隊を動かすほどではありませんし、放置もできない。
そこで、新人の方を探していました」
理由は明確だった。
むしろ、今の自分に合った仕事を、そのまま差し出された印象だ。
「危険度は最低です。報酬も多くはありませんが……どうでしょう」
「やります」
即答だった。
ルシオは、はっきりと安堵の色を浮かべ、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。
派手な討伐だけが、冒険者の仕事ではありません。
誰かの日常を守ることも、大切な役目です」
レイは小さく頷いた。
依頼はギルドを通して正式に登録される。
内容は単純だ。
郊外の聖堂付属の畑に出没する小型魔物の排除。
危険度は、最低。
「お前、一人で行くつもりか?」
横から声がかかる。
弓を背負った鳥人のスカウト、カイだった。
「雑魚でも、囲まれたら危ないぞ。初仕事だろ」
「……大丈夫だと思う」
「“思う”で動くと怪我するぞ」
少し間を置いて、カイは続けた。
「だが、初めての仕事が聖堂がらみ、か。
運がいいのか、悪いのか……」
何か言いたげだったが、そこで口をつぐんだ。
結局、カイが同行することになった。
郊外の畑は、穏やかな場所だった。
低い石垣、よく耕された畝。土の匂いが濃い。
現れた魔物は、確かに雑魚と呼ばれる類だ。
動きは鈍く、数も多くない。
レイは距離を保ち、無理に踏み込まず、一体ずつ剣を振るう。
一撃で倒す腕はないが、大きな隙も見せなかった。
「……新人にしては、悪くないな」
後方から、カイの感心した声が飛ぶ。
戦いが終わるころには腕に疲労が残っていたが、怪我はなかった。
聖堂に戻ると、ルシオが安堵した表情で迎えた。
「本当に助かりました。
この依頼完了証明書をギルドに提出してください。報酬はそこで支払われます」
一息置いて、続ける。
「また何かあれば、あなたにお願いするかもしれません」
レイは少し考え、答えた。
「……そのときは、よろしくお願いします」
この依頼が、ただの畑仕事以上の意味を持つことを、
この時点ではまだ知らない。
だが、この敬遠されがちな小さな依頼は、
確かにレイと聖堂をつなぐ、最初の接点になった。




