語られなかったこと
その夜、レイはほとんど眠れなかった。
目を閉じると、聖堂で聞かされた言葉が、静かに浮かび上がる。
旧人類。管理。監視。
どれも、今まで遠い世界の話だと思っていたものだった。
部屋の軋む音ひとつにさえ、神経が過敏になる。
疑いが芽生えた途端、世界はこんなにも不安定になるものなのか。
◇
翌日。
昼下がりのギルド併設酒場は、夜ほど騒がしくない。
煮込みの匂いと、木の卓を拭く音が、ゆるやかに流れていた。
レイが扉を開けると、すぐに何人かの視線が向く。
――気づかれている。
だが、誰も何も言わなかった。
「座れ」
カイが短く言って、空いた席を顎で示す。
それ以上の説明も、問いもない。
レイが腰を下ろすと、自然と酒が出された。
誰が頼んだのかも、聞かれなかった。
「……聖堂、行ってたんだろ」
ドワーフが、独り言のように呟く。
レイは返事をしなかった。
それで十分だったらしい。
「まあ、あそこはな」
それ以上、言葉は続かない。
女将が、いつもより静かな声で言う。
「変な顔して戻ってくる冒険者は、だいたい二種類いるわ。
金を失ったか、答えを聞かされたか」
冗談めいた口調だったが、目は真剣だった。
「……後者だな」
カイが、即答する。
それで話は終わった。
誰も「何を聞いた」とは訊かない。
誰も「本当のこと」を知りたがらない。
ただ、レイが“何か”を知ったことだけは、全員が察していた。
沈黙の中で、フィーネがゆっくりと口を開く。
「……レイ」
呼ばれて、レイは顔を上げる。
「無理に話さなくていいから」
それだけ言って、視線を外した。
「でも……一人で抱えなくてもいいと思う」
短い言葉だった。
踏み込まない代わりに、背中を預けていい、と告げる声音だった。
レイは、杯を手に取る。
中身は、昨日と同じ酒のはずなのに、味が違って感じられた。
――見られているかもしれない。
――管理されているかもしれない。
それでも、この沈黙だけは、作られたものじゃない。
ここにいる連中は、真実を知ろうとしなかった。
ただ、レイがここに戻ってきたことを、受け入れただけだった。
レイは、小さく息を吐く。
答えは、まだ見えない。
だが、疑心暗鬼に沈み切るには――
この酒場は、少しだけ温かすぎた。




